第21話:害虫駆除の予定表
「——14時42分から『害虫駆除』のタスクを追加する」
ギルドの長机。俺は情報ギルドから届いたばかりの羊皮紙を一瞥し、予定表に新たな行を書き加えた。
羊皮紙には『緊急事態! 魔王軍先遣隊、王都北部に侵攻!』と、大仰な赤いインクで書かれている。
俺はそれを無造作に丸め、部屋の隅のゴミ箱へと放り投げた。
「害虫ですか? ギルドの屋根裏にまたネズミでも?」
Sランクギルドへと昇格したばかりの『落ち葉の剣』のメンバーを代表し、エリナが首を傾げる。
「いや、王都の北門付近だ。なんでも魔王軍とやらが湧いたらしい」
「魔王軍ですか!? ……ああっ、大変です! 北門ってことは、中央市場へ行くルートじゃないですか!」
エリナが頭を抱え、露骨にパニックを起こした。
他のギルド員たちも「嘘でしょ!?」「どうしよう!」と次々に悲鳴を上げる。
「落ち着け。14時からのタイムセールには間に合わせる」
「ほ、本当ですか!? 今日限定の、特売の赤卵に……!?」
「ああ。現在の時刻は10時18分。13時55分にギルドを出発、14時07分に市場到着。卵の購入完了が14時15分だ。そのまま移動し、14時42分から害虫駆除を行う」
「卵!」
エリナたちの顔に、パァッと明るい花が咲いた。
「今日は安いんですか!?」
「通常の3割引だ。1人1パック限定だから、全員で向かう。上質なタンパク質は明日のダンジョン遠征に必須だからな」
「やったぁっ!!」
ギルド内に歓声が響き渡る。
魔王軍の侵攻という国家存亡の危機など、彼女たちの頭には1ミリも存在していない。
最高の駒だ。
余計な恐怖も、無駄な先入観もない。彼女たちの思考回路には、俺の立てたスケジュールを完遂することへの純粋な忠誠心(と食欲)しかない。
「駆除にかかる時間はどれくらいですか?」
「8分だ。敵の進軍速度、兵数、風向きと地形の傾斜角。すでに計算は終わっている。予定に組み込まれた時点で、結果は確定済みだ」
「短いです! これなら卵も新鮮なまま持ち帰れますね!」
「よし、エリナ。買い物袋を忘れるな」
「はいっ! お任せください、リクト様!」
そのとき、ギルドの扉がバンッと乱暴に開かれた。
王都の使者らしき男が、血相を変えて飛び込んでくる。
「た、大変です! 『落ち葉の剣』の皆様、至急防衛陣営へ! ま、魔王軍が——ッ!」
「静かにしろ」
俺はあくびを一つ噛み殺し、懐中時計を閉じた。
「今、卵の話をしている」
「……えっ?」
「続きは14時50分以降に聞く。用がないなら帰れ、ノイズになる」
使者が呆然と立ち尽くす中、俺たちは夕飯のオムレツの話題で盛り上がりながら、出撃の準備を始めるのだった。
◆ ◆ ◆
「道を空けろ! 同盟国最強、『エリート魔法騎士団』の御到着だ!」
王都の正門が重々しい音を立てて開かれ、地鳴りのような馬蹄が石畳を震わせた。
先頭を進むのは、陽光を弾く白銀の鎧と派手なマントをまとった騎士団長、レオナルド。
彼らの武具には青い魔力光が走り、歩くたびに圧倒的な魔力の粒子が周囲に舞い散る。
「おおっ! すごい魔力だ……!」
「彼らが来てくれれば、魔王軍なんてイチコロだぞ!」
沿道に詰めかけた群衆から、割れんばかりの歓声が沸き起こる。
だが、騎士たちはその熱狂を当然のものとして受け流し、顎を高く上げたまま尊大に前だけを見ていた。
「……フン。辺境の王都は随分と埃っぽくていかんな」
レオナルドは沿道で歓喜する平民たちを、汚い虫でも見るような目で見下して鼻を鳴らす。
隣を進む副官が、同調するように薄ら笑いを浮かべた。
「団長、お耳に入れたいことが。この王都には最近、平民の寄せ集めでSランクに昇格したギルドがあるそうです」
「あぁ、『落ち葉の剣』だったか? くだらん噂を耳にしたぞ」
レオナルドは心底つまらなそうに肩をすくめた。
「平民の小娘たちと、剣も魔法も使えない寄生虫のような男の集まりだろう? 反吐が出る」
「はい。なんでも、高尚な魔法も使わずに泥臭く戦う野蛮な連中だとか。まぐれの成功を実力と勘違いしているようです」
レオナルドが手綱を引くと、彼の全身から目に見えるほどの濃密な魔力が吹き上がった。
その圧倒的な威圧感に、周囲の群衆が息を呑み、怯えたように一歩後ずさる。
「戦場は『魔力』と『血統』が全てだ。平民のまぐれなど、我々の前ではノイズにしかならん」
レオナルドは王城へと続く大通りを睨みつけ、傲慢に口角を吊り上げた。
「その小娘どもと寄生虫には、我々が『真の戦い』というものを教えてやろう。足手まといになる前に、な」
◆ ◆ ◆
王城の豪奢な作戦会議室。
案内された上座で尊大に脚を組んだ騎士団長レオナルドは、手渡されたばかりの王都防衛計画書を鼻で笑った。
「——なんだこのふざけた陣形は。先ほどの平民の小娘たちと寄生虫が、我々と同じ防衛の要を任されているだと?」
彼は忌々しげに防衛計画書を引き裂き、雪のように舞い落ちる羊皮紙の破片を靴底で踏みにじった。
「由緒正しき魔法貴族である我々が、なぜ血統も魔力もないゴミ屑と肩を並べて戦わねばならんのだ。王国も随分と人材不足らしいな」
「おっしゃる通りです、団長。しかもその『落ち葉の剣』とやらは、後ろで寄生虫が予定表を書いているだけ。実戦の役には立ちますまい」
副官が下卑た笑みを浮かべて同調する。
同席していた王都の武官たちは、他国の援軍とはいえ、彼らのあまりの暴言に顔をしかめた。
「お待ちください! 彼らは先日、災害級のドラゴンを無傷で——」
「黙れ」
レオナルドが指を鳴らすと、彼の全身から濃密な青白い魔力が爆発的に吹き上がった。
室内の空気がひしゃげ、天井のシャンデリアがビリビリと悲鳴を上げて揺れる。
暴力的なまでの威圧感に、王都の武官たちは顔を真っ青にして押し黙るしかなかった。
「戦場を支配するのは、神に選ばれた『血統』と圧倒的な『魔力』のみだ。平民のまぐれや、寄生虫の男のごっこ遊びなど、我々の前では不愉快なノイズに過ぎん」
レオナルドは周囲の恐怖に染まった顔を見て満足したのか、ひときわ傲慢に口角を吊り上げた。
「王都防衛の指揮権は、我々エリート魔法騎士団が握る。まずはその『落ち葉の剣』とやらに、我々との絶対的な格の違いというものを骨の髄まで教えてやろう」
◆ ◆ ◆
——同時刻、中央市場。
「おい、そっちのパックは右奥の卵にヒビが入っている。誤差0.2ミリだが、割れやすい」
「さすがリクト様! あぶないところでした!」
エリート魔法騎士団が王都の防衛権を掌握し、戦場に殺伐とした空気が漂い始めている頃。
俺たちは、特売の赤卵の吟味に心血を注いでいた。
この直後、極上の卵を手に入れた俺たちが、予定通り『害虫駆除』を終わらせた先で——あのひときわ不愉快なノイズ(自称エリート)と遭遇することになるとは、まだ予想すらしていなかった。
◆ ◆ ◆ あとがき ◆ ◆ ◆
第2部はじまりました!
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