第20話:才能は要りません(第1部:完)
此度の偉業、まさに建国以来の奇跡ッ! 国家の名において、貴方たち『落ち葉の剣』を特例でSランクギルドへ昇格とする!」
ギルド本部の豪奢な大広間。
王都の最高権力者である使者が、絨毯の上に深々と額を擦り付けて叫んだ。
その背後では、かつて彼女たちを弱小と鼻で笑っていたSランク冒険者たちも、誰一人として顔を上げることができない。
犠牲者ゼロでのスタンピード鎮圧、そして災害級ドラゴンの瞬殺。もはや『落ち葉の剣』は、国家すらも平伏せざるを得ない絶対的な畏怖の対象となっていた。
「これより貴方たちには、王城へのフリーパスと、莫大な報奨金、そしてこの特製のSランク認定証が――」
「やったー! 大根、最後の一本だったよ!」
「しかも奇跡的に、特売の白菜も半額で残ってました!」
使者の震える声を遮るように、広間には場違いなほど明るい少女たちの歓声が響き渡った。
使者が恐る恐る顔を上げると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
Sランク昇格という冒険者最高の栄誉を告げられたというのに、少女たちは誰も使者の方を見ていない。彼女たちは泥まみれの紙袋から飛び出した『特売の野菜』を囲み、無邪気に歓喜の舞を踊っていた。
「Sランクなんてどうでもいいけど、リクト様に褒められたのは嬉しいね!」
「はいっ! 『討伐タイムロス、0.00秒』と、リクト様から最高のお言葉をいただきました……!」
エリナが恍惚とした表情で両手を組み、うっとりと天を仰ぐ。
予定表通りに歩けたこと。指示通りに動けたこと。
少女たちにとっては、国家からの称賛よりも「軍師の計算通りに動けたこと」こそが至上の喜びらしかった。
「あ、あの……特例昇格の件ですが……」
「あっ、使者様! その手に持ってる丈夫そうな紙(認定証)、もらってもいいですか?」
「えっ? は、はい。こちらがSランク認定の……」
「ありがとうございます! 大根に泥がついてて、そのままカバンに入れると汚れちゃうので、これで包ませてもらいますね!」
王都最高の栄誉である金箔張りの認定証が、大根の包装紙として無造作に巻かれていく。
「王都最高の栄誉より、特売の大根……?」
「あの方々にとっては、国家を救う偉業すら、夕飯の買い出しの『ついで』のタスクでしかなかったというのか……ッ」
Sランク冒険者たちが、あまりの次元の違いと狂気的な温度差にガタガタと震え上がる。
彼らが命懸けで目指した頂点は、少女たちにとっては泥除けの紙切れと同等の価値しかなかった。
だが、少女たちにとって彼らの畏怖など、道端の小石ほどにも興味のないことである。
エリナは特売品を大事そうに抱えると、満面の笑みでギルドの仲間たちへ振り返った。
「さあ、早くリクト様の待つアジトへ帰りましょう! 完璧な予定表に、これ以上の寄り道というノイズは不要ですからね!」
背後で王都の重鎮たちが平伏し続ける中、少女たちは楽しそうに笑い合いながら、一度も振り返ることなく大広間を後にした。
◆ ◆ ◆
ガキィンッ……!
鋭い怒号と、ツルハシが岩盤を叩く鈍い音が、薄暗い坑道に響き渡った。
「休んでる暇はねぇぞ、この元・勇者様が! 命令違反の罰金と逃亡の違約金、死ぬまで掘って返してもらうからな!」
バシィッ! と容赦のない鞭の音が響き、泥と汗にまみれたアレンが地面に這いつくばる。
かつて国中の歓声を浴びていた華やかな装備はすべて没収され、今は薄汚れたボロ布一枚だけを纏わされていた。
彼が首から下げていた勇者の証のメダルも、もはや金銭的価値すらないガラクタとして、足元の泥の中に無惨に踏み躙られている。
災害級ドラゴン前での身勝手な命令無視、戦場からの敵前逃亡、そして王都防衛への重大な妨害。
その大罪により、勇者パーティーはギルドライセンスを永久剥奪され、天文学的な賠償金を背負わされた。そして払えない違約金の代わりとして、彼らを待っていたのは一生外へ出ることのできない地獄の鉱山送りだった。
「ぐっ……はぁ……あ、あぁ……っ」
泥と血で汚れた手で重いツルハシを握りしめ、アレンはボロボロと涙をこぼす。
隣では、かつて共に威張り散らしていた魔法使いや戦士たちも、虚ろな目でただ機械のように石を叩き続けていた。そこに英雄の面影など微塵もない。
掘り出された鉱石の山を見た瞬間、アレンの脳裏を泥に埋もれた記憶が焼いた。
『予定表』。あの忌々しい紙束。毎朝当たり前のように渡されていた行動指示。
歩幅。剣を振るタイミング。魔物の挙動予測。
自分たちが強かったのではない。あの男の『算数』が完璧だっただけだ。
自分たちは、リクトの計算通りにただ手足を動かしていただけの『操り人形』に過ぎなかったのだ。
「なんで……なんで気づかなかったんだ……!」
ツルハシが手から滑り落ちる。
自分が「補助輪」だと見下して捨てた男こそが、自分たちを無敗の英雄に仕立て上げていた絶対的な「本体」だったのだと、すべてを失ってからようやく理解した。
「リクト……リクトォォォッ! 悪かった、俺たちが間違ってた! 頼む、戻ってきてくれ! お前がいないと、俺たちは次の一歩の踏み出し方すら分からないんだぁぁっ!」
二度と取り戻せない真の英雄の名を叫び、アレンは泥の中へ崩れ落ちる。
だが、誰も振り向かない。
泣き叫ぶ元勇者など、この地獄の底では珍しくも何ともないからだ。
それに、どれだけ血を吐くような後悔を叫ぼうと、あの天才軍師の『予定表』の中に、排除済みのバグが再び書き込まれることは永遠にない。
「泣き言を喚いてないで手を動かせ!」
「ひぎぃっ……! ああぁぁぁぁぁぁっ……!」
監督官の鞭が唸るたび、アレンは泥水に顔を擦り付ける。
二度と戻らない栄光と、己の完全なる無価値さへの絶望。暗い坑道の奥深くで、アレンたちの惨めな嗚咽だけが、いつまでも虚しく響き続けていた。
◆ ◆ ◆
「よし。これで本日の全タスクが完了だ」
手元の予定表に最後のチェックマークを書き込み、俺はペンを置いた。
窓の外からは、災害級ドラゴンの討伐を祝う馬鹿騒ぎのような歓声が絶え間なく聞こえてくる。
「リクト様ーっ! 完璧な予定表のおかげで、大根と白菜、無事にゲットできましたっ!」
バンッ、と勢いよくアジトの扉が開き、エリナたちが満面の笑みで帰還した。
その手には、先ほど王都の使者から受け取ったという金箔張りの『特例Sランク認定証』で無造作に包まれた、泥付きの大根が握られていた。
「ご苦労。タイムロスは0.00秒。完璧な働きだったな」
「えへへっ、リクト様に褒められちゃいました!」
俺は受け取った大根の鮮度と、それを包む金箔張りの紙(Sランク認定証)の耐水性を素早く確認し、満足して頷いた。国家からの勲章などより、よほど価値のある成果だ。
「あ、そういえば使者の方が言ってました! 命令違反の違約金で、元勇者のアレンたちは一生鉱山送りになったそうです!」
「そうか」
俺は手帳の新しいページを開きながら、視線すら上げずに答えた。
「だが、俺の予定表に、削除済みのバグは一行も存在しない」
「ですよね! さすがリクト様、ブレませんっ!」
栄光も、他人の破滅も。俺にとっては等しく計算対象外のノイズだ。
俺がやったことは、盤面上の不要なゴミを撤去し、巨大なトカゲの自重と熱量を計算して予定通りに処理しただけのこと。そんなものに割くリソースはない。
「さて、明日の予定表ができたぞ」
俺は分厚い羊皮紙の束に、新たな変数を書き込んでいく。
「午前七時、朝食。七時三十二分、食器洗い。八時十分、倉庫整理」
淡々と読み上げながら内容を確認する。
災害級ドラゴンの討伐も、ギルドの日常業務も、俺にとっては結局同じことだ。
必要な情報を集め、必要な場所に人を配置し、正確な時間に動かす。俺にとっては等しく『算数』であり、効率的に処理すべきタスクでしかない。
「明日の午後は、アジトの床掃除だ」
ペン先が、静かに紙の上を滑る。
「開始時刻は十四時ちょうど。所要時間は四十二分。0.01秒の誤差も許さないからな」
「はいっ、リクト様! 全力でやります!」
秒針が、また一つ、次の予定へと進んでいく。
外野がどれだけ騒ごうとも関係ない。俺の完璧な日常は、明日も変わらず、予定通りに続いていくのだ。
「……ん?」
手帳を閉じようとした瞬間、情報ギルドから届いていた未読のメモが目に入った。
『隣国にて魔王軍幹部の不穏な動きあり。王都への侵攻ルートを構築中』
「…………」
俺は少しだけ思案し、再びペンを取った。
「十四時四十二分から、害虫駆除の予定を追加しておくか。夕飯の仕込みには間に合うだろう」
【第一部・完】
第一部の最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
リクトの無双劇はここからさらにスケールアップしていく予定ですが……ここから先の『予定表』を書き進めるためには、皆様からの応援がどうしても必要です。
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