第15話:王都防衛スケジュール
【現在時刻:14時00分 —— 王都ギルド司令室】
「14時00分。予定表の追加タスクを開始する」
俺が懐中時計の秒針を見つめたまま宣言すると、通信魔導具を通じて王都全域の部隊へ指示が飛んだ。
「北西門、投石機の発射角度を15度上げろ。3秒後に放て」
直後、城壁から放たれた無数の岩が、正確な放物線を描いて魔物の密集地帯へ降り注ぐ。
凄まじい轟音とともに、先頭を走っていたオークの群れがピンポイントで粉々に吹き飛んだ。
「魔法部隊、詠唱開始。対象の歩幅から逆算した着弾点は『D-4』だ」
間髪入れず、通信機を切り替える。
「第一班、恐怖による歩幅のブレで予定より0.3秒早い。速度を落とせ」
俺の冷徹な指示に従い、各ギルドの冒険者と街の衛兵たちが一糸乱れぬ動きで陣形を展開していく。
彼らの意思や恐怖など関係ない。配置、タイミング、呼吸すらも、すべて俺が指定した数式に当てはめられている。
街の中を走る数万の人間が、まるで巨大な生き物の手足のように、あるいは精密な工場の歯車のように連動していた。
「す、すごいです……! 誰一人、勝手な動きをしない……っ! 数万の魔物の大群が、まるでベルトコンベアのゴミのように処理されていく……!」
司令室でその光景を見ていた王都の使者が、ガタガタと震えながら腰を抜かした。
「当然です! リクト様の予定表は、世界の絶対法則ですから!」
隣に立つエリナが、恍惚とした熱い吐息を漏らして身悶える。
彼女の熱を帯びた視線は、眼下で繰り広げられる防衛戦ではなく、胸に抱きしめた『本日の予定表』に釘付けになっていた。
「リクト様! 現在のスタンピード処理タスク、進捗率78%、予定との誤差0.00秒です! このペースなら、15時半の大根の特売に余裕で間に合いますっ!」
「いいペースだ。だが気を抜くな。特売の白菜も狙うなら、あと3秒は短縮できる」
「はいっ、喜んで!!」
国を滅ぼす未曾有のスタンピードを『大根の特売前の雑用』として処理し、狂喜乱舞するエリナたちギルド員。
「あ、あの……王都の存亡がかかっているのですよね……!? なぜ、大根や白菜の話が……」
使者が青ざめた顔で震える声を絞り出す。
俺は盤面から目を離さず、淡々と答えた。
「優先順位の問題だ。魔物も、特売の野菜も、期限があるタスクは同じ数式で処理する。それだけだ」
「王都の存亡を賭けた防衛戦を、大根の買い出しのついでだと……? ひぃっ……狂ってる、このギルドは完全に狂っている……!」
使者が頭を抱え、絶望に近い戦慄の声を上げる。
しかし、周囲で控えていた他のギルド員や伝令兵たちまでもが「大根が安いなら仕方ないですね」と真顔で頷いているのを見て、使者はさらに深い絶望へと突き落とされた。
俺はその後ろで騒ぐ使者の叫びをBGMとして処理し、次なる指示の数式を盤面に書き込んでいった。
◆ ◆ ◆
【現在時刻:14時07分 —— 王都北西・第3防衛ライン】
「左へ二歩! 14時07分15秒ちょうどに、斜め上四十五度の『空間』へ武器を固定しろ!」
最前線の防衛ライン。王都の衛兵長が、配られた一枚の『予定表』を血走った目で読み上げながら絶叫した。
指示を受けた衛兵たちは、訳も分からぬまま虚空へと一斉に槍や剣を突き出す。
彼らの目の前には、何もない。
だが、メモに記された『0秒』が訪れた直後だった。
ドゴォォォォンッ!!
城壁の死角から凄まじい跳躍力で飛び出してきた巨大なキメラが、自らの体重と重力加速度を乗せたまま、衛兵たちが『置いた』だけの刃へ、自ら喉を深々と突き刺した。
「な、なんだこれは……ッ!?」
「魔物が、自分から死にに来たぞ!?」
巨大な魔物がまともな悲鳴すら上げずに絶命し、衛兵たちがガタガタと震え上がる。
偶然ではない。次に現れたオークの群れに対しても、メモに記された『14時08分20秒、右へ一歩ずれろ』という指示通りに動いただけで、突進してきた魔物同士が勝手に激突して自壊していった。
回避も、防御も必要ない。ただ指定された秒数に、指定された座標へ立つだけ。
それだけで、数万の大群が次々と自滅していく。
「す、凄まじい……! これが、あの軍師の立てたスケジュールだというのか……!」
隣の陣地で戦うSランクギルド『天上の剣』の精鋭たちも、その光景を前に完全に戦慄していた。
彼らの手元にも、同じように分刻み、秒刻みのタスクが記されたメモが握られている。
「詠唱開始タイミング、14時09分00秒! 魔法の着弾指定座標、D-4!」
Sランクの魔法使いが、半信半疑のまま指示通りに炎の魔法を放つ。
着弾地点の空間にはまだ誰もいなかったが、炎が爆発した瞬間、ちょうどそこに魔物の密集陣形が押し出される形でなだれ込んできた。
結果として、魔法は最も効果的なタイミングで炸裂し、数百の魔物を一瞬で灰に変える。
「あり得ない! なぜ現場にすらいない男に、戦場の未来が秒単位で見えているんだ!」
「これは予知能力なのか……!?」
Sランクの冒険者たちが畏怖に顔を引きつらせる中、古参の衛兵長が青ざめた顔で首を振った。
「違う。予知なら外れることもある。だが、これは……完璧な『数式』だ。全ての魔物の動きが、あの男の計算通りに誘導されているんだ……!」
才能あふれるSランク冒険者であろうと、一般の衛兵であろうと関係ない。
『予定表』に従っている限り、彼らの戦果は等しく最大化される。個人のステータスや勇気すらも、あの軍師にとっては計算式を構成する数字の一つでしかないのだ。
もはやこれは戦争ではない。
遥か遠くのギルドから戦場を支配する、恐ろしく精密な『作業工程』の消化であった。
戦場に立つ数万の人間が、誰一人勝手な真似をせず、ただ一つの数式として完璧に連動している。
――ただ一組の、自らの無能を自覚していない『強烈なノイズ』を除いて。
◆ ◆ ◆
【現在時刻:14時15分 —— 王都最後尾・物資置き場】
「ふざけるな! なんで勇者である俺たちが、こんな一番後ろの安全地帯(ゴミ拾い)に回されているんだ!」
王都の防衛ラインから遥か遠く離れた、最後尾の物資置き場。
泥だらけのボロ服に身を包んだ勇者アレンが、刃の欠けた剣を振り回して吠えた。
彼らはあの軍師の緻密な計算によって、『戦場において最も無害な場所(何もしないのが一番マシな場所)』へと意図的に配置されていた。
だが、当のアレンたちにその自覚はない。彼らの血走った目は、遥か前線で次々と魔物を討伐していく一般の衛兵たちに向けられていた。
「見ろよ! ただの衛兵がちょっと武器を構えただけで、魔物が勝手にバタバタ倒れていくぞ!」
「つまり……今回のスタンピード、数が凄そうなだけで、実はスライム級の雑魚ばっかりなんじゃない!?」
魔法使いの少女が、都合よく歪みきった推論を叫ぶ。
完璧な数式とスケジュールによって魔物が『自滅』させられているという真実に、彼らのちっぽけな頭脳では欠片も思い至らない。
「あんな雑魚どもなら、勇者である俺たちが行けばもっと無双できる! なのに、このままじゃ名誉も報酬も、全部あのモブ衛兵たちに横取りされちまうぞ!」
アレンの顔が、醜い虚栄心と焦燥感に歪んだ。
ダンジョンの密室で仲間を肉の盾にして逃げ帰ってきた事実。
今の自分たちが、まともな防具すら持たない丸腰同然の素人であるという現実。
それら不都合な真実は、すでに彼の頭の中から完全に消去されていた。
「抜け駆けするぞ! 勇者の本当の力を見せつけて、すべての手柄を俺たちのものにするんだ!」
「ええ! 私たちが本物の最強だって、王都中に知らしめてやるわ!」
失った名誉を取り戻すという甘い妄想が、彼らを突き動かす。
アレンたちは周囲の制止する声も聞かず、己の配置を勝手に放棄した。
「行くぞ! 俺たちが出れば、もっと早く終わる!」
無謀にも、数万の大群がうごめく最前線のど真ん中へと、ヨダレを垂らすような強欲な笑みを浮かべて全力で突撃していく勇者パーティー。
予定表には存在しない動き。
完璧な盤面に入り込む、予測不能な一つのノイズ。
それが、数万の命を預かる完璧な防衛陣形(数式)に、『致命的なエラー』を引き起こす愚行だとは――。
そして数分後、自らが泥水に這いつくばって泣き叫ぶ地獄の始まりだとは、誰一人として気づいていなかった。
◆ ◆ ◆ あとがき ◆ ◆ ◆
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