第10話:それはただの買い出しリスト
「ハッハッハ! 見ろ、やはりこの魔導書の通りだ!」
王都近郊に位置する最高難度ダンジョン『死の迷宮』。
薄暗く湿った地下通路に、勇者アレンの下劣な高笑いが響き渡った。
彼らの格好は、およそ迷宮探索に来たとは思えないほど無防備だった。
裏社会の盗賊を雇う資金を作るため、重鎧や盾などの防具一式をすべて売り払ってしまったのだ。全員が薄手のシャツとズボンという素人同然の軽装であり、唯一残されたのはアレンが腰に帯びた聖剣だけである。
「アレン……本当に大丈夫なの? 防具もなしでこんな深い階層に……」
「黙ってろ! お前たちは俺の指示通りに動けばいいんだ!」
震える魔法使いの言葉を、アレンは傲慢な態度で一蹴した。
その手には、全財産と引き換えに手に入れた『最強の攻略本(ただの買い出しリスト)』が握られている。
「フッ……なるほど。『14:05 障害物(おばちゃん軍団)回避』か」
アレンはページを見つめながら、ひけらかすように足を止めた。
「つまり、ここには群れを成す凶悪な罠魔物が仕掛けられているということだ! あの無能め、こんな完璧な攻略ルートを隠して――」
アレンがドヤ顔で振り返り、自慢話の解説を始めた――その直後だった。
ゴアァァァァッ!!
突如として目の前の壁から極太の火柱が噴き出し、凄まじい熱波が通路を焼き尽くした。
「「「ひっ……!?」」」
本来なら、歩行ペース的にパーティー全員が直撃し、丸焦げになっていたはずの致死トラップだ。
だが、アレンが「自慢話をするために足を止めた」という無駄なタイムロスのせいで、火柱は彼らの数メートル先を空しく炙る結果となった。
静まり返る通路。
仲間たちがへたり込む中、アレンは目を血走らせて狂喜の声を上げた。
「……見たか! 俺が『立ち止まれ』と指示したおかげで、致死のトラップを完全にやり過ごしたぞ!」
完全にただの偶然(奇跡)である。
だが、誰もその事実には気づかない。
「す、すごい……本当に、書いてある通りに……!」
「さすが勇者様です! この魔導書があれば、俺たちは無敵だ!」
仲間たちの顔から恐怖が消え、盲目的な狂信へと染まっていく。
自らがただの奇跡に生かされただけだと知る由もなく、アレンは鼻息荒く手帳を天に掲げた。
「ハハハハハッ! この力は最強の勇者である俺のものだ! 次の指示へ進むぞ!」
防具すら持たない愚かな勇者の高笑いが、死の気配が漂う迷宮に響き渡った。
「ギャアアアッ!」
薄暗い迷宮の通路に、仲間の戦士が痛ましい悲鳴を上げた。
肩から血を噴き出し、冷たい石畳に膝をつく。
防具をすべて売り払った素人同然の薄着では、最弱クラスのゴブリンが振り回す錆びたナイフですら、かすっただけで致命的な深手となってしまう。
「あ、アレン……! ポーションがないわ……手帳を盗ませる資金作りのために、一緒に全部売っちゃったから……!」
魔法使いの少女が青ざめた顔で訴えかける。
だが、勇者アレンは仲間の流す血に一切の関心を示さなかった。その血走った両目は、手元の『買い出しリスト』だけに狂ったように釘付けになっている。
「騒ぐな! ここは手帳にある『14:12 卵の特売トラップ(個数制限)突破』の地点だ!」
アレンは血を流す仲間を一瞥もせず、滑稽な脳内変換をドヤ顔で披露した。
「つまり、群がってくるゴブリンどもは『個数制限』! 一定数を倒せば道が開けるという暗号だ! お前たちの傷など、俺の完璧な攻略ルートにおける想定内の誤差に過ぎない!」
「そ、そんな……痛い……血が止まらない……!」
「泣き言を言うな! 立て! 次の指示へ向かうぞ!」
回復手段がない絶望的な状況も、彼の狂った脳内からは完全に抜け落ちていた。
アレンは仲間の呻き声をBGMに、鼻息荒く次のページをめくる。
「おおっ……! 次は『14:20 詰め放題の袋詰め競争』だと!?」
その文字列を見た瞬間、アレンの顔にドス黒い強欲の笑みが張り付いた。
「フハハハッ! 分かる、分かるぞ! 『詰め放題』……これは大量の財宝が眠る隠し部屋の暗号だ! 莫大な金銀財宝が詰め込まれているに違いない!」
「ざ、財宝……っ」
痛みに呻いていた仲間たちの顔が、その言葉に一瞬だけピクッと動いた。
この地獄のような苦痛が報われる。このまま進めば、大金持ちになれる。
限界を超えた疲労と恐怖の中で、彼らもまたアレンの『都合の良い解釈』に縋り付くしかなかった。
「行くぞ! ここを右だ! 財宝の部屋はもうすぐそこだぞ!」
最強の勇者気取りの高笑いと共に、アレンは意気揚々と薄暗い通路の奥へ駆け出していく。
『詰め込まれている』のが、金銀財宝などではなく、凶悪な魔物の群れだということには――誰一人として気づかぬまま。
血を流し、息も絶え絶えについてくる仲間たちを引き連れ、彼は自信満々に迷宮の最深部へと足を踏み入れていく。
その先には、不気味な装飾が施された巨大な両開きの扉がそびえ立っていた。
「フハハハッ! 間違いない、この奥が『詰め放題』の隠し部屋だ!」
アレンは一切の警戒もせず、ドヤ顔のまま力任せに扉を蹴り開けた。
ギゴゴゴッ、と重い音を立てて扉が開かれた瞬間――生暖かい異臭と濃密な死の気配が通路に溢れ出した。
「さあ、見せてみろ! 無能が隠していた莫大な財――」
歓喜の声を張り上げていたアレンの言葉が、途中でブツリと途切れた。
部屋の中に、金銀財宝など一つもない。
そこにあったのは、広大な空間に文字通り『隙間なく詰め込まれた』、おびただしい数の凶悪な魔物たちだった。
見上げるほど巨大なミノタウロス。壁に張り付く狂戦士。足元で牙を剥く魔犬の群れ。
高レベルの魔物が限界まで密集する最悪の罠部屋。それこそが、手帳に記された『詰め放題』の正体だった。
「あ……え……? ちょっ、待っ――」
カラン、と。
アレンの震える手から、『最強の攻略本(買い出しリスト)』が滑り落ちた。
「グガアァァァッ!!」
一斉に、何十対もの血走った赤い眼が侵入者たちを捉え、鼓膜を破るような咆哮が響き渡る。
「ヒィッ……いやだっ!」
「た、助けて……!」
背後で仲間たちが腰を抜かし、絶望の悲鳴を上げた。
防具は、ない。
回復薬も、ない。
逃げ場すら、もうどこにもなかった。
「う、嘘だ……こんなの、書いてなかった……!」
最強の勇者を気取っていた傲慢なドヤ顔は、一瞬にして圧倒的な恐怖に無様に凍りつく。
一切の慈悲もなく、地鳴りのような足音と共に、先頭のミノタウロスが無防備な肉体を両断すべく、巨大な斧を振り上げた――。
◆ ◆ ◆ あとがき ◆ ◆ ◆
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