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【第玖話】やぁ少年、獣人は劣等ではないよな。

ゴブリン群れ殲滅を祝う大討伐祭に繰り出したフォグとキャラメルが、名物料理の軍事・化学的分析や専門知識の解説を通じて皆と親交を深め、異世界での「戦略的足場」を築いていった。

お祭りの熱気が最高潮に達する中、事件は「銀の麦穂亭」の出張屋台が並ぶ大通りで起きた。事の発端は、数人の人間のベテラン冒険者が、スクワールに向けて放った心ない一言であった。


「おいおい、獣人のガキが調子に乗って主役面してんじゃねえよ。そもそもその『従属の輪』を嵌められた家畜風情が、人間の聖なる祭りで同じ飯を食ってんじゃねえ」


その瞬間、周囲の空気が急速に凍りついた。スクワールは悲しげに耳を伏せ、ニューは悔しさに唇を噛み締める。だが、その差別発言に対し、誰よりも早く、そして最も恐ろしい反応を示した者がいた。


「……はぁ? 今、なんて言ったのぉ、おじさんたち」


ドスの利いた、だが酷く気だるげな声。


見れば、アルコールを大量に摂取し、完全に脳の前頭葉の抑制を失い酩酊したキャラメルが、空のジョッキを片手に、ゆらりと冒険者たちの前に立ち塞がっていた。その瞳は完全に座っている。


「家畜? 差別? あはは、笑わせないでよ。生物学的な塩基配列(DNA)の同一性や、大脳皮質(だいのうひしつ)の構造も理解できない低能な脳細胞で、よくそんな非科学的な偏見(ドグマ)が吐き出せるねぇ」


キャラメルは一歩、また一歩と冒険者たちを肉体的に追い詰める。その過程で、彼女の豊かな胸元がフォグの頭にぽすぽすと当たり、フォグは「むぐっ……! キャラメル、質量攻撃を止めろ! あと酒臭い!」と顔を真っ赤にして暴れているが、今の彼女には聞こえていない。


「いいかい? 彼女たちリスの獣人の身体構造を科学的に分析してみなよ。あの肥大化した聴覚器官は人間には感知できない高周波の音響インテリジェンスを捕らえ、後肢(こうし)の筋繊維は無酸素運動における爆発的な運動エネルギーを生み出す。尾部は複雑な三次元空間での慣性モーメントを完璧に制御している。これほど高度に最適化された進化系統を『劣等』と呼ぶなんて、君たちの脳はシナプス結合が根本的に機能不全を起こしているんじゃないのぉ?」


「な、なんだとこの女……!」


「静かにしてよ、ボクの講義の途中だよぉ」


キャラメルは冷酷な笑顔でジョッキを机に叩きつけた。


「遺伝子レベルで見れば、人間と獣人の差なんてわずかな突然変異に過ぎない。むしろ単一の遺伝子プールに固執する君たち人間こそ、近親交配によるバグで絶滅に向かう脆弱な種族だよ。彼女たちの優れた形質を『従属の輪』なんていう非効率的な物理拘束具で阻害するのは、貴重な生物学的資源の廃棄処分の他ならない。ねぇ、少年もそう思うでしょ?」


キャラメルはそう言うと、背後からフォグの小さな身体をぎゅーっと抱きすくめ、自分の胸に埋め込んだ。


「んぐぅっ……! 苦し……、だが、キャラメルの言う通りだ」


フォグは窒息しかけながらも、冷徹な三白眼で冒険者たちを射すくめた。


「軍事的な戦力化の観点から言っても、彼女たちの固有能力は索敵や奇襲において極めて高い戦術的パラメーターを誇る。不当な差別による社会的ストレッサーは、組織内の内部崩壊を招く最大のボトルネックだ。昨日の戦闘でも、彼女たちのバックアップがなければ制圧効率は30%低下していた」


科学と軍事。二人の規格外な知識と、何より昨日ゴブリン300匹を消し飛ばしたという圧倒的な「暴力の気配」に、大柄な冒険者たちは完全に気圧され、冷や汗を流してガタガタと震え出した。


「ま、まあ待て! 悪かった、俺たちの言い過ぎだ!」


「そうだ、悪気はなかったんだ……!」


「あはは、分かればいいんだよぉ」


キャラメルは一転してふにゃりと締まりのない笑みに戻り、冒険者たちの肩をバシバシと叩いた。


「お詫びに、その美味しそうなオークの肉とエール、全部ボクたちのツケにしていいよねぇ?」


「喜んでーーーッ!!」


冒険者たちは財布を差し出すようにして、命からがら逃げ出していった。


「ぷはっ! ……キャラメル、次からは事前に作戦行動の合図(サイン)を出せ。窒息死するかと思ったぞ」


フォグは乱れた軍服を直しながら不満げに頬を膨らませるが、その耳はキャラメルの抱擁の余熱でまだ赤い。


「お姉ちゃん、お兄ちゃん……ありがとう……!」


スクワールが涙目を浮かべながら、ふさふさの尻尾をパタパタと揺らして二人に抱きついた。ニューもまた、胸の本を強く抱きしめながら、深く頭を下げる。


「お二人がそこまで私たちのことを評価してくれているなんて……本当に、救われました」


「気にするな。私はただ、無駄な資源の浪費を指摘しただけだ」


フォグはフイッと目を逸らしたが、スクワールに手を握られると、今度は拒絶せずに小さく握り返した。

「さぁさぁ! 臨時ボーナスも手に入ったことだし、みんなで分子の結合(かんぱい)をしよっかー!」


キャラメルが再びフォグを小脇に抱え、ジョッキを掲げる。マーシャルたち周囲の冒険者も「よく言った!」と拍手喝采を送り、その場の空気は一気に和やかな、そしてより深い絆で結ばれたお祭り騒ぎへと戻っていくのであった。

・大脳皮質

大脳の表面を覆う厚さ約1.5mm〜4.0mmの神経細胞の薄い層(灰白質)であり、思考、知覚、随意運動を司る。


・シナプス

神経細胞ニューロン同士、または神経と筋肉などの他細胞をつなぐ接合部位。


・遺伝子プール

ある生物の集団(繁殖可能な個体群)が持つすべての遺伝子(対立遺伝子)の総体。

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