表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/40

【第拾話】やぁ少年、果実狩りへ!

大討伐祭の最中に獣人へ差別発言を吐いた冒険者に対し、泥酔したキャラメルが科学的・生物学的知見から、フォグが軍事・戦術的観点から圧倒的な正論で論破・威圧し、仲間である獣人・スクワールとの絆をより一層深めた。

翌朝、宿屋の一階ロビーは独特の緊張感に包まれていた。


マーシャルが「おい、偉いさんが来ちまったぞ」とフォグたちの部屋の扉を叩いたのは、太陽が昇って間もない時間であった。


ロビーへ降りると、そこには街の最高権力者であるギルド長をはじめ、豪奢な衣装をまとった街の幹部たちが、複数の護衛を従えて待ち構えていた。傍らには、緊張で直立不動になっているニューと、不安そうに姉の服の裾を握るスクワールの姿もある。


「朝早くにすまない、街の大英雄たちよ」

ギルド長が進み出て、深々と頭を下げた。昨日のゴブリン殲滅の功績に対する公式な謝罪と感謝が述べられた後、幹部の一人が一歩前に出、真剣な眼差しでキャラメルを見つめた。


「キャラメル殿。我々は昨日、貴女が言放った『科学』という未知の概念、そしてあの奇跡的な術理に心底度肝を抜かれた。もしよければ、我が街の産業とさらなる発展のため、その高度な技術の片鱗を何か一つ、我々に教授していただけないだろうか」


その要請を聞いたフォグは、軍服の襟を正しながら冷徹な三白眼を細めた。

「……技術供与、および技術移転の要求か。我が陣営の独占的優位性を担保する戦略資源を安易に開示するのは、パワーバランスの観点から慎重であるべきだが」


「いいじゃないの少年。減るもんじゃなし、ボクたちの研究資金が潤うなら、ちょっとした化学の福音を授けてあげるよぉ」


隣に立つキャラメルは、昨夜の泥酔が嘘のように澄ました顔で、フォグの頭を自らの豊かな胸元へとぎゅっと引き寄せた。フォグが「んぐっ……他人の前で過度な密着を行うなと……!」と顔を赤くして暴れる中、キャラメルは白衣のポケットからさらさらとした白い粉末の入った小瓶を取り出し、幹部たちの前のテーブルに置いた。


「これはね、『硝酸アンモニウム』っていう結晶だよ。簡単な材料の合成で作れる窒素化合物さ」


「しょうさん、あんもにうむ……?」


ギルド長や幹部たちが、未知の単語を壊れやすいガラス細工のように復唱する。ニューとスクワールも、興味津々でテーブルの上の小瓶を覗き込んだ。


「そう。これをね、水に溶解させると急激な吸熱反応を起こすんだ。つまり、魔力を使わずに一瞬で周囲の熱を奪って、氷のような冷却効果を生み出すことができる。夏の間の食料保存や、熱病の患者の体温管理なんかには極めて有用な冷却剤になるよ」


「おお……! 魔力や氷の魔石を使わずに、水だけで冷却を!?」


幹部たちは、その驚異的な利便性に目を輝かせた。


「それだけじゃないよぉ」と、キャラメルはふにゃりと締まりのない、だがどこか底知れない笑みを浮かべる。


「この物質はね、土壌に適切な濃度で散布すれば、植物の成長を劇的に促す驚異的な化学肥料にもなるんだ。スクワールちゃんの植物魔法と組み合わせれば、この街の農作物の生産高を数倍に跳ね上げることも容易いよ」


「すごいです、キャラメルさん! それがあれば、冬の間の食糧不足に怯えなくて済むようになります!」


ニューが感極まったように声を上げ、スクワールも「お姉ちゃんすごい!」と尻尾を激しく振って喜んだ。マーシャルも「おいおい、街を救った上に、今度は特大の富まで持ち込みやがったか!」と豪快にキャラメルの背中を叩こうとしたが、彼女の纏う奇妙な威圧感に気圧され、途中で手を止めた。


「素晴らしい……! 我が街の発展は約束されたも同然だ! 莫大な研究予算と特級の報酬を用意させよう!」


幹部たちは至宝を手に入れたかのように小瓶を掲げ、歓喜に震えていた。

彼らの熱狂を余所に、フォグだけはキャラメルが提示したその物質の「真の性質」を、脳内の軍事データベースから瞬時に照合し、背筋に冷たい戦慄を走らせていた。


だが、フォグはその懸念を一切口には出さず、ただ冷酷な三白眼で街の幹部たちの欲深い笑顔を観察するにとどめた。キャラメルもまた、彼らがその物質をどのように扱おうが知ったことではないと言いたげに、だるそうに欠伸を噛み殺している。


こうして、異世界の住人には預かり知れぬ「あまりにも便利で、あまりにも危険な」現代化学の種火が、和やかな空気の中でこの世界へと植え付けられるのであった。


数時間後、ギルドから支払われた潤沢な資金を(ふところ)に収めたフォグたちは、街の喧騒から少し離れた郊外へと足を延ばしていた。今回の目的は、スクワールに誘われた「果実狩り」である。未知の有機物のサンプル採集を兼ねた、いわゆる野外実地調査(フィールドワーク)であった。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん、こっちこっち! 今の時期は『ケントリンゴ』がすっごく美味しいんだよ!」


森へ続く街道を、スクワールがふさふさの尻尾をパタパタと揺らしながら楽しそうに先導する。その後ろを、フォグとキャラメル、そして「お前らだけで外に出すのは護衛の観点から不安だ」と付いてきたマーシャルが歩いていた。なお、ニューは街の大図書館にどうしても外せない仕事があったため、今回は居留守、もとい街での待機となっていた。


「……それにしても、驚いたな」


大剣を背負ったマーシャルが、隣を歩く白衣の女を見上げて感心したように呟いた。


「昨日の祭りの一件、ニューから聞いたぜ。お前、酔っ払った勢いで人間のベテランどもを生物学だかで完全に論破したらしいじゃないか。おかげでニューの奴、大図書館の仕事帰りに『キャラメルさん、人間なのにあんなにスクワールのことを……』って、嬉し涙を流しながら大興奮で語ってたぞ。すっかりお前に懐いちまったみたいだ」


「あはは、そうなんだ?」


キャラメルは気だるげに髪を掻き上げながら、ふにゃりと笑った。


「ボクにとっては遺伝子の配列を事実ベースで語っただけなんだけどねぇ。まぁ、あの子の大脳生理学的なリラックスに貢献できたなら、共同研究者(おともだち)として上出来かな」


「フン、素直に仲良くなれて嬉しいと言えばいいものを」


フォグが軍服のポケットに手を突っ込み、三白眼でキャラメルを見上げる。キャラメルは「少年ったら照れちゃってー」と、歩きながらフォグの小さな頭を自分の腰にぎゅっと引き寄せ、その豊かな太ももでフォグの進路を軽く妨害(スキンシップ)した。フォグは「衣服の摩擦による静電気が発生する、離れろ!」と顔を赤くして抗議している。


そんな凸凹(でこぼこ)な二人を見ながら、フォグはふと、隣を歩く大柄な男の装備に目を向けた。


「……マーシャル。一つ、戦術的な疑問がある。貴殿は冒険者のリーダーでありながら、昨日から一貫して魔法を一切使用せず、近接格闘兵器である大剣のみに依存している。この世界において、それは兵科(ロール)としてのバランスを欠いているのではないか?」


その問いに、マーシャルは自嘲気味に笑い、背中の大剣の柄をポンと叩いた。


「ハハ、フォグ。お前らみたいな規格外の適性持ちから見れば不思議だろうが、この世界じゃ魔法の適性が完全に『ゼロ』って人間は、実は日常茶飯事なんだよ。俺もその一人さ」


「適性値がゼロ……。つまり、生体内における魔力伝導率が皆無であると?」


「ああ。だがその代わり、この世界の神様は公平に出来ててな。魔法が使えない奴は、その分だけ肉体のリミッターが外れやすかったり、武器の扱いが異常に上手くなったりする特性を持つことが多いんだ。俺のこの大剣技も、魔力によるブーストなしで魔物の外殻を叩き割るために最適化された、純粋な物理的破壊力の結晶ってワケよ。魔法使いが後方支援(バックアップ)に回って、俺たち前衛が肉体一つで敵を引き付ける。それがこの世界の、古くからの戦術的な基本陣形(フォーメーション)なんだな」


「なるほど、興味深い。魔力というエネルギーのバイパスを遮断された個体が、代償として生体力学的な出力を向上させる適応現象か。戦術的な相互補完としては理にかなっている」


フォグが冷徹に、しかしどこか納得したように頷く。マーシャルの話は、この世界の戦力比率を計算する上で、極めて重要な軍事データであった。


「おーい! みんな遅いよー! 早くしないと美味しい果実が魔物に食べられちゃうぞー!」


前方から、待ちきれない様子のスクワールが大きな声で手を振っている。


「はいはい、今行くよぉ。少年の大好きな糖分もたくさん補給しようねぇ」


「だから私を子供扱いするなと言っているだろう、キャラメル!」


小さな参謀の抗議の声を森の木々が優しく吸い込み、一行は和やかな空気のまま、果実の香る豊かな森の奥へと足を踏み入れていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ