【第給壱話】やぁ少年、終わりってやつはどうやら酷く美しいオレンジ色をしているらしい。
街の幹部に技術提供を求められたキャラメルは、便利な冷却剤・肥料として「硝酸アンモニウム」をあっさり供与する。その後一行は、魔力を持たない代償に異常な身体能力を誇る剣士マーシャルらと共に、果実狩りのため森の奥へと足を踏み入れるのだった。
果実狩りを終え、背嚢に瑞々しい「ケントリンゴ」を詰め込んだフォグたちが街道へ戻った瞬間、西の空が異様な朱色に染まっているのが見えた。
――爆音は、遅れてやってきた。
地響きと共に、遥か遠方の街の中心部から、巨大なキノコ雲と爆風が吹き荒れる。それは昨日ゴブリンを殲滅したテルミット反応など比較にならない、街の数ブロックを一瞬で瓦解させるほどの凄まじい爆轟であった。
「な、なんだぁ!? 街が、ギルドのある中心街が燃えてやがる……!」
マーシャルが血相を変えて叫ぶ。その時、爆心の方向から、一人の少女が狂ったように走ってくるのが見えた。大図書館にいたはずのニューであった。彼女の衣服は煤で汚れ、呼吸は完全に過換気症候群に陥っている。
「ニュー! 無事か!」
「マー、シャルさん……フォ、フォグさん……っ! お偉いさんたちが……キャラメルさんの教えた結晶を、肥料にするために……大量の『魔力を含んだ油』と混ぜて保管して……そこに、火属性の魔法が、引火して……っ!」
その説明を聞いた瞬間、フォグの脳内計算が最悪の結論を弾き出した。
硝酸アンモニウムに魔力油(燃料)。それは地球におけるANFO爆薬、いや、魔力が触媒となったことで数倍の破壊力へ跳ね上がった気相爆発の再現に他ならなかった。
「お偉いさんたちが……使い方の、配分を誤って……街が……!」
ニューが涙を流しながら叫んだ、その時であった。
上空から、爆風に乗って凄まじい速度で飛来した「燃え盛る巨大な木の枝」が、空気の塊を引き裂いて突き進んできた。
「危ない、ニューッ!!」
マーシャルが叫び、大剣を抜こうとしたが、その物理的質量を動かすコンマ数秒の遅れが致命傷となった。
「あ――」
鈍い音と共に、尖った烈火の木枝が、ニューの胸部中央を深く貫いていた。上大静脈および心臓壁の完全な穿孔破壊。肉体強化の適性を持たない彼女の身体は、その物理的衝撃を一切受け流すことができなかった。
「にゅー!!」
スクワールが絶叫する。ニューはその場に崩れ落ち、口から大量の鮮血を吐き出きだしながら、一瞬で瞳の光を失っていった。致死性の急性失血性ショック。蘇生確率は、科学的にも魔法的にも完全に「ゼロ」であった。
「嘘だろ……ニュー……? おい、目を開けろ!」
マーシャルが大剣を落とし、呆然とその場に膝をつく。スクワールはニューの遺体に縋り付き、言葉にならない声で大泣きし始めた。その凄惨な光景を前にして、いつも気だるげで世界を冷めて見ていたキャラメルの顔から、完全に血の気が引いていた。
「ボ、ボクの……ボクのせいだ……。ボクが不純物との相互作用を計算に入れずに、あの物質を渡したから……。ボクの化学式が、あの子の生命活動を停止させたんだ……!」
ガタガタと全身を震わせ、キャラメルはその場に頽れた。白衣を泥で汚し、頭を掻きむしりながら、かつてないほど激しく取り乱し、涙をボロボロとこぼす。
「ボクのせいだ、ボクのせいで、共同研究者が、お友達が……! 分子の結合が、壊れちゃった……!!」
いつも彼女の胸に抱きつかれていたフォグは、その取り乱す背中を、静かに、しかし力強く小さな手で叩いた。そして、いつもなら効率的な殺戮や軍事の冷酷さを語るその口から、酷く穏やかな声を発した。
「落ち着け、キャラメル。戦況の誤認をするな。これはお前の過失ではない」
「少年……? でも、ボクが物質のポテンシャルを――」
「これは敵、すなわち無知な利権者による自滅的失策だ」
フォグはキャラメルの目線に合わせるように屈み、彼女の泥に汚れた手を握りしめた。その三白眼には、冷徹な計算ではなく、確かな戦友への情義が宿っていた。
「お前は適切な安全基準と用途を提示した。それを無視し、管理を怠り、魔力という未知の触媒を混入させたのは奴らの兵站ミスによる人災だ。因果関係における最大の脆弱性は奴らの無知にあり、お前の科学ではない」
フォグはぎゅっとキャラメルの手を強く引く。
「軍事においても、兵器の誤用による自壊の責任を、開発者に問う指揮官はいない。お前の化学は、昨日あの獣人たちを救った。その事実まで否定するな。……立て、キャラメル。我々までここで戦意喪失に陥れば、スクワールを保護する防衛線すら崩壊するぞ」
「少年……」
フォグの言葉に含まれた、冷酷でありながらも絶対的な肯定。キャラメルは涙を拭い、フォグの小さな身体をすがるように強く抱きしめた。フォグはその強い肉厚な質量を受け止めながら、ただ静かに、街から昇る黒煙を冷徹に見つめていた。
和やかだった果実狩りの空気は一瞬にして消し飛び、残された者たちの悲痛な叫びだけが、燃える街の風に流されていくのであった。
・キノコ雲
爆発や火山の大噴火など、膨大な熱エネルギーが急激に発生した際に生じる、巨大なキノコ型の雲(対流雲)。
・過換気症候群
不安や緊張などの強いストレスが原因で、激しく速い呼吸を繰り返す発作。過呼吸。
・ANFO爆薬
多孔性の硝酸アンモニウム(硝安)約94%と燃料油(軽油など)約6%を混ぜて作った、安くて安全な産業用の爆薬。
・上大静脈
頭や腕など上半身の血液を集めて心臓の右心房へ送る、太くて短い太い血管。
・急性失血性ショック
いわば大量の出血によって循環する血液が急激に減少し、全身の臓器に十分な酸素や栄養が届かなくなる生命に関わる危険な状態。




