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【第給弐話】やぁ少年、前を向くよ。

果実狩りからの帰途、フォグたちは街の中心部を吹き飛ばす巨大な爆発を目撃する。街の幹部が、キャラメルの提供した「硝酸アンモニウム」と魔力の油を誤って混ぜ合わせ、引火させたのだ。爆風で飛来した木枝に胸を貫かれ、ニューが命を落としてしまう。己の科学を責め泣き崩れるキャラメルに対し、フォグは「無知な利権者による人災だ」と冷徹に告げ、立ち上がるよう彼女の手を強く握った。

街へ戻る街道を進むにつれ、数時間前までの熱気あふれる祝祭空間は、完全に壊滅的な焦土(グランドゼロ)へと変貌をしていた。


かつて色鮮やかな旗がはためいていた大通りには、爆風で千切れた万国旗(ばんこくき)の燃えカスが雪のように降り積もっている。屋台から漂っていた香ばしい肉の匂いは、建物の木材や肉体が焼ける、鼻を突く有機物の焦げ臭さへと置き換わっていた。


「……ひどい、な。完全に生存者の限界値パーセンテージを超えている」


フォグが呟いた通り、そこにはもはや悲鳴すら聞こえなかった。生存者の叫びは最初の数分間の爆轟(デトネーション)と熱波によって一瞬でかき消され、今やただ、パチパチと瓦礫が爆ぜる音と、建物の自重が崩落する鈍い地鳴りだけが、不気味な静寂の中に響いている。


かつて二人が宿泊した宿屋や、酒場「銀の麦穂亭」のあった場所には、黒く炭化(たんか)した看板が虚しく地面に転がり、炎に舐め尽くされていた。お祭りの象徴であった大通りの賑わいは、一瞬の二次災害によって完全に消滅したのである。


「う、うあぁぁぁ……! にゅー、にゅー……っ!!」


焼け落ちた瓦礫(がれき)の片隅で、スクワールはニューの遺体に(すが)り付いたまま、声を枯らして大泣きしていた。


小さな手で、血と(すす)にまみれた姉の冷たい頬を何度も擦り、ふさふさだった自慢の尻尾は泥にまみれて力なく地面に垂れている。彼女が流す大粒の涙は、ニューの胸に刺さった忌まわしい木枝の焦げ跡を濡らすばかりで、失われた生命活動が再起動することは二度となかった。


その隣で、マーシャルは大剣を杖のように突き立て、虚空を見つめたまま完全に石化していた。物理的な戦闘力では街一番を誇った前衛も、この規模の広域破壊兵器による理不尽な死の前では、ただの無力な人間に過ぎなかった。


激しく取り乱した後にフォグに抱きついていたキャラメルは、まだ微かに肩を震わせながらも、科学者としての理性をどうにか繋ぎ止め、スクワールの悲痛な姿を見つめていた。その表情には、自らの知識が招いた結果への、消えない傷痕が刻まれている。


フォグは軍服のポケットから、静かに片手を取り出し、スクワールの小さな背中にそっと触れた。


「スクワール、泣くなとは言わない。感情の表出は、精神的ストレッサーに対する大脳の正常な防御反応だ。だが、自分を責めるな」


フォグの冷徹ながらも、どこか包み込むような声音が、瓦礫の街に響く。


地球の歴史においても、これと全く同じ技術的悲劇が存在した。1947年、アメリカのテキサスシティという港町で、 硝酸アンモニウム』を積んだ貨物船が、管理ミスによって大爆発を起こした。街の数ブロックが一瞬で消し飛び、多くの無辜の市民が命を落とした。……だが、誰もその物質の発見者を責めなかった。悪いのは常に、技術のポテンシャルを正しく理解せず、安全管理(セーフティプロトコル)を怠った人間の無知と傲慢(ごうまん)であった。


フォグはスクワールの涙を、自らの軍服の袖でそっと拭った。


「ニューはお前を守るため、最後まで戦列を維持した。彼女の生存本能のベクトルは、お前の未来に向いていたんだ。お前がここで絶望し、セルフネグレクトに陥ることは、彼女の命を賭した防衛プロセスの完全な無駄遣いになる。……生きろ、スクワール。彼女の遺志を、無駄にするな」


「……う、うん……お兄ちゃん……っ、ぐすっ……」


スクワールはフォグの言葉の裏にある、不器用で絶対的な優しさを理解したのか、彼の小さな胸に顔を埋めてしばらくの間、静かに泣き続けた。


その後、四人はまだ煙の上がる街の裏手の丘に、静かな場所を見つけ、ニューの墓を建てた。


目印として立てられた簡素な木製の十字架には、スクワールが森で摘んできた(つる)が、彼女の植物魔法によって優しく巻き付けられた。


「ニュー……お前の分の戦力は、俺が死ぬまでスクワールに注ぎ込む。安心しろ」


マーシャルが墓前で深く頭を下げ、大剣を再び背中に背負い直した。その瞳には、絶望から立ち上がった男の戦術的な覚悟が宿っていた。


「……行こう、少年。ボクたちの化学は、まだ終わってない。今度は、誰も死なせないための防衛機構システムを作るために、ボクの脳細胞を使うよ」


キャラメルがドクターコートの襟を正し、だるそうだが、力強い足取りでフォグの隣に並んだ。


「ああ。これより我が陣営は、この汚染・崩壊区域を放棄。新たな戦術的拠点を求め、戦略的転進を開始する」


フォグは冷徹な三白眼で、燃え盛るルパカトの街を最後に見下ろした後、きっぱりと背を向けた。


少年参謀とサイエンティスト、そして残された者たちは、未だ見ぬ異世界の荒野へと向かって、一歩ずつ力強く歩き出すのであった。

・テキサスシティ大災害

1947年4月16日にアメリカ・テキサス州の港湾都市テキサスシティで発生した、アメリカ史上最悪とされる大規模な貨物船爆発事故。港に停泊していたフランス船籍の貨物船「グランドキャンプ号」の船内で火災が発生し、積荷として大量に積まれていた肥料用の硝酸アンモニウムに引火して大爆発を起こした。

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