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【第漆話】やぁ少年、分子間力の結合エネルギーが……。

仲間の風と壁で閉じ込められたゴブリンの群れに対し、キャラメルの撒いたテルミット粉末にフォグが投影したRPG-7の着弾熱を合わせることで超高温の熱化学反応を引き起こし、300匹以上の魔物を一瞬で消滅させた。

「う……頭が、割れそうに重い……」


フォグは軍服の重量感が欠落した、妙に軽い身体に違和感を覚えて目を覚ました。視界に飛び込んできたのは、見慣れない木造の天井であり、どうやら宿屋の一室のようであった。


「あ、お兄ちゃん起きた! よかったぁ、急にバタンって倒れちゃうからビックリしたんだよ?!」


「フォグさん、無理はしないでください。初めてあれだけの規模の『魔力演算』を行ったのです。身体が魔力の急激な循環に耐えきれず、急性魔力枯渇を引き起こしたんですよ」


枕元では、スクワールがほっとしたように尻尾を振り、ニューが心配そうに冷たいタオルをフォグの額に当てていた。あの殲滅戦(せんめつせん)の直後、二人の凄まじい「初魔法」の反動により、フォグとキャラメルは同時に崩れ落ちていた。スクワールとニューは慌てて二人をここまで担ぎ込んだのである。


「……私の、不覚だ。未知のエネルギーコンバート(変換)における、予備(リザーブ)の安全係数を誤るとは……」


参謀として致命的なシミュレーションミスにフォグが悔しげに眉をひそめた、その時であった。


(……ん? なんだ、この右側腹部に感知する、過剰に高密度で温かい『有機的質量』は……? )


寝返りを打とうとしたフォグは、運動機能を完全にロックされている事実に直面した。しかも、同一の布団の中から「すー……すー……」と、熱力学的緊張感の欠片もないだるそうな寝息が聞こえてくる。緩慢に頭部を回旋させたフォグの視認領域に、信じられない光景が飛び込んできた。


すぐ目の前に、乱れた白衣の襟元と、キャラメルの豊満な胸元。それだけではない。キャラメルはフォグの小さなフレームを、まるで特大の緩衝材か何かのように上下肢(じょうかし)で強固に拘束(ホールド)し、その胸に顔を埋めさせるようにして熟睡していた。


「なっ、なななな、な、何だこの不法(イリーガル)占拠(オキュペーション)はぁぁぁっ!?」


フォグの顔が熱膨張(ねつぼうちょう)を起こしたかのように真っ赤に染まった。「あ、それね」と、スクワールが屈託のない笑顔で言う。


「ベッドが一つしか空いてなくてね、お姉さん、気絶しながらも『少年を……隔離しないと、システムのエントロピーが……』ってうわ言を言いながら、お兄ちゃんを絶対に離さなかったんだよ!」


「引き離そうとしたのですが、すごい力で……。お二人は辺境の村でも、いつもこうして暖を取っていたのですよね?」


ニューが微笑ましそうに微笑んでいる。完全に誤解されていた。


「ち、違う! 誤解だ! このような過度の熱移動を伴う肉体接触は、軍事的なパーソナルスペースに対する重大な領空侵犯であり、戦術的にも――ッ!」


「んぅ……静かにしてよ少年……。いま、分子間力の結合エネルギーが……すー……」


フォグがパニック状態で暴れると、キャラメルはさらに腕の拘束圧力を上昇させ、フォグの頭をぎゅむっと自分の胸へと深く圧着させた。


「んぐふっ?! け、血流が……! キャラメル、覚醒しろ! この破廉恥(はれんち)な化学反応物質め、即座にこの包囲陣を解接(ディスコネクト)しろ……ッ!!」


異世界初の戦闘には完全勝利したものの、身内の理不尽なホールドからはどうしても脱出できない、天才参謀の災難な朝である。


「おい、入るぞ! 二人とも無事か! 」


バァン、と乱暴に宿の扉が開け放たれ、息を切らせたマーシャルが部屋へと踏み込んできた。その顔は興奮で真っ赤であり、手には何らかの書類を握りしめている。


「お、おいおい、なんだその状況は……。まあいい、それよりお前ら! 昨日のあれは一体何なんだ! ギルド長も街の幹部も、全員がひっくり返って大騒ぎだぞ!」


ベッドの上の破廉恥な包囲網を一瞬だけ凝視したものの、マーシャルの興奮はその違和感を完全に上回っていた。彼はフォグの抗議の視線を無視し、身振り手振りを交えてまくしたてる。


「あんな魔法、見たことも聞いたこともねえ! 300体超えのゴブリンの群れが、一瞬で跡形もなく消え失せるなんてあり得るか?! あのスクワールの壁の中に、太陽でも落としたのかと思ったぜ! お前らの魔法はマジでヤバすぎる、常識の枠を完全にぶち壊してやがる!」


「……声の音圧が高い。そしてマーシャル、まずはこの非戦闘員を私から引き離すのが先決だ」


「んぅ……おじさん周波数がうるさい……。いま、臨界質量を超えたところだったのに……」


マーシャルの大声にようやく覚醒へと移行したキャラメルが、不満げに目をこすりながら腕の緊縛度を緩める。フォグはその隙を逃さず、素早く布団から脱出(エスケープ)して軍服の襟を正した。その顔はまだ少し赤い。


「とにかく、だ」と、マーシャルはニカッと歯を見せて笑った。


「街を救った大英雄の目覚めだ。ギルドからの正式な報酬は後ほど渡すが、まずはこれを見ろ。外の様子をよ」


手招きされてフォグが窓の外を見下ろすと、市街地の通りはすでに信じられないほどの活気に包まれていた。色鮮やかな旗が掲げられ、屋台の準備が進み、住民たちが笑顔で行き交っている。


未曾有(みぞう)の危機から一転、無傷で勝利したんだ。街を挙げて『ゴブリン大討伐祭』を執り行うことに決まった。お前ら主役が不参加なんて許されねえからな」


「わぁ、お祭り! お兄ちゃん、お姉ちゃん、一緒に行こうよ!」


「そうですね、フォグさんたちの歓迎会も兼ねて、みんなで美味しいものを食べに行きましょう」


スクワールとニューが目を輝かせてフォグの袖を引く。


「 ……やれやれ、大衆の音響ノイズは、軍事的な隠密行動の妨げになるのだがな」


フォグはため息をつきつつも、隣で完全に目が輝いているキャラメルを見上げ、拒否権がないことを悟った。異世界の文化や未知の有機化合物のデータを集めるのも作戦行動として悪くはない。


こうして、異世界の常識を破壊した凸凹(でこぼこ)コンビは、二人に連れられて賑やかな祭りの渦中へと赴くことになるのであった。

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