【第参拾弐話】よぉ少年、新たな顔ぶれの登場みたいだよ。
兵器生産のボトルネックである亜鉛と鉄鉱石を確保するため、フォグたちは未踏の「ステラマトリクス洞窟」へ遠征。化学発光によるハザード管理のもとで無事に極上鉱石を強奪・採掘する。しかし直後、巨大な『ステラ・ゴーレム』が強襲。対戦車地雷による体勢崩壊、フッ化水素酸によるフレーム融解、そしてバレットM82A1の12.7mm徹甲弾によるコア貫通の連携で見事に撃滅し、無事に資源調達ミッションを完遂するのだった。
コンテナ一杯に詰め込まれた閃亜鉛鉱と魔鉄鉱石を揺らし、馬車が険しい連峰の麓を下っていた。
御者台ではテイ少佐が暢気に鼻歌を歌い、客車ではブラッティーが巨大なレンチを抱えて不満そうに口を尖らせている。
「おチビちゃん参謀、さっきのゴーレムにビビって泣き叫ぶかと思ったら、意外とやるじゃん!ざぁ〜こ♡でもウチらの採掘技術がなければ資源の回収は滞ってたんだからねっ!」
「戯け。採掘効率の最大化は我が兵站の基本だ」
フォグ・コラテラルは重厚なダブルブレスト・オーバーコートの真鍮ボタンをカチリと鳴らし、不機嫌そうな三白眼でブラッティーを睨んだ。
「そもそも君たちの掘削プロセスは動的な振動工学に依存しすぎていて、周囲の地質学的安定性に悪影響を与えるリスクがあった。おままごとのシャベルの方がまだ安全係数が高い」
その隣で、白衣のポケットに両手を突っ込んだキャラメル・メイラードが、眠たげに大きな欠伸を噛み殺した。
「まぁまぁ。少年の前頭葉も、強酸による錯体腐食とバレットの弾道演算で、すっかり糖分を使い果たしたみたいだしね。お姉さんがカルメ焼きでも口に放り込んであげようか?ほら、あーんして」
「不必要だ!私は子供ではない!」
フォグが赤面して抗議したその刹那、御者台のテイ少佐が「おっと、前方に進路を塞ぐ不審な熱源……いや、武装集団っスね」と声を張り上げ、馬車を制動させた。
馬車の前に滑り出てきたのは、旅慣れた風貌の四人の冒険者たちだった
先頭に立つのは、日本刀に似た反りのある鋭い刀を構えた、引き締まった体躯の青年。
「待て!俺たちは冒険者パーティだ。奥から凄まじい爆音と地鳴りが聞こえたが、お前たち、中の状況を知っているか!?」
男が勇敢な眼光で呼びかける。
「ちょっとキリハ、そんな頼りなさそうな馬車に聞いてどうすんのよ!この天才魔法使い『カロリック』様の火属性魔法で、ササッと奥を焼き払って調査してあげるわ!」
背後から、目立ちたがりな性質を隠そうともせずに杖を掲げる19歳程度の少女。
「カロリック、落ち着け。……押忍」
彼女の隣で、極めて精密な重心移動で拳を構える、22歳のクールな格闘家「クーサンクー」。その構えは、この世界のいかなる剣技とも異なる、異世界の拳法を思わせる独特の気流をまとっていた。
「……そこ、車軸の剪断応力が限界に近い。馬車のサスペンションが死んでいる」
「ふふ、クーサンクーさんは気になるところが独特ですね。皆さん、お怪我はありませんかぁ?」
最後方から、おっとりとした微笑みを湛えながら現れたのは、回復魔法の杖を携えた27歳のグラマラスな僧侶「チェリンポ」だった。
フォグは馬車の窓から首を傾げ、冷淡な三白眼で彼らを値踏みするように観察した。
「刀、火、異世界の拳法、および治癒。典型的な不正規戦闘向けの小規模分隊だな」
キリハと名乗った男は、馬車の窓から覗く、異質な軍服を纏った幼い少年と、白衣を着た気だるげな女の姿に一瞬気圧されたが、すぐに刀を鞘に納めて尋ねた。
「俺たちは、大王国『デッバン』のギルドクエストを受けてこの洞窟に来たんだ。……さっきの爆音は一体何だったんだ?まさか、あの『ステラ・ゴーレム』が目覚めたのか!?」
「ああ、あのデカブツなら、もうただの岩屑の山へと還元してやったよぉ」
キャラメルが白衣のポケットから手を抜き、指先をパチンと鳴らした。
「水溶液としてのフッ化水素酸を噴霧して、珪酸塩の結晶格子をなす術もなく切断してあげたの。そしたら砂のお城みたいにボロボロになっちゃってさ」
「……は?倒した……?お前たちだけでか!?」
カロリックが目を丸くして、杖を落としそうになる。
「そんな馬鹿な!あの『ステラ・ゴーレム』は、公式ランクでも【S中のB】……つまり、Bランクの中でも最上位、ある程度冒険慣れした猛者でなければ手も足も出ない魔物だぞ!?並の冒険者が束になっても、あの硬質な装甲を貫くことすらできないはずだ!」
フォグは不敵に口角を上げた。
「フン、Bランクだと?そのような不確定な定性的評価指標には何の価値もない。我が軍の初動の火力投射……すなわち、対戦車地雷による機動力奪取、強酸による化学的結合の減殺、および12.7mm対物狙撃銃によるコアの物理的貫通をもってすれば、その程度の岩石生命体はただの静力学的なゴミに過ぎん。運動エネルギーの保存則に照らし合わせれば、破壊できない装甲など存在しないからな」
冷酷に言い放つフォグの言葉に、キリハは生唾を飲み込むことしかできなかった。
「チェリンポさん……あの人たち、何を言っているのぉ……?」
「ふふ、なんだか冷徹で理知的ですねぇ」
「それにしても、キリハさん。デッバンのクエストを代わりに片付けてもらえて、助かりましたねぇ」
チェリンポが少しだけ表情を曇らせ、ため息をついた。
「ええ。今のデッバンは魔物退治どころの騒ぎではありませんから」
「デッバン?王国の名か?ほう。何かトラブルでも発生しているのか?」
フォグが前頭葉の戦術マッピングをアップデートするように、鋭い目を向けた。
「……ああ」とキリハが声を潜める。
「現在、大王国デッバンでは、不可解な『自殺』が相次いでいるんだ。健康で何の不自由もないはずの貴族や、屈強な近衛兵たちが、ある日突然、何かに取り憑かれたように自ら命を絶つ。呪いか、あるいは新型の魔病か……ギルドも原因を特定できず、国全体が極度の相互不信と恐怖に包まれている」
その言葉を聞いた瞬間、フォグとキャラメルは互いに目配せをした。
(不可解な自己破滅行動の連鎖……。心理戦による間接アプローチ、あるいは生物化学的アプローチによる、指揮系統の内側からの組織的瓦解か?)
「面白いねぇ、少年。何らかの有機リン化合物や神経毒が、脳内のアセチルコリンエステラーゼを阻害して大脳皮質に異常な電気信号を流しているのか、あるいは脳の扁桃体を物理的にバグらせる心理学的アプローチなのか。新しい『化学変化』の種が、その大王国に蒔かれているみたいだよぉ」
「ああ。地政学的パラメータの急激な変化は、我がエリアFの進軍計画における不要なバグになりかねん。追って調査する必要があるな」
キャラメルは、彼らの緊張をほぐすように、ふにゃりと締まりのない笑顔を浮かべた。
「まぁまぁ、デッバンの話は後にしてさ。少年、せっかくの出会いだ。この冒険者さんたちを、ボクたちの『エリアF』へ招待してあげようよ。お腹も空いているだろうし、歓迎の『海軍カレー』でもご馳走して、ゆっくりお風呂で疲れを癒してもらおうじゃないか。美味しいご飯を食べれば、血流が全身を巡って大脳もリフレッシュされるよぉ」
「フン、致し方ない。新規の人的資源とのパイプ構築、および情報の非対称性を解消するための情報収集プロトコルとしては合理的だ。テイ少佐、馬車を回せ!ゲストをエリアFへと歓迎するぞ!」
「アイアイサー、参謀殿!」
こうして、キリハたちのパーティを乗せ、馬車は「軍事国家エリアF」――旧サパニヤ王国の王都へと帰還した。
かつての恐怖政治で冷え切っていた街は、今やフォグたちの統治と『要塞型スーパー銭湯』、そして広場に立ち上る美味しい食事の匂いによって、驚異的な活気を取り戻していた。
「な、何なんだ、この活気のある街は!?石造りの城壁に、見たこともない複雑な銅合金の配管が繋がっている……!」
キリハは、異世界の常識を遥かに超えた近代的要塞都市の姿に、言葉を失う。
「おう、帰ってきたか!待ちくたびれたぜ!」
「みんなおかえり~!」
大剣を担ぎ直したマーシャルが、獰猛な笑みで、スクワールが可愛らしい笑みで出迎えた。
「おい、シノギ中佐!ゲストだ!最高のレーションを彼らに配給しろ!」
「……了解した。命を捌き、胃袋を完璧に満たすのが私の任務だ」
白髪の料理人シノギ中佐が、巨大な庖丁を静かに収め、特設キッチンで煮立っていた大鍋から、とろみのある褐色のルーを白いライスの上にたっぷりと注ぎ分けた。
「さぁ、食ってみろ。我がエリアFの完全統制兵器――『海軍カレー』だ!」
漂う強烈なスパイスの香りに、キリハたちの胃袋が激しく鳴り響いた。
カロリックがスプーンで恐る恐る口に運ぶ。
「な、何これ……!辛い!舌が痺れるような刺激なのに、奥深いコクがあって、スプーンが勝ために動いちゃう!私の火属性魔法よりも熱い情熱が、大脳に直接突き刺さってくるわ!」
「……美味」
クーサンクーは無言のまま、恐るべき速度でスプーンを往復させ、瞬く間に皿を空にした。
「押忍。極限の戦闘訓練の後に最適な,高密度栄養食。体内の血液循環が急速に活性化しているのを感じる」
「あらぁ、とってもスパイシーなのに、なんだか不思議と癒されますねぇ……。ポカポカして、疲れが溶けていきますぅ」
チェリンポもおっとりと微笑みながら、嬉しそうに頬を染めている。キリハもまた、カレーの旨さに涙を流しながら、一心不乱に貪り食っていた。
「これほど美味いものが、この世にあるなんて……!エリアF、恐ろしい国だ……!」
その様子を、フォグは腕を組んだまま、地獄の悪魔のような笑みを浮かべて見下ろしていた。
「ハハハハ!胃袋を掌握すること、それすなわち防衛線の内側からの心理的制圧!喰らえ、異邦の戦士どもよ!その美味の快楽の対価として、我が軍の戦術テーブルに価値あるデータを提供してもらうぞ!」
「はいはい、少年、また悪魔の顔になってるよぉ。美味しく食べてくれてるんだから、それでいいじゃないの。化学的に見ても、スパイスによる一時的なドーパミンの過剰分泌を喜んでいるだけに過ぎないんだからさ」
──歓迎会が盛り上がるその裏。
主計課のオフィス奥の軍需工場では、ツインテールの工場長ブラッティー・ギャンビット率いるメスガキドワーフたちが、溶鉱炉の赤い光に照らされながら、鉄の匂いと火花の中でギラギラと瞳を輝かせていた。
「ニシシッ!原料の真鍮と炭素鋼さえ手に入れば、ウチらの冶金技術と精密加工旋盤の敵じゃないし!ほら、あんたたち、おチビちゃん参謀にウチらの本気を見せてやるわよ!」
「「おうよ!徹夜でライン回して、大量生産してやるし!」」
ドワーフの怪力と熱的制御の魔法によって、テーブルの上には、無骨で頑強な自動小銃『AK-47』の銃身や、毎分1200発の弾幕を誇る『MG42』の精密なボルトアクション機構が、驚異的な精度で次々と鋳造・加工され、山積みになっていく。
「いいかい、ブラッティー。化学に国境はないけれど、ボクたちの実験室には絶対的な主権があるんだよ。君たちのその可愛いハンマーが、世界を書き換える最初の触媒になるのさ。硝化綿による無煙火薬の調合はボクが完璧な化学量論的比率でやるから、君たちは雷管の起爆機構とライフリングの加工精度に集中しておくれ」
キャラメルが、火薬の調合書を片手に、静かに、しかし確かな狂気を宿して微笑む。異世界初の「軍需産業」の歯車は、メスガキドワーフたちの生意気な笑い声とともに、完全なるオートメーション化に向けて、その速度をさらに加速させていくのであった。
・剪断応力
物体を平行にずらそうとする力が面に沿って働くときの、単位面積あたりの大きさの。記号は 「τ」で表され、ハサミで紙を切る時やボルトが横から押される時などに発生する。
・アセチルコリンエステラーゼ
神経伝達物質である「アセチルコリン」を素早く分解して、神経の信号を止める大切な酵素。




