【番外編⑤】単為生殖
「ふぁ〜……フルーツ牛乳のおかげで、血中のフルクトース濃度が完璧に安定したよぉ」
要塞型スーパー銭湯の休憩スペース。湯上がりの火照った体を冷ましながら、キャラメルは白衣を羽織り、だるそうに長い欠伸を噛み殺した。
周囲では、ツインテールの工場長・ブラッティーをはじめとするメスガキドワーフたちが、フルーツ牛乳の美味しさにキャッキャとはしゃいでいる。
その和やかな光景をぼんやりと眺めていたキャラメルは、ふと、ある生物学的な疑問に行き当たった。
「そういえばさぁ、ブラッティーちゃん」
「んぇ? なによお姉さん。またうちらの高度な冶金技術を褒め称えたいわけぇ? ざぁ〜こ♡」
生意気な笑みを浮かべて振り返るブラッティーに、キャラメルは首を傾げる。
「いや、技術じゃなくて君たちの『生態』についてなんだけどねぇ。君たちドワーフって、見事に全員が同年代の女の子……いわゆる『メスガキ』の形態をしているじゃないか。君たちの親……つまり、成熟した大人や男性の個体はどこにいるんだい?」
その問いに対し、ブラッティーはきょとんとした後、鼻で笑った。
「はぁ? 親? 大人の男? なにそれ。うちらドワーフにそんなのいないしぃ!」
「……いない? じゃあ、君たちはどうやって世代交代……つまり、繁殖をしているんだい?」
キャラメルの問いに、ブラッティーは腰に手を当てて胸を張った。
「決まってるっしょ! うちらはね、優秀なメスガキ同士が『愛の共同作業』をして、新しい子供をポンって生み出すんだから!」
「「「…………は?」」」
その場にいたキャラメル、そして近くで会話を聞いていたフォグとマーシャルまでもが、完全に思考を停止させた。
「ちょっと待て」
男湯から上がってきていたフォグが、目を剥いて口を開く。
「同性のみによる生殖活動だと? 哺乳綱における 単為生殖 は、極一部の特殊な環境下でしか確認されていないはずだ。それに、染色体の交差が行われなければ遺伝子の多様性が担保されず、環境変化に対する脆弱性が……」
「おチビちゃん参謀、相変わらず難しいことばっか言っててバカみたい〜♡」
ブラッティーがフォグの言葉を遮り、ニシシッと笑う。
「いい? うちらドワーフの子供はね、お腹から生まれるんじゃないの。一番腕のいい二人のメスガキが、溶鉱炉で魔鉱石を一緒に打つわけ! 二人の魔力と愛情を込めて、三日三晩、汗だくになってハンマーを振るい続けるの! そしたら、鉱石が二人の魔力波長を吸い込んで変成して、可愛い赤ん坊のドワーフが誕生するって寸法よ!」
「なるほどねぇ……」
キャラメルが顎に手を当て、深い関心を示す。
「無機物からの有機生命体の合成……高度な錬金術と単為生殖のハイブリッドか。二人の異なる魔力波長を干渉させることで、遺伝子の エピジェネティック な修飾を行い、多様性を確保しているんだねぇ。生物学と無機化学の境界線を越えた、極めて特異な増殖プロセスだよぉ」
一方、その「生態」を理解したフォグの三白眼に、突如として地獄の悪魔のような爛々とした狂気が宿った。
「……フハハハハ! 素晴らしい!! なんという完璧な 人的資本の再生産システムだ!!」
「ひぃっ!? お、おチビちゃん参謀、急にどうしたのぉ!?」
狂ったように笑い出したフォグに、ブラッティーが後ずさる。
フォグは両腕を大きく広げ、歓喜に震える声で叫んだ。
「外部の遺伝子リソースや、非効率な男女の社会構造に一切依存せず、工場内で直接『工兵』を製造できるだと!? 男女比率の偏りによる労働力不足のリスクはゼロ! 優秀な技術者の魔力を掛け合わせることで、初期スペックの保証された量産型労働力を無限に産み出せる! これぞ、軍需産業における究極のオートメーション化だ!!」
「お、おいフォグ、お前またイカれたこと考えてるんじゃねえだろうな……」
マーシャルがドン引きしながら突っ込みを入れるが、フォグの暴走は止まらない。
「ブラッティー・ギャンビット! 貴様らには今日から、兵器の製造ラインに加え、次世代の工兵を量産する『愛の共同作業』のノルマを課す! 昼夜三交代制で溶鉱炉の火を絶やさず、我がエリアFのために無限の労働力を産み出し続けろ!! 歯車の増産こそが国家の絶対的 教義だァッ!!」
「い、いやぁぁぁっ!! ムードもへったくれもないしぃ!! うちらの神聖な営みを軍事利用しないでよぉぉっ!!」
顔を真っ赤にして涙目で抗議するメスガキドワーフたち。
「はいはい、少年、労働基準法違反だよぉ。いくら無機物ベースの合成でも、過度な魔力消費は細胞の アポトーシス を早める。適度なインターバルと福利厚生がないと、不良品ばかりできちゃうよぉ」
キャラメルがだるそうにフォグの頭をぽすっと叩き、ふにゃりと笑った。
「むぐっ……! だがキャラメル、この増殖システムを戦術的に最適化すれば……!」
「はいはい、まずはこのフルーツ牛乳でも飲んで、高ぶった交感神経を落ち着かせなよぉ」
未発達な異世界の生態系すらも、最凶の軍事ロジックで蹂躙しようとする小さな参謀と、それを甘い化学でなだめるダウナーな化学者。
要塞型スーパー銭湯の夜は、メスガキドワーフたちの悲鳴と新たな狂気と共に、騒がしく更けていくのであった。
・かぐや
東京農業大学の河野友宏教授らのチームが、2003年に世界で初めて精子を一切使わずに誕生させた二母性マウス「かぐや」は、哺乳類の単為生殖が不可能とされていたこれまでの生物学的常識を覆した。
・エピジェネティクス
DNAの塩基配列を変えずに、環境や食事などの影響によって遺伝子の「オン・オフ」が調節される仕組み。




