【番外編④】マジカル!
「……ふぅ。サパニヤの旧王城も、だいぶ片付いてきたねぇ」
キャラメルは白衣のポケットに手を突っ込み、だるそうに大きな欠伸を噛み殺した。 軍事国家『エリアF』の総統大本営として改修が進む城内。使われていなかった宝物庫の整理と物資の目録作成を任された彼女は、山積みのガラクタの中から一本の杖を拾い上げた。
先端に無駄に大きなハート型の宝石があしらわれた、鮮やかなピンク色のステッキ。
「なんだいこれ。金や銀じゃないし、実用性ゼロの合成樹脂……? まるで、かつてボクのいた世界のアニメに出てきた『魔法少女』のアイテムみたいだねぇ」
周囲には誰もいない閉鎖空間。日々の過労と、異世界という非日常がもたらしたストレスが、彼女の前頭葉の抑制をわずかに緩ませていたのかもしれない。 あるいは、純粋な知的好奇心がほんの少し暴走しただけか。
「……ちょっとだけ、やってみよっかな」
キャラメルはコホンと小さく咳払いをし、誰も見ていないことを確認してから、ステッキを天高く掲げてクルリと回った。
「愛と化学の力で、あなたの心を還元しちゃうぞ☆ マジカル・ケミスト、キャラメル! ……なんちゃって。あはは、バカみたいだねぇ」
「……貴様、何らかの神経毒でも吸引したのか?」
背後から、底冷えのする冷徹な声が響いた。 ピタリと、キャラメルの動きが凍りつく。 恐る恐る振り返ると、開け放たれた扉の前に、書類の束を抱えたフォグが、極限まで冷ややかな三白眼でこちらを見つめていた。
「しょ、少年……!?」
「貴様、前頭葉の機能が著しく低下しているのか。それとも、大脳辺縁系をハッキングする未知のCBRN兵器にでも被弾したか?」
「ち、違うんだよぉ! これは、その……!」
キャラメルの顔が、まるでテルミット反応を起こしたかのように、一瞬で沸騰して真っ赤に染まった。あの常に気だるげでダウナーな化学お姉さんの顔に、かつてないほどの『羞恥』というエントロピーが増大していく。
「……そもそも、そのステッキの重心バランスは極めて劣悪だ。空気抵抗を無駄に受けるその巨大な先端装飾は、近接格闘におけるスイングスピードを著しく低下させる。そんな無用の長物で、一体何を制圧する気だ?」
フォグは呆れたように鼻を鳴らし、容赦のない軍事ロジックで魔法のステッキを論破し始める。
「さらに、先ほどの動作だ。あのような無防備に脇を空けるポーズは、敵の キルゾーン に自ら飛び込むようなものだ。動作の隙が多すぎる」
「やめて! ボクの黒歴史を軍事視点で真面目に分析しないで!」
羞恥心の臨界点を突破したキャラメルは、手に持っていたステッキを放り投げ、弾かれたようにフォグへと飛びついた。
「んぐっ!?」
そのまま、フォグの小さな体を自身の豊満な胸元へと強固に 拘束する。
「わかった! わかったから! 今の視覚情報と音声データは、直ちに君の脳内から 揮発させて! 完全な情報統制をお願い!」
「離せ、キャラメル! 貴様の過剰な質量で物理的に記憶を隠蔽しようとするな! 呼吸が……!」
顔を真っ赤にしてジタバタと暴れるフォグを、キャラメルはさらにぎゅっと強く抱きしめる。
「少年が忘れるまで、この密着状態は解除しないからねぇ! ボクの体温と分子間力で、記憶領域を完全に上書きしてあげるよぉ!」
「や、やめ……! 軟質な質量兵器で指揮官を圧殺する気か……ッ!」
普段はフォグをからかってばかりのダウナー化学お姉さんが見せた、予期せぬ化学反応。 総統大本営の一室では、今日も理不尽で騒がしい、二人だけの攻防が繰り広げられているのであった。
・CBRN兵器
化学(Chemical)、生物(Biological)、放射線物質(Radiological)、核(Nuclear)の4つの頭文字をとった総称で、これらを利用した大量破壊兵器やテロの脅威。




