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【第参拾話】まぁ少年、銃という名のおもちゃを。

ドワーフの技術で完成した『要塞型スーパー銭湯』を満喫する一行。女子陣は精密な機械式体重計と身長計でワイワイと盛り上がり、キャラメルはペクチンを用いたタンパク質の安定化技術で特製『フルーツ牛乳』を作り出す。一方、男湯では騒ぎ立てる士官たちにフォグがブチギレるなど、前線基地とは思えない賑やかで平和な夜が過ぎていくのだった。

女子風呂の脱衣所兼休憩スペースで、キャラメルたちが特製フルーツ牛乳の完璧なエマルションと甘味を堪能し、まったりとした副交感神経優位の時間を過ごしていた頃。


ガラッ、と休憩スペースの引き戸が開き、男湯の陣営がようやく姿を現した。


「……遅いよぉ、少年たち。湯冷めしちゃうかと思った……って、ぷっ」


だるそうに振り返ったキャラメルは、先頭を歩く小さな参謀の姿を見て、思わず吹き出した。


「わぁっ!お兄ちゃん、頭ちっちゃくなってる!すっごくかわいい〜!」

「はにゃ〜……いつもと全然雰囲気が違いますぅ……」


スクワールが目を輝かせ、パンケーキ・アイスが頬を染める。


無理もない。普段はふんわりとしたマッシュショートで整えられているフォグの髪の毛は、お湯と蒸気をたっぷりと吸い込み、完全にペッタンコになっていた。冷徹な三白眼と重厚な軍服で隠されていた「年相応の幼い少年の輪郭(りんかく)」が容赦なく(あら)わになり、その姿はただの『お風呂上がりのかわいい子供』そのものであった。


「か、可愛いなどと呼ぶな……ッ!!」


フォグは顔を夕焼けのように真っ赤に染め上げ、必死に頭を手で押さえた。


「これは毛髪の主成分であるケラチンが水分を吸収して水素結合が切断され、重力ベクトルに従って物理的に下垂(かすい)しているだけの生理現象だ!指揮官の威厳を損なうような評価は直ちに撤回しろ!」


「はいはい、わかったから。湯冷めして免疫力が低下する前に拭いてあげるよぉ」


キャラメルはだるそうに立ち上がると、持っていたタオルでフォグのペッタンコな頭をわしゃわしゃと拭き始めた。フォグは「むぐっ……!軍事行動外での不必要な接触は……!」とジタバタ暴れるが、その抵抗は極めて弱々しい。


「いやー、参謀殿はああ見えて負けず嫌いッスからね!あの『灼熱の小部屋』で、俺とシノギ中佐と三人で最後まで耐久戦やってたんスよ!おかげで出るのが遅くなっちまいました」


腰にタオルを巻いたテイ少佐が、豪快に笑いながらフルーツ牛乳のコップを手に取る。その横でシノギ中佐も無言で頷き、火照った体に冷たい牛乳を流し込んでいた。


「耐久戦?灼熱の小部屋……?」


キャラメルが小首を傾げる。


「……フン。極限の熱環境下における呼吸制御と精神の恒常性の維持は、過酷な戦場を生き抜くための基礎訓練だ。あの程度の熱波による面制圧、我が陣営の士気をもってすれば容易に耐え抜ける。むしろ、毛細血管の拡張による疲労物質の排出プロセスとしては極めて合理的だった」


フォグはタオルの下から三白眼を鋭く光らせ、不敵に鼻を鳴らす。


「あー……」


キャラメルはポンと手を叩いた。


「そういえば、ボイラーの排熱を再利用した『乾式熱気浴設備(サウナ)』を設計図の隅っこに組み込んでいたのをすっかり忘れてたよぉ。熱した石に水をかけて水蒸気を発生させる、いわゆるロウリュの機能もつけてたんだけど……」


そこまで言って、キャラメルはふと疑問に思った。


「でも、女子湯の区画にはそんな部屋への扉、どこにもなかったよねぇ?」


その言葉が出た瞬間。


「「「ビクッ!!」」」


フルーツ牛乳を飲んでいたブラッティーたちメスガキドワーフが一斉に肩を震わせ、露骨に明後日の方向へと目を逸らした。


「……ブラッティーちゃん?」


キャラメルが、だるそうな、しかし決して逃がさない研究者の目でツインテールの工場長を見下ろす。


「べ、別にお姉さんたちのために隠したわけじゃないんだからねっ!!」

ブラッティーは顔を真っ赤にして、早口でまくし立てた。



「じ、事前にテスト稼働でウチらが入ってみたら……空気が熱すぎて、息が気道で焼けそうになって、5分で逃げ出したなんてこと、絶対にないんだから!あんな危険な釜茹(かまゆ)で部屋、ひ弱なお姉さんたちが入ったら死んじゃうと思って、入り口をダクトと配管でカモフラージュして隠してあげたのよ!」


「そうだよ!ウチらの優しさに感謝しなさいよねっ!」


完全に自白していた。


要するに、メスガキたちは自分たちがサウナの熱さに耐えられなかったため、女子湯側のサウナをこっそり封印して「なかったこと」にしていたのだ。


「あはは。なるほどねぇ」


キャラメルはクスリと笑い、ブラッティーの頭をぽんぽんと撫でた。


「空気の対流による温度勾配で、熱い空気は上部に溜まる。でも座面を高く設定しすぎたせいで、ドワーフの小柄な身長じゃ熱波の直撃ゾーンに入っちゃったんだね。それに、溶鉱炉の輻射熱(ふくしゃねつ)と違って、閉鎖空間での高温多湿な気体分子の衝突は、気化熱による冷却を阻害するから体感温度が跳ね上がる。可愛い防衛本能だよぉ」


「ち、違うし!ウチらは溶鉱炉の熱には慣れてるけど、あんな密室の蒸し風呂、熱力学的に狂ってるって判断しただけだし!サウナの耐久戦すらできないお姉さんたち、ざぁ〜こ♡」


真っ赤な顔で強がるブラッティーに対し、タオルの下で髪の毛がふんわりと復活しつつあるフォグが、地獄の悪魔のような笑みを浮かべた。


「……フハハハ!虚勢を張るな、三流の技術者ども。気候変動や極端な熱環境への耐性不足は、前線における致命的な弱点(ウィークポイント)だ」


フォグは軍服のコートを羽織り直し、冷酷な宣告を下す。


「明日は貴様らドワーフ部隊全員をあの『サウナ』とやらに放り込み、心肺機能と耐熱限界を引き上げる地獄の耐久訓練(ブートキャンプ)を強制執行してやる。密室空間で気化・膨張した水蒸気がもたらす、燃料気化爆弾にも似た『ロウリュ』の絶望を、その肌で味わうがいい!!逃亡は許さんぞ!」


「ひぃぃぃっ!?ぜ、絶対やだぁぁぁっ!!」


「お姉さん助けてーっ!!」


ペッタンコ髪の恥辱を晴らすかのように軍事ロジックでサウナの恐ろしさを語る小さな参謀と、泣き叫んでキャラメルの白衣の後ろに隠れるメスガキドワーフたち。



「……さて。くだらん痴話喧嘩(ちわげんか)はここまでだ」


一頻(ひとしき)り叫んで溜飲(りゅういん)を下げたのか、あるいはただ単にのぼせた身体が冷えてきただけなのか。フォグは完全に乾ききって元のふんわりとした形を取り戻した髪を一度だけ手で梳くと、三白眼の奥に冷徹な戦術家の光を宿し、ブラッティーを見据えた。


「サウナの耐久訓練の前に、貴様らドワーフの『本業』の評価をしてやろう」


「はぁ?本業って、鍛冶(かじ)や機械いじりのこと?ウチらを舐めないでよねっ!スーパー銭湯の配管だって完璧に仕上げてあげたでしょ!」ブラッティーが腰に手を当ててふんぞり返る。


「配管の溶接精度は確かに評価に値する。だが、私が求めているのは公衆衛生の向上だけではない。我が『エリアF』を絶対的な軍事国家へと押し上げるための、圧倒的な『暴力の量産』だ」


フォグは休憩スペースの広いテーブルの前に立つと、前頭葉に魔力を練り上げた。


「私の『軍事』属性の魔力演算による兵器投影は、強力だが生体エネルギーの枯渇という致命的な稼働限界が存在する。だが、貴様らの高度な冶金学と精密加工技術があれば、これらを『物理的な質量』として量産し、実戦配備できるはずだ。……見ろ」


フォグが手をかざすと、空間が漆黒の魔力で歪み、無骨な鉄の塊たちが次々とテーブルの上に実体化していった。


「『軍事』属性、位相展開。――〈アサルトライフル:AK-47〉」


ガチャン、と重い音を立てて現れたのは、木と鉄で構成された無骨な小銃だった。「極寒(ごっかん)凍土(とうど)から熱砂(ねっさ)の砂漠まで、極限の環境下でも動作を保証する信頼性と量産性の結晶。パーツのクリアランスを意図的に広く取ることでジャムを防ぐ、後方支援を必要としない歩兵の槍だ」


「な、なにこれ……?剣でも槍でもない、ただの鉄の筒じゃない!」


メスガキドワーフたちが興味津々で群がってくる。


フォグの魔力投影は止まらない。


「さらにこいつだ。――〈汎用機関銃:MG42〉!」


ドンッ!と、先ほどよりも遥かに長大で重厚な銃身が姿を現す。「通称『ヒトラーの電動鋸』。毎分1200発という狂気的な連射速度で弾幕を張り、敵の歩兵部隊を文字通り挽肉に変える面制圧の悪魔だ!銃身の加熱を素早く交換できる機構も備えている!」


「ま、毎分1200発……?」


「まだあるぞ!――〈フルオート・ショットガン:AA-12〉!!」


ゴトンッ、と分厚いドラムマガジンを備えた銃器が投影される。「近接戦闘おける制圧力の頂点!散弾の豪雨が、敵の回避行動を完全に無意味にする!……どうだ、三流の技術者ども。これと同じものを、貴様らの手で造り出せるか?」


ずらりと並んだ現代兵器の数々。ブラッティーは恐る恐るAK-47に触れ、その構造を観察し始めた。


「これ……筒の中に螺旋状(らせんじょう)(みぞ)が切ってある。それに、引き金を引くと中の機構が連動して、バネで金属のピンを弾くようになってる……。でも、どうやってこれで攻撃するの?魔法の石でも組み込むわけ?」


「あはは。魔法なんて不確定なものには頼らないよぉ」フルーツ牛乳の空き瓶を持ったキャラメルが口を挟んだ。


「その筒の中で『無煙火薬(ニトロセルロース)』の急激な燃焼反応を起こして、発生した高圧ガスの膨張力で弾頭を音速以上の速度で押し出すんだ。筒の内側にある『旋条(ライフリング)』っていう溝が弾にジャイロ効果を与えて、弾道を安定させる。高度な流体力学と熱力学、そして化学の産物だよぉ。雷管(らいかん)に使う起爆薬や発射薬は、ボクが完璧な化学量論的比率で合成してあげるから安心していいよぉ」


「火薬の……爆発力で、鉄の塊を音速で飛ばす……!?」


ドワーフたちの瞳に、技術者としての探求心と興奮が激しく燃え上がり始めた。未知の機構、未知の動力源。それは彼女たちのプライドを心地よく刺激した。


フォグは幼い顔に地獄の悪魔のような笑みを張り付け、両手を大きく広げた。


「そうだ!我が『エリアF』の軍事教義は、圧倒的な火力投射による一方的な蹂躙だ!諸君、戦争とは数と火力だ!魔法という非科学的で不確実な個人の才能に依存する時代は終わった!これより始まるのは、圧倒的な工業力と兵站が支配する冷徹な『総力戦』である!敵の血肉でこの大地を泥濘(ぬかるみ)に変え、我々の兵器で歴史を塗り替えるのだ!貴様らドワーフに、この『死の歯車』を量産し、世界を恐怖で染め上げる矜持(きょうじ)はあるか!?」


かつての狂気の独裁者を彷彿とさせる、熱狂的で血生臭いアジテーション。


だが、ブラッティーは怯むどころか、ニシシッと凶悪なメスガキスマイルを浮かべてレンチを肩に担ぎ直した。


「……ふ、ふふんっ!さっきから三流三流ってうるさいし!こんなの、材質のカーボン(炭素)含有率と設計図さえ分かれば、ウチらの旋盤と鋳造技術で完璧な精度で作ってやるわよ!おチビちゃん参謀こそ、ウチらの作った大量の武器の凄まじさにビビって泣き叫ぶ準備でもしとくことね!ざぁ〜こ♡」


「そうだそうだ!ウチらの技術力を舐めないでよねっ!」


「徹夜でライン組んでやるし!」


「フハハハハ!言ったな!ならば明日から休む暇などないと思え!溶鉱炉の火を絶やすな!貴様らの(ほね)(ずい)まで、軍需工場(ぐんじゅこうじょう)の労働力として最適化してやる!」


男湯から上がってきたマーシャルとシノギ、そしてテイ少佐は、狂ったように笑い合う幼い参謀とメスガキドワーフたちを見て、顔を見合わせた。


スクワールだけは「お兄ちゃんたち、また新しいおもちゃ作るの?たのしそ〜!」と尻尾をパタパタさせている。


「……なんだか、とんでもないモンが量産されそうな嫌な予感がするぜ」マーシャルが額に手を当てて溜息をつく。


「あはは。少年、新しいオモチャの生産ラインの目処が立ってよかったねぇ。ボクも忙しくなりそうだよぉ」


キャラメルはだるそうに欠伸をしながら、新たな火薬の化学式を頭の中で組み上げ始めていた。

かくして、異世界初の「軍需産業」の歯車は、風呂上がりの休憩スペースという極めて場違いな場所で、狂気と熱狂と共に静かに回り始めるのであった。

・輻射熱

物体が持つ熱エネルギーが電磁波に変わり、空間を通って直接ほかの物体へ伝わる現象。


・AK-47

旧ソビエト連邦のミハイル・カラシニコフが設計した世界で最も有名な自動小銃。


・ジャムる

銃において、弾が詰まったり薬莢がうまく外に出なくなったりして、正常に撃てなくなる機能停止の状態。


・MG42

第二次世界大戦中にナチス・ドイツが開発・採用した、非常に高い発射速度を誇る傑作汎用機関銃。


・アドルフ・ヒトラー

ナチスの党首であり、1933年から1945年までドイツの首相・総統として独裁権力を握った政治家。強烈なナショナリズムと反ユダヤ主義を掲げて独裁体制を築き、第二次世界大戦を引き起こしたこと、そしてユダヤ人などに対する大虐殺を主導した。


・AA-12

アメリカのミリタリー・ポリス・システムズ社が製造する、フルオート射撃が可能な自動散弾銃。


・ニトロセルロース

セルロースを硝酸と硫酸で処理して作る、火薬や塗料に使う物質。


・ライフリング

銃砲の銃身内面に刻まれた螺旋状の凹凸。


・ジャイロ効果

回転している物体が姿勢を保とうとする現象。


・雷管

爆薬や火薬を爆発・発火させるための小さな起爆装置。

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