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【第弐拾玖話】まぁ少年、風呂上がりといえば?

ドワーフの技術で「要塞型スーパー銭湯」を完成させた一行。キャラメルら女子陣が一番風呂でツンデレなドワーフたちと心温まる休息を楽しむ一方、男湯ではフォグが騒がしい士官たちにキレ散らかすなど、一同は束の間の賑やかな平穏を満喫した。

「ふぁ〜……さっぱりしたねぇ。皮脂汚れと酸化した老廃物が完全にエマルションされて、表皮のバリア機能が正常化したよぉ」


湯上がりの仄紅(ほのあか)い肌を(さら)しながら、キャラメルはだるそうに伸びをした。脱衣所を兼ねた広々とした休憩スペースには、同じく風呂上がりでホカホカと湯気を立てている女子たちが集まっている。


「お姉ちゃん、尻尾の毛がペシャンコになっちゃったよぉ……。早く乾かさないと、元のフカフカに戻らないよぉ」


スクワールが情けないほど細くなった尻尾を振りながら、少し涙目でブルブルと水気を飛ばしている。


「あはは。ケラチンに水分が浸透して水素結合が切れてるだけだから、乾燥させればまた立体構造は元に戻るよぉ。……それより、ブラッティーちゃん。お願いしてたアレ、できてる?」


キャラメルの視線の先には、ツインテールの工場長・ブラッティーがバスタオル一枚の姿で腕を組んでいた。


「ふ、ふんっ!当たり前でしょ!ウチらの冶金技術と精密加工を舐めないでよねっ!ほら、要求された仕様書通りの『体重計』……だっけ?完璧に作ってあげたわよ!」


ブラッティーが指差した先には、金属製の台座に目盛りが刻まれた円盤がついた、アナログ式の機械が置かれていた。


「おお、完璧だねぇ。フックの法則を応用したバネ定数の圧縮量から質量を割り出す、純粋な機械式体重計。歯車機構(ラック&ピニオン)の精度も申し分ないよぉ」


「た、たいじゅうけい……?」


ニューの遺志を継ぐように集まった国民の中から選ばれた特務少尉、パンケーキ・アイスが小首を傾げる。


「乗れば自分の重さが数字で分かる機械だよぉ。健康管理と恒常性の維持には、定期的なデータロギングが不可欠だからねぇ。さぁ、誰から乗る?」


キャラメルがだるそうに尋ねると、好奇心いっぱいのスクワールが「わたし乗るーっ!」と手を挙げた。だが、彼女が台座に飛び乗る前に、ツインテールの工場長・ブラッティーがドヤ顔で隣にある細長い金属の柱を指差した。


「ふふん、ウチらの技術を舐めないでよねっ!ただ重さを量るだけじゃないわよ。こっちの柱みたいなやつは『身長計』!垂直の支柱にスライド式のカーソルをつけて、ミリ単位の精度で身長を測れるようにしてあげたんだから!」


「おお、身体計測(アンスロポメトリー)の基本セットじゃないか。さすがはウチの優秀な工場長ちゃんだねぇ」


「ざ、ざぁ〜こ♡褒めても何も出ないんだからねっ!」


ブラッティーが顔を赤くしてそっぽを向く中、スクワールがまずは身長計の前に立ち、カーソルが頭にコツンと当たる。


「えっと、身長は……142センチだねぇ」


続いて体重計へ。バネが沈み、目盛りの針がピタリと止まる。


「体重は……39キロ。うん、標準的なBMIとしては適正値だよぉ。骨格筋の密度が高いのと、ふさふさの尻尾の質量があるから、見た目よりもしっかり数字に出るねぇ」


「えへへ、わたし丈夫なんだよっ!」と、スクワールは自慢の尻尾をパタパタと振った。


次は、バスタオルを巻いたパンケーキ・アイスが恐る恐る乗る。


「パンケーキ・アイスちゃんは……身長118センチ、体重は……21キロだねぇ。7歳の人間としては基礎代謝は維持できてるけど、戦場を駆けるにはもう少しエネルギーの備蓄(リザーブ)が欲しいところだ。シノギ中佐の海軍カレー、たくさん食べなよぉ」


「あうぅ……はいぃ……もっと食べますぅ……」


「次はわたしだし!」


ブラッティーが意気揚々と身長計に立つ。


「身長135センチ。……さて、体重は……」


ガチャン!とドワーフの彼女が体重計に乗ると、目盛りが勢いよく回った。


「43キロ、だねぇ。おお、小柄なのにかなり重い」


「ふ、ふふん!ウチらドワーフの骨密度と筋肉量を舐めないでよねっ!毎日重いレンチやハンマーを振るってるから、ただの脂肪じゃなくて全部良質な筋肉なんだから!」


ブラッティーは細い腕で力こぶを作って見せ、ドワーフ特有の重厚な身体構造を誇示した。


「はいはい、じゃあ最後はボクだねぇ」


キャラメルが気だるげに白衣を脱ぎ捨て、バスタオル一枚の姿で身長計に立つ。


「ボクの身長は168センチだよぉ」


そして、気だるげに体重計の台座に足を乗せた瞬間――ガコンッ!とバネが大きく沈み込み、針が勢いよく跳ね上がった。


針がグルグルと回るのを固唾(かたず)を飲んで見守っていたメスガキドワーフたちだったが、針は意外なほどあっさりと、適正な数値のところでピタリと止まった。


「58キロ、だねぇ。うんうん、ボクの身長168センチに対するBMIとしてはちょうど20・5。基礎代謝と摂取カロリーの化学的平衡は完璧に保たれてるよぉ」


「へぇ……58キロかぁ。お姉さん、もっとドスンッていくかと思ったしぃ」


ブラッティーが拍子抜けしたように言うと、他のドワーフたちもコクリと頷く。


「そうそう!結構デカいからさぁ、もっとバネが振り切れるかと思ったのにぃ」


「失礼な。ボクの体は無駄な死重(デッドウェイト)なんて溜め込んでないよぉ」


キャラメルは自らの豊満な双丘を手で持ち上げ、ふにゃりと笑う。


「豊かな皮下脂肪と大胸筋の質量、それに成人女性として必要な水分保持量を残しつつ、適正な数値を維持する。これぞ、完璧な自己管理と大人の余裕という名のステータスさ」


ブラッティーは自分の筋肉質で重めな体と平坦な胸、そしてキャラメルの「出るところは出ているのに標準的な質量」という圧倒的なプロポーションの違いを交互に見比べ、「く、くやしい……っ!無駄な脂肪がないのにそこだけ重いなんて、生物学的におかしいんじゃないのぉ……っ!」とハンカチを噛むような顔でギリギリと歯を軋ませた。


「さて、一喜一憂(いっきいちゆう)したところで……お風呂上がりといえば、やっぱり『アレ』が必要だねぇ」


キャラメルは白衣を羽織り直すと、ポケットからいつものように怪しげなビーカーと、先日の果実狩りで採ってきた『ケントリンゴ』などのフルーツ、そしてシノギ中佐に頼んで調達させていた新鮮な牛の乳を取り出した。


「お姉ちゃん、何作るの?」


「極上の水分補給だよぉ。かつてボクのいた世界、東の島国の公衆浴場で愛された伝統的飲料……『フルーツ牛乳』さ」


キャラメルは手際よく果実を搾り、ビーカーの中で乳と混ぜ合わせようとする。


「待って!牛乳に酸っぱい果汁を入れたら、ドロドロに分離しちゃうよ!」と、ドワーフの一人が鋭く指摘する。


「あはは、よく知ってるねぇ。牛乳の主成分であるカゼインミセルは、果汁の有機酸によってpHが等電点に達すると、電気的な反発力を失って凝固(ぎょうこ)・分離しちゃうんだ」


キャラメルは不敵な笑みを浮かべ、別の小瓶から粉末をパラパラと振り入れた。


「でも、あらかじめ果実に含まれるペクチンを抽出してカゼインの表面に吸着させ、立体障害を形成してやれば、酸性環境下でもタンパク質の凝集を防ぐことができる。これを安定化と呼ぶんだよぉ。あとはフルクトースとショ糖で浸透圧と甘味を最適化して……パンケーキ・アイスちゃん、お願い!」


「はいぃっ!〈極低温(クライオ)冷却(クーリング)〉!」


パンケーキ・アイスが両手から冷気を放ち、ビーカー内の液体を急速冷却する。


オレンジや黄色の果汁がマーブル状に混ざり合った、目にも鮮やかな『異世界産・特製フルーツ牛乳』が完成した。


「さぁ、冷たいうちに一気に飲むよぉ。東の島国の作法に従って、片手を腰に当てること!」


「「「こう?」」」


キャラメルの指導の下、スクワール、パンケーキ・アイス、ブラッティーたち女子陣が一斉に左手を腰に当て、ビーカーやコップを傾けた。


「「「ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ……ぷはぁーーっ!!」」」


「あまーいっ!冷たくて、お口の中で果物の香りが弾けるよぉ!」


「な、なにこれぇ……!牛乳のコクと果汁の酸味が、分離しないで完璧に混ざり合ってる!悔しいけど、最高に美味しいわよ!」


「はにゃ〜……生き返りますぅ……」


女子たちは目を輝かせ、フルーツ牛乳の虜になってキャッキャと跳ね回る。完璧なエマルションと甘味が、彼女たちの脳の報酬系を激しく刺激していた。


その和やかで甘い空気の壁の向こう――男湯からは、相変わらず鼓膜を劈くような怒声が響いていた。


『テイ少佐!湯船の中で潜水(ダイブ)をするな!水の表面張力と波動が乱れ、私の防衛ラインが決壊するだろうが!貴様ら、風呂場を水陸両用のアンフィビアス・アサルトの訓練場と勘違いしているのか!!』


『ガッハッハ!参謀殿も堅いこと言わずに、一緒に肩まで浸かろうぜ!ほら、シノギ中佐も湯をかけろ!』


『や、やめろ貴様ら!大量破壊兵器(しぶき)を投射するなァッ!!』


阿鼻叫喚(あびきょうかん)の男湯から聞こえる少年の悲鳴に、キャラメルはフルーツ牛乳の最後の一滴を飲み干しながら、ふにゃりと笑った。


「あはは。少年たちの陣地は、まだエントロピーの増大が止まらないみたいだねぇ。まぁ、平和で何よりだよぉ」


ダウナー化学お姉さんとわちゃわちゃする女子たち。そして男湯で部下たちに揉まれる小さな参謀。異世界に爆誕した前代未聞の要塞型スーパー銭湯の夜は、騒がしくも甘く更けていくのであった。

・エマルション

水と油のように本来は混ざり合わない2つの液体のうち、一方が他方の中に細かい粒となって散らばっている状態。


・ケラチン

髪の毛、爪、皮膚の角質層を形作る主要なタンパク質。


・フックの法則

ばねなどの弾性体に力を加えたとき、その変形の伸びの大きさが加えた力の大きさに比例するという物理法則。


・バネ定数

フックの法則における「力と伸びの比例定数」。数値が大きいほど硬く、小さいほど柔らかいばねになる。


・ラック&ピニオン

回転運動を直線運動に変換する歯車機構。


・アンスロポメトリー

人間の身体のサイズ、プロポーション、形態などの各部位の寸法を計測し、その統計データを研究する科学的手法。


・BMI

身長と体重から計算する、体の大きさや太り具合を表す数。計算式は「体重(kg)÷ 身長(m)÷ 身長(m)」。


・カゼインミセル

牛乳に含まれるたんぱく質の一種であるカゼインが、カルシウムやリン酸と結びついてできた直径30〜600nmの微細な球状のコロイド粒子。牛乳が白く濁って見えるのは、この粒子が光を乱反射するため。


・等電点

アミノ酸やタンパク質などの分子が持つプラスとマイナスの電荷がちょうど釣り合い、全体として電気的に中性(電荷が±0)になるpHのこと。


・ペクチン

りんごやレモンなどの果物に含まれる水溶性食物繊維の一種。


・立体障害

分子を構成する原子や原子団が空間を占めることで、他の試薬が近づきにくくなり、化学反応が遅くなったり、起きなくなったりする現象。


・フルクトース

果物やハチミツに多く含まれる単糖類であり、すべての糖の中で最も水に溶けやすく、最も甘味が強いという特徴を持つ。


・アンフィビアス・アサルト

海や川などの水上から敵の海岸や陸地へ攻撃・上陸を行う水陸両用作戦。

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