【第弐拾捌話】まぁ少年、極楽風呂でも浴びようか。
スーパー銭湯の着工後、生活拠点の不在に気づいた一行は、旧トルスタン王の城を占拠し「総統大本営」として改修することを決定。豪華なベッドに浮かれるキャラメルたちを横目に、フォグは対人地雷『M18A1クレイモア』によるテスト起爆で圧倒的な制圧力を実演し、ナノドローン『ブラック・ホーネット』によるC4ISR監視網を構築。異世界の古城を現代兵器まみれの難攻不落の要塞へと変貌させていく。
──「……驚異的だな。要求仕様書の提示からわずか数日で、この規模のインフラストラクチャーを完全稼働させるとは」
夕暮れの空に、もうもうと白い湯気が立ち上る。かつて絶望と過酷な労働に支配されていた王都の広場には、今や周囲の防衛陣地と完全に一体化した、巨大にして機能美に溢れる『超高効率・要塞型スーパー銭湯』がそびえ立っていた。
フォグは重厚なコートの襟を引き上げ、目の前の建造物を冷徹な三白眼で見上げた。
「配管の溶接精度、耐腐食性、ストーカー式の火炉のレイアウト……どれをとっても軍事工廠の最前線施設として完璧な水準だ。これほどの短期間で、これだけ精密なハードウェアを構築するとは。工兵部隊としての戦術的価値は計り知れん」
「あはは。ほんと、素晴らしいねぇ」
キャラメルは白衣のポケットに手を突っ込み、だるそうに欠伸を噛み殺しながらも、満足げに微笑んだ。
「ボイラーの燃焼効率も計算通り、いや、それ以上だ。熱伝導率の極めて高い銅合金の配合比率が絶妙なんだろうね。排熱のエネルギーロスが極限まで抑えられてる。君たちの高度な冶金技術と温度管理は、ボクの化学式と完璧な化学反応を起こしたよぉ」
二人の前には、顔を煤だらけにして、巨大なレンチを肩に担いだツインテールの工場長、ブラッティー・ギャンビット率いるメスガキドワーフたちが並んでいた。
「ふ、ふんっ! ざぁ~こ♡ おチビちゃん参謀とお姉さん、こんなのウチらの技術にかかれば朝飯前だしぃ!」
ブラッティーは胸を張り、ニシシッと生意気な笑みを浮かべる。しかし、その頬は明らかに真っ赤に染まっていた。
「べ、別に、あんたたちのために急いだわけじゃないんだからねっ! ウチらはただ、約束の……そ、その、甘くてシュワシュワするやつ! 『カルメ焼き』だっけ? あれを早く食べたかっただけだし! 勘違いしないでよねっ!」
「そ、そうだよ! ウチらの技術力を舐めないでよね!」
「お砂糖の、もっとたくさん作ってよね!」
周囲のドワーフの少女たちも、そっぽを向きながら口々に叫ぶ。その尖った言葉とは裏腹に、彼女たちの耳や首元は夕焼け以上に赤く染まり、わかりやすすぎるツンデレ反応だった。
「……チッ。論理的な報酬体系に基づく労働力の提供だということは理解している。だが、貴様らの技術的アウトプットは評価に値する。素直に受け取っておけ」
フォグは腕を組み、ふいっと顔を逸らした。
「はいはい。ちゃんと約束の純度100%の多孔質炭水化物はたっぷり用意してあるからねぇ。甘いグルコースで君たちの脳の報酬系を満たしてあげるよぉ」
キャラメルはふにゃりと笑い、ブラッティーの頭をぽんぽんと撫でた。
「なっ、子供扱いするなーっ! わたしは天才工場長ちゃんなんだぞ!」
ブラッティーは顔を真っ赤にして抗議するが、キャラメルの手から逃げようとはしなかった。
「大きなお風呂! お姉ちゃん、早く入ろうよっ! 尻尾の毛も、も〜っとフカフカになるかなっ!?」
スクワールが待ちきれない様子で、ふさふさの尻尾を揺らしてキャラメルの袖を引っ張る。
「そうだねぇ。皮脂の酸化も限界だし、まずはこの『要塞』で、交感神経の緊張を解きほぐそうか」
キャラメルが気だるげに笑い、フォグの背中を軽く押した。
「さぁ少年、一番風呂といこうじゃないか」
「押すなキャラメル! 私はまず、この施設の哨戒線と遅滞陣地としての防衛機能の最終チェックを――ッ!」
「いいからいいから。お風呂場で軍事演算なんて回してたら、のぼせちゃうよぉ」
かくして、異世界に突如出現した現代的かつ戦闘的なスーパー銭湯での、つかの間の休息が始まろうとしていた。
──「ほぁぁぁ……! すっごく広くて、ピッカピカだよぉ!」
「あうぅ……こんな立派な施設、わたしなんかが本当に入ってもいいんでしょうかぁ……」
女子風呂の脱衣所を抜け、湯気が立ち込める広大な浴場へと足を踏み入れたスクワールとパンケーキ・アイスが、目を丸くして感嘆の声を上げた。
「いいんだよぉ、パンケーキ・アイスちゃん。君は立派な『エリアF』の特務少尉なんだからさ」
キャラメルはだるそうに欠伸を噛み殺しながら、白衣とインナーをバサリと脱ぎ捨てた。
その瞬間、露わになった豊満なプロポーションに、二人の少女だけでなく、後から入ってきたメスガキドワーフたちも顔を真っ赤にして固まった。
「お、おっきい……!」
「なっ……! ちょっとデカいからって調子乗らないでよねっ! ただの皮下脂肪の蓄積じゃん! ざ、ざぁ〜こ♡」
顔を真っ赤にしながら強がるのは、ツインテールの工場長、ブラッティー・ギャンビットだった。
「あはは。君たちも一緒に入ろうよぉ。さぁ、しっかり皮脂汚れを 界面活性剤で乳化させてからね」
しっかりと身体を洗い流した一行は、ドワーフの技術によって完璧な温度勾配が保たれた一番風呂へと身体を沈めた。
「はぁ〜……極楽だねぇ……」
キャラメルは湯船の縁に頭を預け、完全にだらけきった顔でとろけている。
「ボイラーの燃焼効率と排熱の再利用システム、完璧に機能してるねぇ。温熱効果で末梢の毛細血管が拡張して、血流が全身を巡っていくのが分かるよぉ。静水圧によるマッサージ効果と浮力で筋肉が弛緩して……疲労物質の乳酸がどんどん代謝されていくねぇ……」
「ふ、ふんっ! 当然だしぃ! ウチらの高度な冶金技術と温度管理を舐めないでよねっ!」
ブラッティーは胸を張り、お湯の中でニシシッと生意気な笑みを浮かべる。
「お姉さんたち、ウチらの作ったお風呂で完全にだらけきっちゃって、ざぁ〜こ♡」
「そうだねぇ。君たちの技術的アウトプットは最高だよぉ。おかげで副交感神経が完全に優位になったよ。ありがとうね」
キャラメルが大きな手でブラッティーの頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「なっ……! べ、別にお姉さんのために完璧に配管を溶接したわけじゃないんだからねっ! あ、あの甘くてシュワシュワするやつ……『カルメ焼き』だっけ? あれをまた作ってもらうための、正当な取引なんだから! 勘違いしないでよねっ!」
ブラッティーは顔を真っ赤にしてそっぽを向くが、キャラメルの手から逃げようとはしなかった。
「そ、そうだよ! ウチらの技術力を舐めないでよね!」
「お砂糖の、もっとたくさん作ってよね!」
周囲のメスガキドワーフたちも口々に叫ぶが、その尖った言葉とは裏腹に、耳まで真っ赤に染まったわかりやすすぎるツンデレ反応だった。
「んんっ、気持ちいい〜! 尻尾の毛の根元までお湯が染み込んで、あったかいよっ!」
スクワールがお湯の中でふさふさの尻尾を揺らすが、水分をたっぷりと含んだせいで自慢のボリューム感が完全に消え失せ、細長いネズミの尻尾のようになってしまっていた。
「あはは、スクワールちゃん、尻尾の体積が激減して細くなってるねぇ」
「も〜! お姉ちゃん笑わないでよぉ! 後で乾かしたら、またちゃんとフカフカになるんだからっ!」
その横では、パンケーキ・アイスが肩までお湯に浸かり、顔をほんのりと赤くして幸せそうに息を吐いていた。
「はにゃ〜……。カレーの鮮度を保つために、ずっと氷の魔法ばっかり使ってたから、手足の先までポカポカするの、なんだか不思議ですぅ……」
「極低温の出力ご苦労様。長風呂してのぼせそうになったら、君自身の吸熱反応で少し冷ますといいよぉ」
キャラメルが大きな手で、7歳の特務少尉の頭を優しく撫でる。
平和でわちゃわちゃとした女風呂の空気を楽しんでいた彼女たちの耳に、突如として壁の向こうの男風呂からけたたましい怒号が響いてきた。
『テイ少佐! 湯船の中で無闇に動き回るな! 局地的な波浪が発生し、私のパーソナルスペースが浸水するだろうが! そしてシノギ中佐、そこで巨大な庖丁を研ぐな! 衛生管理の規定違反だ!』
『いやー、参謀殿! こんな広い湯船を見たら、つい泳ぎたくなりません!? そりゃあ!』
『……湯垢は刃の錆に繋がる。ここで落とし、油を引くのが合理的だ』
男湯の壁越しに聞こえてくる、フォグのヒステリックな叫びと、マイペースすぎる士官たちのやり取り。
「あはは。あっちの陣地はずいぶんとシステムのエントロピーが増大してるみたいだねぇ」
キャラメルは男湯の騒がしさを聞き流しながら、クスリと笑う。
「お兄ちゃん、お風呂でもずっと怒ってるねぇ」
「おチビちゃん参謀、お風呂でもうるさいしぃ。ほんと、ざぁ〜こ♡」
かくして、理不尽に満ちた異世界で誕生した『超高効率・要塞型スーパー銭湯』の女風呂では、ダウナーな化学者と可愛い部下たち、そして素直になれないメスガキドワーフたちによる、心温まる至福の休息時間が過ぎていくのであった。
・皮下脂肪
皮膚の下にたまる脂肪で、お尻や太もも、お腹周りにつくのが特徴。
・界面活性剤
1分子の中に水になじみやすい「親水基」と油になじみやすい「親油基」を持つ物質。水の表面張力を弱めて汚れを落としたり、水と油を混ぜ合わせたりする働きを持ち、洗剤や化粧品などに広く使われている。
・波浪
海面や湖面に風によって生じる、風浪とうねりの2つを合わせた水面波の総称。




