【第弐拾漆話】まぁ少年、家はどうする?
メスガキドワーフたちをカルメ焼きで攻略したものの、キャラメルの「お風呂に入りたい」という執念により、最初の建造物が『要塞型スーパー銭湯』に決定する。現代地球の高度な熱交換・ろ過システムにドワーフたちが熱狂し、計画は大進行。不満を漏らしていたフォグも「非戦闘減耗の防止と防衛陣地化」と強引に理由をこじつけ、自ら苛烈な陣地構築指揮を執り始めるのだった。
「カンッ! カーンッ!」と甲高い金属音が旧王都の広場に響き渡る。 メスガキドワーフのブラッティーたちが、熱力学と流体力学の粋を集めた『要塞型スーパー銭湯』の配管溶接に熱狂しているのを見届けたところで、キャラメルはふと、白衣のポケットに手をつっこんだまま大きな欠伸を噛み殺した。
「……ねぇ少年、そしてみんな。スーパー銭湯の建設は順調でいいんだけどさぁ。よく考えたら、ボクたち今日寝る『家』がなくない?」
その言葉に、一行はピタリと動きを止めた。
「あ……! ほんとだ!」
スクワールが焦ったようにふさふさの尻尾を揺らす。マーシャルも大剣を地面に突き立てて首を掻いた。
「言われてみりゃそうだな。いくら極上の風呂ができても、風呂上がりに寝転がるベッドがねえんじゃ、風邪引いちまうぜ」
そこで進み出たのは、地元民であり、新たに士官に任命されたテイ少佐とシノギ中佐だった。
「あ、それならいい場所があるッスよ! 総帥と参謀たちにぴったりのデッケェお家が!」
テイが豪快に笑い、シノギが巨大な庖丁を仕舞いながら静かに頷く。
「……案内しよう。ついてきてくれ」
二人に導かれ、一行が瓦礫の目立つ市街地を抜けて小高い丘を登ると、そこには豪奢な石造りの建造物がそびえ立っていた。
「ここは……」 「へへっ。ついこの前まで、あのクソったれな偽王トルスタンが居座っていた『王城』ッスよ! 奴が逃げ出したから、今はもぬけの殻ッス!」
かつてトルスタンがバルコニーから見下ろし、圧倒的な質量兵器『80cm列車砲』を召喚したあの城である。
一部は破壊されているものの、中心部や居住区画はまだ十分に原形をとどめていた。
「……なるほどな。前時代的な権威の象徴か」
フォグは重厚な軍服の襟を正し、冷徹な三白眼で城の構造をスキャンした。
「無駄な装飾ばかりで装甲板もなく、 C4ISRの拠点としては最適化されていない。防壁の斜角も甘く、これでは 榴弾に対する避弾経始も期待できん。典型的な見掛け倒しの建造物だ」
相変わらずボロクソな軍事評価を下すフォグだったが、城内に踏み入ったキャラメルは、謁見の間の奥にある寝室の豪奢な設備を見て目を輝かせた。
「わぁ……見てよ少年、このキングサイズの天蓋付きベッド! 高級な羽毛とシルクのシーツ! これならボクの 副交感神経も極限まで優位になって、最高の睡眠プロトコルが実行できそうだよぉ!」
キャラメルは歓喜の声を上げ、そのままベッドへとダイブし、だらしなく身を沈めた。
「わたしも! うわぁ、床にふかふかの絨毯が敷いてあるよっ! 尻尾の毛が喜んでる!」
スクワールも絨毯の上を転げ回り、大はしゃぎしている。
「……チッ、緊張感のない 有機体どもめ。だが、戦略的司令部としての 広さは申し分ない。ここを我が軍事国家エリアFの『総統大本営』として再定義し、徹底的な防衛改修を施す!」
フォグは幼い顔に地獄の悪魔のような笑みを張り付けた。
「聞け、テイ少佐! シノギ中佐! 貴様らにはこの城の防衛線の構築と、兵站物資の搬入を命ずる! この無防備なハリボテを、いかなる 刺客も近づけさせない難攻不落の要塞へと書き換えてやる!! 奴らが再び攻めてきた暁には、この城から圧倒的な火力を以て、 徹底的に蹂躙してやるぞ!!」
「了解ッス!」 「……承知した。厨房の設備は、俺が最適化しよう」
「はいはい、少年もあんまり力まないの。せっかくの新しいお家なんだから、少しはリラックスして分子間力を緩めなよぉ」
ベッドから顔を出したキャラメルが、気だるげに手招きする。
「誰が休むか! 私はまだ陣形の計算を……!」 「いいからおいでってば。ほら、ぎゅー」 「んぐっ……!? 放せキャラメル、軍事拠点において指揮官を羽毛布団に引きずり込むな……ッ!」
外から聞こえるドワーフたちの金属音をBGMに、狂気と科学の最凶コンビは、かつての独裁者の城を新たな「家」兼「司令部」として手に入れたのであった。
──「……チッ、あの羽毛布団と有機生命体による質量拘束から抜け出すのに、想定以上のリソースを消費したな」
王城の裏手に広がる、かつての近衛兵たちが使っていたであろう広大な修練場。
フォグは乱れた軍服の襟を正し、冷徹な三白眼で周囲の地形や壁面の角度をスキャンしていた。 城を「総統大本営」として再定義するための、魔力演算のテストである。
「前回の刺客との戦闘で、私の魔力キャパシティには明確な限界があることが露呈した。質量の大きい重火器の連続投影は、前頭葉の処理能力を焼き切る。ならば、魔力消費を抑えつつ、自動的に敵性勢力を排除する面的制圧兵器を展開するまでだ」
フォグが手をかざすと、虚空に黒い魔力の粒子が集束していく。
「『軍事』属性、位相展開。――〈 指向性対人地雷・M18A1クレイモア〉」
実体化したのは、湾曲した緑色のプラスチック製の箱に、短い脚が生えたような無骨な兵器。表面には「FRONT TOWARD ENEMY」という警告の刻印が刻まれている。 フォグはそれを修練場の入り口に向けて複数設置し、離れた場所から手元の起爆装置の安全ピンを外した。
「……テスト起爆、実行」
カチリ。 ドォォォォォンッ!!
轟音と共に、プラスチックの箱から前方の扇状範囲に向かって、凄まじい爆風と約700発の鋼球が音速でばら撒かれた。中庭に置かれていた石の標的や木製のダミーが、一瞬にして蜂の巣となり粉砕される。
「うおぉっ!? なんだ今の爆発は!?」
騒ぎを聞きつけて、城の防衛改修にあたっていたマーシャルとテイ少佐、シノギ中佐が飛び出してきた。粉々になった標的を見て、全員が目を剥く。
「す、すげぇ……! 火魔法か!? いや、無数の小さな鉄の玉が石を貫通してるッス!」
テイが驚愕の声を上げる。
「……恐ろしい制圧力だ。死角にこれを設置されれば、どんな達人でも足を踏み入れた瞬間に肉の塊になる」
シノギも冷や汗を流しながら、刃物では到底及ばない「面」の暴力に息を呑んだ。
「フハハハハ! その通りだ! 広範なキルゾーンを形成し、敵の進軍ルートを物理的に制限する遅滞戦術の要! これを城の死角という死角に設置すれば、いかなる刺客も近づくことすら叶わん!」
フォグが幼い顔を地獄の悪魔のように歪めて高笑いしていると、背後から気だるげな拍手が聞こえてきた。
「パチパチパチ。相変わらず、物騒なおもちゃを作るのが上手いねぇ、少年」
「キャラメル……貴様、起きたのか」
だるそうに目を擦りながら現れたキャラメルは、白衣のポケットに手を突っ込み、爆発の跡を興味深そうに観察した。
「シクロトリメチレントリニトロアミン――いわゆる『C4爆薬』だねぇ。秒速8000メートルを超える爆速が、内部の鉄球に圧倒的な運動エネルギーを与えてる。少年の魔力演算は、化学物質の分子構造まで完璧に再現してるから、本当に感心するよぉ」
「当然だ。構造を理解せずして、兵器の神髄は引き出せん」
フォグは得意げに鼻を鳴らす。
「これだけではない。現代戦における最重要ファクターは、火力ではなく『情報』だ」
フォグが再び魔力を練り上げると、今度は空中に小さな、虫のような形状をした黒い物体が複数投影された。
「〈 小型無人偵察機・ブラック・ホーネット〉!」
「静音のローターで上空に滞空し、城の周囲の映像を私の網膜へダイレクトに伝達する。これで、この城は完全な C4ISRの監視網に置かれた」
フォグの三白眼が、狂的な光を帯びて爛々と輝く。 彼は広げた両手で虚空を握り潰すような仕草を見せ、言い放った。
「平和を望むなら、戦争の準備をしろ。圧倒的な暴力の網目こそが、唯一の平和維持機構なのだ! この総統大本営に足を踏み入れる愚か者には、分子レベルの解体をもって歓迎してやる!!」
その狂気に満ちた言動に、士官たちは顔を引きつらせて後ずさる。しかし、キャラメルだけは大きな欠伸を一つして、フォグの頭をぽんぽんと撫でた。
「はいはい。防衛線の構築はいいけど、ボクは起きたばかりで血糖値が底を突いてるんだ。シノギ中佐、ご飯の準備はできてる?」
「……ああ。厨房の最適化は完了している。すぐに配膳しよう」
狂喜するフォグと、それに全く動じず自らの食欲に忠実なキャラメル。 異世界の古城は、着々と現代兵器にまみれた最凶の要塞へと変貌を遂げつつあった。
・ 避弾経始
戦車の装甲などを傾斜させて敵の砲弾を弾く設計概念だが、これを「城」の建築や構造に応用・比喩して語られるこがある。
・ヴォルフスシャンツェ
第二次世界大戦中、アドルフ・ヒトラーが東部戦線の作戦指導のために設けた総統大本営の一つ。
・M18A1クレイモア
アメリカ軍が開発した指向性対人地雷。
・シクロトリメチレントリニトロアミン
非常に強力な軍用炸薬の一種。
・C4爆薬
軍事や破壊工作などで広く使用されている、粘土のように自由に変形できるプラスチック爆薬の一種。
・ブラック・ホーネット
ノルウェーのプロキシダイナミクス社(現在はフリア・システムズ/テレダインFLIRが買収)が開発した、世界最小クラスの軍用ナノドローン。




