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【第弐拾陸話】まぁ少年、休憩も大切さ。

重工業都市「トーキルン」の巨大工場へ足を踏み入れたフォグたち。しかし、彼らを迎えたのは高度な冶金学を操る煽り全開のメスガキドワーフ集団だった。正論とプライドを粉砕され顔を真っ赤にするフォグに対し、キャラメルは重曹と精製糖を用いた熱力学の実験――化学の「カルメ焼き」を披露。至高の甘みと化学の芸術でメスガキたちの脳と胃袋を完璧にハッキングし、和やかに(?)技術提携への道を開くのだった。

カルメ焼きの甘い誘惑によってメスガキドワーフたちを完全に懐柔したキャラメルと、その横で顔の赤みを引き、重厚なコートの襟を正すフォグ。


「で、何をつくってほしいわけ~♡」


口の周りに砂糖をつけながら、巨大なレンチに寄りかかったツインテールの工場長・ブラッティーが問う。 フォグは冷徹な三白眼を輝かせ、威厳に満ちた態度で告げた。


「我が軍事国家エリアFを強固にするための、堅牢(けんろう)な『駐屯地(ちゅうとんち)』および弾薬と糧食の集積を目的とした『補給廠(ほきゅうしょう)』だ。ヴォーバン様式の星形要塞を基礎とし、兵器生産のオートメーション化による24時間稼働の軍需工場を――」


「はいはい少年、そのガチガチの防衛構想は後回しだよぉ」


フォグの熱の入った要求を、キャラメルがだるそうに欠伸を噛み殺しながら遮った。そして、白衣のポケットから紙とペンを取り出すと、さらさらと建物のイラストを描き始めた。


「ボクが作ってほしいのはこれ。熱力学を応用した超高効率の公衆衛生施設――要するに『スーパー銭湯』だよぉ」


「はぁ? こうしゅうよくじょう〜?」


ブラッティーが小首を傾げて鼻で笑う。


「お風呂ならウチの街にも普通にあるんですけどぉ? わざわざこの天才工場長ちゃんに作らせるものじゃないっしょ。お姉さんバカなの〜?」


「キャラメル! 貴様、軍事インフラの構築を後回しにして公衆浴場だと!?」


フォグも顔を真っ赤にして抗議する。


「すでに同等の施設が存在するならば新規建造はリソースの無駄遣いだ! 兵站拠点としての要塞化を差し置いて、遊興施設(ゆうきょうしせつ)を作るなど戦術的暴挙――」


「少年も工場長ちゃんも分かってないねぇ」


キャラメルはふにゃりと笑い、図面をドンと押し出した。


「温浴による深部体温の上昇と水圧・浮力による副交感神経(ふくこうかんしんけい)の優位化は、兵士の疲労物質である乳酸の代謝を促し、自律神経の安定に直結するんだよぉ。兵站の基本は兵士の心身のケアからさ。それにね……」


キャラメルはドクターコートの襟をパタパタとさせながら、本音を隠そうともせずに言い放った。


「もう三日もお風呂に入ってないんだよ。ボクの皮膚の常在菌バランスが崩壊して、皮脂が酸化しそうなんだ。効率化は当然として、まずはボク自身が早く大きなお風呂で汗と試薬の匂いをさっぱり洗い流したいの。もう限界」


自らの欲望に極めて忠実な理由を堂々と宣言するダウナーお姉さん。


「ただのお湯の溜まり場と一緒にしないでよぉ。ほら、見てみな」


ブラッティーは半信半疑で図面を覗き込み――直後、その目を驚愕に見開いた。


「な……なにこれぇ!?」


周囲のドワーフの少女たちも集まってきて、目を丸くする。図面に描かれていたのは、異世界の単純な浴場とは次元が異なる、現代地球の銭湯の高度な配管システムだった。


「お湯の循環経路に……こんな複雑な『ろ過装置』を組み込んでるの!? これならずっとお湯を清潔に保てるじゃん!」


「待って工場長! このボイラーの排熱、そのまま捨てずに床下の配管に回して『床暖房』にしてるよ!」


「各浴槽への温度勾配を、バルブと熱交換器で完全制御……!? こんな無駄のない熱効率と空間設計、ウチらでも見たことないんだけど!」


ただの浴場ではなく、熱力学と流体力学が完璧に計算された「施設」としての美しさに、ドワーフの技術者魂が激しく揺さぶられていた。


「でしょ?」 キャラメルは気だるげに微笑む。


「ドワーフの高度な冶金学と温度管理の技術を持つ君たちなら、この耐腐食性配管の精密な溶接も完璧にこなせるはずだよぉ。さぁ、この極上の多孔質炭水化物のレシピと引き換えに、さっさと着工しておくれよ」


未知の工学技術への探求心と、カルメ焼きの甘い誘惑。もはやブラッティーたちに抗う術はなかった。


「……っ、わ、わかったわよぉ! この天才工場長ちゃんに任せなさい! 配管の1ミリのズレも許さないんだからね! その代わり、お砂糖の、もっとたくさん作ってよね!」


「あはは、交渉成立だねぇ」


キャラメルが満足げに笑い、メスガキドワーフたちが図面を奪い合って熱狂する横で、フォグは小さな頭を抱えていた。


「チッ……非効率な……。我が軍事国家エリアFの最初の巨大プロジェクトが、防衛陣地ではなく温泉施設になるとは……!」


キャラメルが提示した現代地球のスーパー銭湯の図面に熱狂するドワーフたちを見て、同行していた士官たちも口を開いた。


「大きなお風呂! わたし、あんなに大きなお風呂に入るの初めてだよっ! 尻尾の毛も、も〜っとフカフカになるかなっ!?」 スクワールが、目を輝かせてふさふさの尻尾を激しく振る。


「いやー、軍事国家の幹部としての初任務がまさか『公衆浴場』の建設たぁたまげましたぜ! でも、みんなで広い湯に浸かるのは最高ッスね!」


音属性の魔法使いであるテイ少佐が豪快に笑い、シノギ中佐も無言で自身の身の丈ほどもある巨大な庖丁を布で拭いながら深く頷いた。


「……良質な湯と蒸気は、刃物の手入れにも、酷使した筋肉の 弛緩(しかん)にも悪くない。理にかなっている」


ブラッティー・ギャンビット率いるメスガキドワーフの建築部隊を大量に引き連れ、一行は荒野を越えて拠点である『エリアF』――旧サパニヤ王国へと無事に帰還した。


「おう、帰ってきたな! 待ちくたびれたぜ!」


大城門で出迎えたのは、留守と防衛を任されていたマーシャルだった。その足元では、7歳のパンケーキ・アイス特務少尉が両手から必死に冷気を出し続けながら、涙目で直立不動の敬礼をしている。


「あ、あうぅ……っ! 特務少尉、いのちがけでカレーの鮮度を保守しましたぁっ……!」


「よくやったねぇ、えらいえらい。ご褒美にカルメ焼きの欠片をあげるよぉ」


キャラメルはパンケーキ・アイスの頭を優しく撫でて労うと、さっそく広場に図面と資材を広げ、ドワーフたちに指示を出し始めた。


「さぁ、ウチの可愛いドワーフちゃんたち。カルメ焼きのグルコースで脳の報酬系は満たされたよねぇ?ここからが本番だよぉ。熱伝導率の極めて高い銅合金の配管。ボイラーの燃焼効率を最大化するストーカー式の火炉を完璧に組んでおくれ」


「ざぁ~こ♡ お姉さん、ウチらの技術舐めすぎ~! そんなの朝飯前だしぃ! ほらあんたたち、さっさと溶接始めるわよ! 1ミリのズレも許さないんだからね!」


ブラッティーの甲高い号令で、メスガキドワーフたちが一斉に巨大なレンチやハンマーを振るい、配管を繋ぎ始める。中世レベルの街並みに、突如として近代的な配管ネットワークと熱交換器が組み上げられていく異様な光景。スクワールも持ち前の植物魔法で基礎となる木材や蔦を組み上げ、テイとシノギも重い建築資材の運搬(うんぱん)に奔走する。


「おいフォグ、お前ら強固な『軍需工場』や『星形要塞』を作ってくるって言ってなかったか? なんで風呂場を作ってんだ?」


呆れ顔のマーシャルに対し、フォグはギリッと奥歯を噛み締め、忌々しげに重厚な軍服の襟を正した。


「……チッ、作戦の 重大な逸脱(デヴィエーション)だ。だが、前線における兵士の衛生状態の悪化は、戦闘による直接的な損耗以上に、 感染症(パンデミック)等の疾病(しっぺい)による 非戦闘減耗を引き起こす。温浴施設による衛生管理の徹底と、交感神経の緊張緩和は、 兵站の維持において一定の戦術的合理性を見出せる……!」


ブツブツと無理やり軍事ロジックで自己正当化しながらも、フォグは結局、冷徹な三白眼で建設現場を睨みつけ、苛烈(かれつ)な指揮を()り始めた。


「テイ少佐! 浴場の外周部に音響魔法を用いた 哨戒線(ピケットライン)を展開しろ! シノギ中佐、浴場からの排熱を野戦炊事場の熱源に転用する配管ルートを確保しろ! 浴場といえど、ここは我が軍の軍事施設だ! 敵の奇襲に備えた遅滞陣地としての防衛機能も完璧に持たせるぞ!! 私は資材と命の無駄遣い以外には至極寛容(しごくかんよう)な男だからな!」


「「了解ッス!」」


「あはは。少年、文句を言いながら結局ノリノリじゃないか」


「黙れ! 私は与えられた リソース を戦術的に最適化しているだけだ!」


キャラメルがだるそうに微笑みながらボイラーの燃焼温度を計算する横で、フォグが防衛陣地としてのキルゾーンを設計図に書き足していく。


かくして、未発達な異世界の旧王都に、現代科学の熱力学とドワーフの高度な冶金技術、そして軍事戦術が 奇跡的な融合を果たした『超高効率・要塞型スーパー銭湯』の建設が、盛大な金属音とともに幕を開けたのであった。

・駐屯地

陸軍や陸上自衛隊の部隊が平時に駐在・活動する軍事拠点の土地や施設。


・補給廠

軍隊で使用する武器、弾薬、車両、被服などの物資を保管、管理し、各部隊や戦場へ供給・出荷する軍事施設。


・副交感神経

体を休めるときやリラックスしているときに働く自律神経。


・ボイラー

水や熱媒を加熱して温水や蒸気を作り出す装置。


・ストーカー式

ごみを燃やすための火格子を階段状に並べた、日本で最も一般的なごみ焼却炉。ごみを燃やす時に出る「猛烈な熱」を使ってお湯を沸かす。このお湯が、隣接する「健康センター」「クリーンセンター付属の入浴施設」などの大浴場や露天風呂、温水プールに供給されている。


・ピケっトライン

労働争議での監視線、軍事や海軍における哨戒線・前哨線。

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