【第弐拾伍話】まぁ少年、落ち着けよ♡
ドワーフの国「トーキルン」を目指し、劣悪な馬車で荒野を進むフォグたち。道中で魔物・サテュロスの群れと遭遇するも、フォグは新任の士官二人に初陣を命じる。テイ少佐は音響工学に基づいた『多重反響』で敵の平衡感覚を奪い、シノギ中佐は凄まじい包丁さばきで魔物を解体。見事な連携で脅威を排した一行は、部下たちの戦術的価値を評価しつつ、目的地への行軍を再開するのだった。
馬車の過酷な振動による腰椎へのダメージに耐え抜き、一行の視界にドワーフの国「トーキルン」の全貌がついに現れた。 切り立った岩山をくり抜いて作られたその街は、巨大な溶鉱炉からもうもうと黒煙が立ち上り、至る所で無骨な蒸気機関の駆動音と金属を打つ重厚な音が鳴り響いている。まさに中世のファンタジーというよりは、スチームパンクを思わせる重工業都市であった。
「へぇ……こりゃまた見事な発展具合だねぇ」
キャラメルは白衣のポケットに手を突っ込み、だるそうに大きな欠伸を噛み殺した。
「石炭の燃焼による 熱効率がかなり最適化されてる。硫黄酸化物の匂いが鼻を突くけど、この異世界の技術ツリーでこれだけの精錬施設を稼働させてるなんて、ちょっとした 産業革命だよぉ」
フォグもまた、軍服の襟元から覗く三白眼を爛々と輝かせていた。
「素晴らしい! これほどの生産インフラがあれば、我が『エリアF』の軍需工場として完璧に機能する。直ちに技術提携、いや、必要とあらば 強制的な 買収を行ってでも、このラインを我が軍の兵站に組み込むぞ!」
意気込むフォグと、その後ろで圧倒されるスクワール、テイ少佐、シノギ中佐。
一行は、最も巨大な排気塔を構える中央の「大鍛冶工場」へと足を踏み入れた。 だが、彼らを待っていたのは、フォグが予想していたような『筋骨隆々で髭面の屈強な男たち』ではなかった。
「あははっ! なにその鎚の振り方ぁ? ダッサ~い!」
「ざぁ~こ♡ そんな 温度管理じゃ、 鉄の炭素含有量がブレブレになっちゃうよぉ~?」
溶鉱炉の熱気の中でゴーグルを頭に乗せ、煤にまみれたオーバーオールを着て笑い合っているのは、全員がフォグと同じか、それ以上に小柄な『少女』たちだった。 彼女たちの口から飛び交うのは、高度な冶金学の用語と、人を小馬鹿にしたような甲高い笑い声。ドワーフ特有の「背が低い」という特性が、なぜか全員『メスガキ』という形で発現している異様な空間だった。
「……は? なんだこの矮小な有機体群は。これがドワーフだと……?」
フォグが目を白黒させていると、工場の奥から一際生意気そうな笑みを浮かべた少女が歩み出てきた。ツインテールを揺らし、手には身の丈ほどある巨大なレンチを軽々と担いでいる。
「んぇ~? なになに、お客さぁん? ウチの工場に何の用なわけぇ?」
彼女こそが、この巨大工場の長であるブラッティー・ギャンビットであった。 フォグはコホンと咳払いをして軍服を正し、威厳に満ちた態度で口を開く。
「私は軍事国家エリアFを統べる参謀、フォグ・コラテラルだ。貴様らの持つ高度な工学技術を評価し、我が軍の戦術兵器量産のための 技術供与を要求しに来た。当然、相応の利益は保証する。我が国の地政学的優位性を考慮すれば、貴様らにとっても悪い取引ではないはずだ」
完璧な論理構築と、威圧的な交渉術。 だが、ブラッティー・ギャンビットは口角をニィッと釣り上げ、フォグの顔を覗き込むように近づいた。
「え~なんでウチらがあんたらの国手伝わないといけないわけ~笑」
「なっ……」
「ていうか、ちっちゃいお兄さん、なんか偉そうに難しい言葉並べてるけどさぁ。もしかしてバカなの~? 自分の国でまともな生産ラインも組めないからって、ウチらに泣きつきに来たんでしょぉ? ざぁ~こ♡ 弱小国家の無能参謀♡」
「む……むの、無能だと……ッ!?」
フォグの顔が、一瞬にして沸騰したように赤く染まる。これまで、圧倒的な正論と狂気で大人たちを幾度も論破してきたフォグであったが、論理の通じない、純粋で無邪気な「メスガキの煽り」を真っ向から受けたのは初めてだった。
「ち、違う! 我が軍の合理的な外部委託の一環であり、決して泣きついたわけでは……!」
「あははっ! 顔まっか~! 図星なんだぁ! ねぇねぇ、そんなおチビちゃんで参謀ごっこ? おままごとなら他所でやってくれないかなぁ~?」
周囲のメスガキドワーフたちも一斉にクスクスと笑い出す。
「き、貴様ら……! 兵器と戦術に対する重大な冒涜だぞ! 第一、その非効率な煽り行為は交渉において何のメリットも――」
「え~、聞こえな~い。おチビちゃん参謀の負け犬の遠吠え、ぜんぜん聞こえな~い♡」
完全にペースを握られ、顔を真っ赤にして地団駄を踏む天才参謀。「お、お兄ちゃん、がんばれ……!」とスクワールが後ろから応援するが、焼け石に水である。テイ少佐とシノギ中佐も、予想外すぎる敵(?)の態度に手出しできず困惑していた。
その様子を、キャラメルは白衣のポケットに手を突っ込み、だるそうに、しかし愉快そうに眺めていた。
「……あはは、少年が完全に渦に飲み込まれてるねぇ。あの冷徹な少年の前頭葉をここまで バグらせるなんて、ドワーフの煽りスキルは恐るべきカタリストだねぇ」
「キャ、キャラメル! 貴様も突っ立っていないで、この非合理な交渉の アシストをしろ! こいつら、話が全く通じないぞ……ッ!」
涙目になりながら助けを求めるフォグに、キャラメルはふにゃりと笑って歩み出た。
「はいはい。それじゃあ、ウチの可愛い少年をいじめる悪い子たちには、ちょっとした 化学反応を見せてあげようか」
THEメスガキなドワーフたちと、タジタジになるフォグ。 異世界における新たな技術的足場を手に入れるための、奇妙で騒がしい「交渉」が今、幕を開けた。
「はいはい、そこのツインテールの工場長ちゃん。お口の回転が早いのは結構だけど、前頭葉をフル回転させすぎて血糖値が下がってるんじゃない? ちょっとした休憩にしようよぉ」
キャラメルはだるそうに欠伸を噛み殺しながら、白衣のポケットから麻袋を取り出した。中にはエリアFから持ってきたサラサラとした純白の精製糖が入っている。 そして、彼女は工場の隅に野積みされていた資材の山に目を留め、一つの袋を引き寄せた。
「おっ、ちょうどいいところに『炭酸水素ナトリウム』……重曹の袋があるじゃないか。金属の研磨や、酸の洗浄中和剤として置いてあるんだねぇ。少しもらうよぉ」
「はぁ? なに勝手にウチの資材使ってんのぉ? ていうか、戦術だのなんだの言ってたのに、今度はお菓子作り? ほんとウケるんですけど〜♡」
ブラッティー・ギャンビットが巨大なレンチに寄りかかりながらニヤニヤと煽るが、キャラメルは意に介さない。彼女は近くにあった鉄の柄杓を手に取ると、砂糖と少量の水筒の水を入れ、溶鉱炉から漏れる強烈な熱波にかざした。
「化学反応の基本は、正確な温度管理と触媒のタイミングだよぉ。ショ糖の水溶液を加熱して水分を飛ばし、温度が120度を超えて粘度が上がってくる。そして160度付近……微かに黄色く色付き、カラメル化反応が始まるこの瞬間に――」
キャラメルは柄杓を火から離すと同時に、少量の重曹を投下し、木の棒で親の仇のように激しく攪拌した。
「炭酸水素ナトリウムの熱分解反応を強制誘発! 発生した二酸化炭素の気泡を、粘度の高い糖液のネットワーク内に完全に閉じ込める!」
すると、柄杓の中のどろどろとした褐色の液体が、まるで生き物のように「ぷくぅぅぅっ!」と一気に膨れ上がり、見事な黄金色のスポンジ状の塊へと 相転移した。 異世界には存在しない不思議なお菓子『カルメ焼き』の完成である。焦げた砂糖の甘く香ばしい匂いが、無骨な鉄の匂いが充満する鍛冶工場にふわりと広がった。
「さぁ、召し上がれ。急速冷却で構造を固定した、純度100%の多孔質炭水化物だよぉ」
キャラメルがカルメ焼きをパリンと割り、まずは味方の陣営に配る。
「わぁっ! なにこれ、すっごいサクサクしてる! お口の中でシュワって溶けて、あまーいっ!」
スクワールがふさふさの尻尾をパタパタと激しく振って喜んだ。
「おっ、こりゃすげえ! 甘ェのに軽くて、いくらでも食えちまうな!」
テイ少佐も目を丸くしてサクサクと音を立てる。シノギ中佐に至っては、指でカルメ焼きの断面をじっと観察していた。
「……見事な発泡構造だ。包丁を入れるまでも無く、舌の上で均等に崩壊する。絶妙な火入れと攪拌のタイミングの賜物だな」
味方陣営が美味しそうに食べるその音と、暴力的なまでに食欲を刺激する甘い匂いに、周囲のメスガキドワーフたちの様子がおかしくなり始めた。「ごくり……」と、誰かが生唾を飲み込む音が響く。
「な、なによそれ……。ただお砂糖を膨らませただけでしょ! そんなの、ウチらの技術にかかれば……っ」
ブラッティー・ギャンビットは強がって見せるが、その視線は完全にカルメ焼きに釘付けになっていた。
キャラメルはふにゃりと笑い、一番大きなカルメ焼きの欠片をブラッティーの口元へと差し出した。
「あはは。ただ膨らませただけ、じゃないよぉ。これは熱力学と気体の状態方程式を応用した化学の芸術品さ。1度でも加熱温度を誤れば、ただの苦い焦げの塊になる。ドワーフの高度な 冶金学と 温度管理の技術を持つ君たちなら、この『絶妙な熱的均衡』を維持する難しさが分かるんじゃない?」
「っ……!」
理系技術者としてのプライドと、純粋な子供としての食欲。その両方を同時にくすぐられ、ブラッティーは思わず差し出されたカルメ焼きをパクリと咥え込んだ
「……っ!? な、なにこれぇ……っ!?」
サクッ、シュワワ……。
「あまっ……♡ くやしいけど、おいしぃ……♡ サクサクなのに、お口の中ですぐ消えちゃう……!」 「わ、わたしにもちょうだい!」 「あーっ、ズルい工場長! ウチらにも回してよぉ!」
あっという間に、生意気だったメスガキドワーフたちがキャラメルの周りに群がり、カルメ焼きの虜になってしまった。
お姉さんすごい! どうやって膨らますのぉ!?」
「ウチらの溶鉱炉の排熱でもできるかなぁ!?」と、先ほどの煽り態度はどこへやら、完全に目をキラキラさせたただの子供の集団と化している。
「はいはい、順番だよぉ。技術提携の前に、まずはこの甘い グルコースで、君たちの脳の報酬系を満たしてあげようねぇ」
ダウナーなお姉さんの圧倒的包容力と化学の知識の前に、メスガキたちは完全に懐柔されてしまった。その様子を後ろで見ていたフォグは、顔の赤みをようやく引き、重厚なコートの襟を正して静かに息を吐いた。
「……チッ。圧倒的な論理構築すら撥ね退けた非合理な精神障壁を、わずか一握りの単糖類と化学反応で突破するとはな。糖分による 大衆の報酬系ハッキング……原始的だが、極めて効率的な『心理的制圧』だ」
「お兄ちゃん、悔しそうだけど、お兄ちゃんもよだれ出てるよ?」
「なっ……! で、出していない! これは自律神経系の正常な分泌反射であり……ッ!」
論理の通じないメスガキ集団に対し、フォグの武力と正論は封じられたが、キャラメルの甘い化学反応が見事にその防衛線を溶かして見せた。 最凶の陣営とTHEメスガキドワーフたちによる、前代未聞の技術提携の道が、甘い匂いと共に今、開かれようとしていた。
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