【第弐拾肆話】まぁ少年、部下の実力を見ようか。
新生国家「エリアF」を立ち上げたものの、旧王都のインフラ壊滅に直面したフォグとキャラメル。兵器量産と要塞化を進めるため、二人はスクワールの提案を受け、優れた鍛冶・技術力を持つドワーフの国「トーキルン」へ目を向ける。留守を託すマーシャルや冷気を担うパンケーキ・アイスら士官へ役割を言い渡すと、フォグたちはドワーフの鍛冶場を冷徹な軍需工場へと変貌させるべく、新たな遠征へ旅立つのだった。
ドワーフの国「トーキルン」へ向かうため、新生「軍事国家エリアF」を出発した一行を乗せ、馬車は土煙を上げながら荒野を進んでいた。御者台では、エリアFの国民が緊張と誇りの入り混じった顔で手綱を握っている。馬車の中では、木製の車輪が石を拾うたびに容赦ない振動が乗員を襲っていた。
「……チッ。最悪の乗り心地だ」
フォグは軍服の襟を正しながら、不機嫌極まりない三白眼で床を睨みつけた。
「緩衝装置の概念すら欠落している。路面からの運動エネルギーがダイレクトに人体へ伝達され、乗員の腰椎に致命的な疲労を蓄積させる。このような劣悪な行軍環境では、前線到着前に部隊の戦闘効率が30%は低下するぞ」
「あはは、文句言わないの少年。この世界の技術ツリーじゃ、コイルスプリングなんて夢のまた夢だよぉ」
向かいの席で、キャラメルがだるそうに欠伸を噛み殺しながら笑った。
「それにしても、この馬車の 固有振動数、ボクの胃袋の揺れと見事に共鳴してて、さっき食べた海軍カレーが逆流しそうだよぉ……」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、だいじょうぶ? わたしのお尻のふさふさ、クッションにする?」
スクワールが心配そうに、自身の豊かなオレンジ色の尻尾を差し出してくる。
「遠慮する。毛皮の摩擦係数では抜本的な衝撃吸収には至らん」
「うぅ、お兄ちゃん相変わらず固いよぉ……」
そんな和やかなやり取りの傍らで、新たに任命された士官二人は対照的な過ごし方をしていた。
「いやー、軍事国家の幹部なんて柄じゃねえですが、少佐の命令とあらばどこへでも行きますぜ!」
音属性の魔法使いであるテイ少佐は、窓の外を眺めながら能天気に笑っている。
その対面では、シノギ中佐が無言で、自らの身の丈ほどもある巨大な庖丁を砥石で滑らせていた。シャッ、シャッという無機質な摩擦音が車内に響く。
「……刃こぼれ一つ、命取りになる。食材も、敵もな」
その時。
ヒヒィィィンッ!!
馬が甲高い嘶きを上げ、馬車が急停止した。
「ひぃぃっ! な、なんだお前らは!」
御者の国民が悲鳴を上げる。フォグが素早く窓から冷徹な視線を向けると、街道を塞ぐように現れたのは、下半身が獣で上半身が人間の筋骨隆々な魔物――サテュロスの群れだった。知性の欠片もない濁った瞳で、下卑た笑みを浮かべながら無言で棍棒を構えている。
「敵性勢力との遭遇戦 か。知能レベルは極めて低劣と見受ける」
フォグは微塵も動揺することなく、冷たい声で命じた。
「テイ少佐、シノギ中佐。貴様らの初陣だ。迅速に制圧しろ」
「了解ッス!」
「……承知した」
馬車から飛び出したテイが、両手をメガホンのように口元へ添える。
「そら、耳の穴かっぽじってよく聞けよ!〈多重反響〉!」
テイが魔力を込めて咆哮を放つ。その声は単なる大音量ではなく、サテュロスの群れの周囲に目に見えない「音の反射面」を強制的に形成した。
バンッ! バンッ! バンッ! バンッ!
音波が閉鎖空間で無限に反射・増幅を繰り返し、けたたましい定在波となって魔物たちの耳を直接殴りつける。
サテュロスたちは鼓膜を破壊され、三半規管の平衡感覚を喪失して泡を吹きながら地面に転転と転がった。
「フラッターエコー……面白いねぇ」
馬車の窓から顔を出したキャラメルが、だるそうに感心する。
「平行な壁面を持たない野外で、魔力を使って空気の密度差を作り出し、疑似的な反射面を形成したのか。特定の周波数帯を共鳴させて敵の蝸牛を物理的に破壊するなんて、音響工学的に理にかなってるよぉ」
「シノギ中佐、掃討しろ」
フォグの無機質な命令と同時に、シノギが動いた。
「……〈乱切り〉」
音もなく滑り込んだシノギの巨大な庖丁が、不規則かつ滑らかな軌道を描いて閃く。食材を回しながら斜めに刃を入れる調理技法。それを生物に応用したその一撃は、サテュロスの群れの四肢や急所を、抵抗を一切感じさせない速度で次々と切断・解体していった。
「へぇ、あの巨大な刃物で、細胞組織の挫滅を最小限に抑えてる。見事な劈開だねぇ。あれなら肉からドリップが逃げないから、後で美味しくいただけそうだよぉ」
キャラメルが研究者の目で分析する。
瞬く間に制圧が完了した血だまりの街道で、フォグは馬車から降り立ち、狂気に満ちた笑みを幼い顔に張り付けた。
「素晴らしい! 敵の機動力を音響で削ぎ落とし、 近接戦闘で素早く解体する。極めて合理的で美しい戦術だ!」
フォグは両腕を広げ、死屍累々を見下ろして言い放つ。
「フハハハハ! 思い知ったか無知なる獣ども! 我が軍の進軍を阻む者には、神の慈悲ではなく、確実な物理法則による『死という名の絶対的な平等』を配給してやる!さぁ諸君、この血肉の絨毯を踏み越え、次なる戦術拠点へ急ごうではないか!」
その狂気の演説に、御者の国民はガタガタと震え、テイは「相変わらずスゲェ迫力だな」と苦笑し、シノギは無言で庖丁の血を拭った。
「はいはい少年、血の匂いでまた別の魔物が寄ってくる前に出発するよぉ。ボクはもう一眠りするからね」
キャラメルの気だるげな声が、殺伐とした空気をいつものように中和する。
新生・エリアFの特異な一行は、再びドワーフの国へと向け、馬車の車輪を回し始めた。
・御者台
馬車などの前部に備えられた、御者が座って手綱を操作するための専用の座席や台。
・サテュロス
ギリシア神話に登場する半人半獣の自然の精霊であり、山羊の角や耳、脚、馬の尾を持つ姿で描かれる。酒神ディオニュソスの従者として、陽気でいたずら好きな性格とされる。
・フラッターエコー
向かい合った平行な壁や天井・床の間で音が何度も反射を繰り返し、「ビィーン」「キンキン」といった金属的な残響が聞こえる音響障害。
・定在波
振幅と波長が同じ逆向きの2つの波が重なり、波が進まずその場で振動しているように見える波動。
・三半規管
体のバランスを保つために体の傾きや回転を感知する耳の奥にある器官。
・蝸牛
内耳にあるカタツムリの殻に似た渦巻き状の器官であり、音の振動を電気信号に変える重要な役割を持つ。
・挫滅
強い衝撃や圧迫によって、体の一部分の組織が押しつぶされて破壊される外傷や状態。




