【第弐拾話】さぁ少年、歓声のエントロピーに包まれながら次なる戦場へ行こう。
刺客を撃破したフォグたちの前に現れたトルスタン王の正体は、異世界の知識を持つ「軍事」属性の保持者だった。80cm列車砲『シュヴェラーグスタフ』を召喚し、1350トン・800mmの超巨大砲弾を降らせるトルスタン。フォグとキャラメルはニトログリセリンと爆発反応装甲(ERA)を駆使し、寸でのところで弾道を逸らして全滅を免れる。しかし敵は垂直離着陸機『F-35B』で逃走。限界を迎えたフォグはキャラメルに介抱されながら、地球の兵器を繰り出す狂気の王との「真の戦争」を誓うのだった。
土煙と爆風の余韻が徐々に晴れていく王都の広場。圧倒的な1350トンの質量兵器が逸らされ、独裁者トルスタンが未知の戦闘機で逃亡した事実を理解した民衆たちの間に、一瞬の静寂が訪れた。
そして次の瞬間、地鳴りのような歓声が爆発した。
「助かった……! 俺たち、生きているぞ!」 「あんなバケモノみたいな鉄の塊から守ってくれた……!」 「ありがとう、小さな英雄様! 白衣のお姉さんも、剣士様も、獣人のお嬢ちゃんも!」
涙を流し、膝をついて感謝の祈りを捧げる者。互いに抱き合って喜びを爆発させる者。広場は、過酷な強制労働と恐怖政治から解放された民衆たちの熱狂的な祝福に包まれていた。
「えへへ……! みんな、無事で本当によかったぁ! わたしも、すっごく頑張ったんだよ!」
スクワールがふさふさの尻尾を揺らしながら、駆け寄ってくる民衆に満面の笑みで応える。
「おう、よく耐え抜いたな、お前ら。だが、一番の立役者はこの規格外の二人だぜ」
マーシャルが大剣を肩に担ぎ直し、苦笑交じりにフォグとキャラメルを指さした。
「やれやれ、大衆の熱エネルギーが凄まじいねぇ。広場全体のエントロピーが急上昇してるよ。でも少年、悪くない反応だね」
キャラメルがだるそうに欠伸を噛み殺しながら、自身の白衣の袖で支えているフォグの頭をぽんぽんと撫でた。
「……耳障りな歓声だ。私はただ、非合理なシステムを解体したに過ぎん」
限界を超えた魔力演算の影響で依然として顔色は優れないが、フォグの三白眼には冷徹な理性の光が戻っていた。
その時、歓喜に沸く民衆の中から、泥にまみれた初老の男がゆっくりと前に進み出た。
「小さな英雄様……いや、我らが解放者よ。本当に、何と御礼を申し上げればよいか……」
男は震える声で、しかし瞳に確かな怒りの火を灯して語り始めた。
「すべては一か月前ほど……あのトルスタンという男が、不気味な手下たちと共に、突然このサパニヤ王国に現れた日から始まりました。奴らは、先ほどのような巨大な鉄の塊や、空を飛ぶ鉄の鳥を呼び出し……瞬く間に王城を火の海にしたのです」
男の言葉に、広場の民衆たちが辛い過去を思い出したように目を伏せる。
「我らが正統なる国王様は、勇敢にも兵を率いて立ち向かいました。しかし、奴らの得体の知れない『火力』の前には無力でした。強固だった城壁は紙切れのように吹き飛び、国王様も、軍の主力も……一瞬にしてその命を奪われたのです。王を失った我々に、抗う術はありませんでした。少しでも反逆を企てた者は見せしめとして広場で惨殺され……気が付けば、我々は絶え間ない暴力に怯え、思考を奪われ、ただ石材を運ぶだけの機械に成り下がっていたのです」
「ひどい……! みんなの王様をそんな風に殺して、無理やりあんな重い石を運ばせてたなんて……!」
スクワールが、悲しみと怒りで橙色の尻尾の毛を逆立てた。
「なるほどな……」
マーシャルが険しい顔で唸る。
「いきなり国の中枢を奇襲して一気に潰したってわけか。指導者と軍を失えば、どんな国でも 烏合の衆になっちまう。えげつねえやり方だぜ」
フォグは冷徹な三白眼を細め、脳内で戦術データを照合する。 「圧倒的な初弾の質量投射による『電撃戦 』、および 指揮系統の物理的消去を狙った『斬首攻撃』か。防衛線を初期段階で破壊し、残存する大衆には極限のストレスを与えて学習性無力感を植え付ける……。 僭主としての権力簒奪プロセスとしては、セオリー通りの軍事行動だな」
「そうだねぇ。でも、恐怖っていう強烈なストレッサーで 大脳辺縁系の 扁桃体を過活動させてるだけの支配なんて、社会システムとしては不安定な 準安定状態にすぎないんだよぉ」
キャラメルは白衣のポケットに手を突っ込んだまま、だるそうに欠伸を噛み殺す。
「だからこそ、ボクたちという外部からの 変数 がちょっとした 活性化エネルギーを与えただけで、この国はあっさりと化学反応を起こして崩壊しちゃったってわけ」
「その通りだ」
フォグは幼い顔に地獄の悪魔のような笑みを張り付けた。
「だが、奴が地球の近代兵器を魔力演算で投影できる同業者の『イレギュラー』であることは証明された。放置すれば、私の戦術テーブルに致命的なバグを生む。……フハハハハ! 逃げられると思うなよ、三流の僭主め! 必ず追い詰め、分子レベルまで解体し、地獄の業火で消毒してやる!!」
異世界の理不尽な独裁構造を打ち砕いた一行の瞳は、逃亡した狂気の王へとしっかりと向けられていた。




