【第拾玖話】さぁ少年、1350トンの絶望を弾き返そう。
閉鎖ドーム内に高濃度の『スピリタス』と『液体酸素』が充満する絶体絶命の窮地。だがフォグとキャラメルは、民衆の集中打撃とスクワールの魔法でドームに応力亀裂を発生させ、敵の放った火を超音速の『爆轟』へと相転移させて反撃に転じる。爆炎と爆爆反応装甲(ERA)で敵を叩きのめすと、フォグは王水コーティングされた12.7mm弾を放ち刺客二人を粉砕。刺客を排除した一行は、ついに独裁国家崩壊の王手へと差し掛かるのだった。
特級刺客であるサードハンドとワンフィンが完全に消し飛び、広場には歓喜の雄叫びが響き渡った。 民衆たちが勝利の涙を流し、マーシャルが安堵の息を吐いたその時。
パチ……パチ……パチ……。
広場の喧騒を不気味に切り裂くように、王城のバルコニーから、拡声器を通したようなゆっくりとした拍手の音が響き渡った。
「素晴らしい。実に素晴らしいデータだ」
バルコニーから見下ろしているのは、サパニヤ王国の王・トルスタン。 しかし、その顔に浮かんでいるのは、以前の優しげな仮面でも、激昂した顔でもなかった。 それは、純粋な狂気と、人間を人間とも思っていない冷酷な観察者の笑みだった。
「諸君、人体実験と植民地化はいかんかね?」
トルスタンは、まるで劇場で演説をするかのように両手を広げ、ゾワゾワとするような狂的な歓喜を孕んだ声で語り始めた。
「労働と恐怖。極限のストレス環境下において、有機生命体の前頭葉がいかにして摩耗し、純粋な『エネルギー変換装置』として最適化されるか。この王国は、そのための私の巨大な実験場、モルモットのケージに過ぎない。だが、まさか外来の変数が、この完璧な 恒常性を破壊するとはね。フフ……アハハハハ!」
フォグのどす黒い三白眼が、極限まで細められる。
「……貴様。ただの僭主ではないな。その概念の言語化、異世界の土着民のものではない」
「ああ、君なら理解できるだろう? 小さな戦術家くん。君たちから放たれるのは、私と同じ……硝煙と鉄の匂いがする」
トルスタンが指を鳴らすと、王城の背後、上空の空間が不気味に歪み始めた。
「私はね、君たちの健闘を称え、このゴミの掃き溜めなどくれてやるつもりだよ。だが、立つ鳥跡を濁さず……綺麗に『消毒』してから退室するのが、礼儀というものだろう?」
空間の歪みから実体化したのは、城そのものを押し潰すほどの圧倒的な質量を持った「巨大な鉄の塊」だった。
「な……なんだ、ありゃあ……!?」
マーシャルが絶望的な声を上げる。
「お兄ちゃん、あれ……お城よりも、ずっと大きいよ……!」
スクワールが恐怖に震えながら自らの尻尾を抱き寄せた。空を覆い隠すほどの巨大な砲身。
「『軍事』属性、位相展開。――〈80cm列車砲〉」
トルスタンが狂気に満ちた笑みで宣言する。
「かつての地球の第二次世界大戦における、人類最大の質量兵器。重量1350トン、口径800mm。さあ諸君、7トンを超える徹甲弾の雨霰だ。地獄の業火で、分子レベルまで消毒されるがいい!」
「チッ……! まさかとは思うが『軍事』属性だと……!?」
フォグが怒号を上げる。
「あのクラスの運動エネルギーと質量を魔力で投影するなど、通常のキャパシティでは不可能だ!」
ズドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
グスタフから放たれた規格外の巨大砲弾が、音速を超えて広場へと落下してくる。
「少年、マズいよ! あの質量と速度の物理的エネルギーは、ボクの化学反応のキャパシティを超えてる!」
キャラメルが焦りの声を上げる。
「相殺は不可能だ! キャラメル、衝撃波のベクトルを逸らす! 反応装甲と爆発の 爆轟で弾道を偏向させるぞ!」
「了解! ボクの全魔力を『ニトログリセリン』の合成に回すよぉ!」
フォグが〈 爆発反応装甲 ( ERA ) 〉を広場上空に最大展開し、キャラメルが精製した大量の液体爆薬を弾着点に集中させる。 轟音と閃光。凄まじい爆発が空中で衝突し、巨大砲弾の軌道がわずかにズレる。 砲弾は広場から外れた城壁に直撃し、王都の半分を丸ごと吹き飛ばすほどの絶大な衝撃波を引き起こした。
「総員、伏せろォッ!!」
マーシャルが咆哮し、巨大な大剣を構え、民衆の前に立ちはだかって爆風を物理的に切り裂く。
「みんな、わたしから離れないで! 〈 掌状の殻檻・ 多層型 〉!!」
クワールが両手を地面に突き立て、民衆を覆い隠すように幾重にもクルミの殻のドームを展開する。 しかし、絶望的な質量の砲弾がもたらした衝撃波が直撃し、外側の殻がメリメリと嫌な音を立てて次々と粉々に吹き飛んでいく。
「きゃああっ……!」
スクワールが悲鳴を上げる中、最後の一層にもピキピキと無数の亀裂が走るが、間一髪のところで爆風は過ぎ去り、どうにか致命的な被害を防ぎきった。
土煙と爆風が吹き荒れる中、フォグは冷や汗を流しながらも、幼い顔を悪魔のように歪ませ、狂ったように笑い声を上げた。
「フハハハハハハ! 防ぎきるか三流! いいだろう、貴様の吐き出したその無様な質量兵器、私の戦術で完璧に解体してやる!! この程度の花火で私が屈すると思ったか!!」
戦争そのものを愉しむかのような、狂鬼の笑み。
だが、その土煙の向こうで、トルスタンはすでに逃走の準備を終えていた。
「ククク……見事だ。だが、私の実験は次のフェーズへ移行する」
轟音を立てて実体化したのは、現代の航空力学の結晶。
「〈 垂直離着陸ステルス戦闘機・F-35B ライトニングII 〉。
さらばだ、同業者の少年。次の実験場で会おう」
ジェットエンジンの凄まじい爆音が響き渡り、トルスタンを乗せた漆黒の機体が垂直に舞い上がると、超音速で空の彼方へと飛び去っていった。
「……逃がした、か」
フォグが舌打ちをした瞬間、過剰な魔力演算と極度の交感神経の緊張が限界を超え、彼の小さな身体がグラリと傾く。
「っと……危ない危ない」
地面に倒れ込む前に、キャラメルが白衣の袖でフォグの小さな体を支え、そのままふわりと自分の白衣を彼の肩に掛けた。
「よくやったよ、少年。あの絶望的な質量の弾道計算を一瞬でこなして偏向させるなんて、やっぱり君の 前頭葉は最高だねぇ」
「……ッ、キ、キャラメル……! 戦闘終了直後の、不用意な接触と装備の譲渡は、指揮官の尊厳に対する――」
強がって言い返そうとするフォグだったが、限界を迎えた身体は言うことを聞かず、そのままキャラメルの肩にこつんと額を預ける形になってしまった。
「はいはい。今は副交感神経を優位にして、オーバーヒートした脳細胞を 冷却する時間だよぉ。白衣に染み付いた試薬の匂いでも嗅いで、少し落ち着きな」
キャラメルは気だるげに笑いながら、フォグのふんわりとした髪をポンポンと軽く撫でる。
「……屈辱だ」 「ふふっ、素直じゃないなぁ」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん! だいじょうぶ!?」
砕け散ったクルミの殻と瓦礫を退け、スクワールが心配そうに駆け寄ってくる。その手首にはニューの遺品であるパピルスがしっかりと結びつけられていた。
「とんでもねえ化け物だったな……」
マーシャルも大剣を肩に担ぎ直し、忌々しげに空を見上げた。
「だが、お前らがいなけりゃ俺たちは全員消し飛んでた。借りができたな」
戦場に漂う破壊の余韻と、重い白衣に包まれた小さな参謀。 地球の兵器と知識を有する狂気の王という、最悪の『イレギュラー』の存在。 歴史と理を外れた者同士の、異世界を盤面にした真の戦争の火蓋が切って落とされた。
・シュヴェラーグスタフ
第二次世界大戦中にドイツのクルップ社が開発した、口径800ミリの巨大な列車砲。
・徹甲弾
戦車や軍艦などの硬い装甲を貫通し、内部を破壊するために作られた特殊な砲弾や銃弾。
・ニトログリセリン
ダイナマイトの原料としても知られる強力な爆薬。狭心症の薬の材料としても使われる。
・F-35B ライトニングII
アメリカのロッキード・マーティン社が開発した、短距離離陸および垂直着陸(STOVL)が可能な世界初の超音速ステルス戦闘機。




