【第拾伍話】さぁ少年、甘い酒には毒がある。
サパニヤ王国の広場でトルスタン王と対峙したフォグたちは、その非人道的な国家運営を「持続不可能な欠陥経営」と一蹴。国家に対する「敵対的買収」を突きつけ、真っ向から宣戦布告する。決裂したトルスタンは即座に抹殺を命じ、独裁国家のシステム崩壊をかけた決戦が幕を開けるのだった。
「殺せ。一人残らず、この広場で八つ裂きにしろ」
トルスタンの冷酷な号令が響き渡った直後、兵士たちを掻き分けるようにして二つの影が前に出た。
「……あーあ。王様の命令とはいえ、めんどくせぇなぁ……」
紫煙をくゆらせながら現れたのは、ボサボサの髪に無精髭を生やした痩身の男だった。だるそうに欠伸をするキャラメル以上に、この世の全てを億劫がっているような極度の気だるさを纏っている。彼の口元には、火のついた紙巻き煙草が咥えられていた。
「同感だよ、サードハンド。私は早く美味い酒を煽りたいってのによ」
もう一人は、片手に琥珀色の液体が入ったスキットルを弄る、オールブラックコーデの装いの女。鼻先を赤く染めた彼女は「ワンフィン」と呼ばれた。
「……刺客か。だが、指揮系統を絶てば烏合の衆に過ぎん」
フォグは冷徹に状況を分析すると、即座に魔力演算を展開した。 「『軍事』属性、位相展開。――〈隠蔽構造・FMG-9〉!」 黒いブロックから瞬時にサブマシンガンへと変形した銃口が、サードハンドたちへと向けられる。
「面制圧だ。消し飛べ」
タタタタタタタタタタタタッ!!!
パラベラム弾の豪雨が放たれた。しかし、サードハンドはだるそうに煙草の煙を深く吸い込み、ふーっと長く吐き出した。
「〈茶琥瑠濾過〉」
吐き出された煙が瞬時に高密度の活性炭のような微粒子カプセルへと変異し、フォグの弾幕を包み込む。 「なに……!?」 驚くべきことに、9mm弾の圧倒的な運動エネルギーが煙のカプセルに吸収され、マイルドな綿毛のようにポス、ポスと無害に地面に落ちていく。
「……あー、ダルい。お前の弾丸、角が立ちすぎてて疲れるんだよ。もっとマイルドに生きろよな、ガキ」
サードハンドが気だるげに煙草の灰を落とす。
「物理的運動エネルギーを煙の緩衝材で相殺しただと……!?」
驚愕するフォグに、今度はワンフィンがニヤリと笑いながらスキットルを掲げた。
「〈檸糖琥珀〉!!」
ワンフィンが指を鳴らすと、フォグたちの周囲にレモンのような鮮やかな「黄色い光の結界」が展開され、彼らの動きを完全に拘束した。
「ちぃっ……! なんだこの強固な干渉場は!」
「そこに『砂糖』をひとつまみ、だ」
ワンフィンの掌から、白い光の粒子がパラパラと黄色の結界へと溶け込んでいく。 キャラメルの顔色が一変した。直後、青白い大爆発が広場を飲み込んだ。
「きゃあああっ!!」
スクワールの悲鳴。
「くっ……!!」
フォグは瞬時に魔力を振り絞り、爆風を相殺した。しかし、爆発の閃光が収まった後、フォグはガクンと片膝を突いて激しくむせた。
「ゲホッ、ゴホッ……! はぁ、はぁ……!」
その小さな肩が激しく上下している。
「……クソ。質量保存の法則を無視した『魔力演算』は、やはり術者の生体エネルギーと前頭葉の処理能力を過大に消費する……! 無尽蔵の火力など、存在しないか……!」
魔法は万能ではない。異世界の摂理を科学と軍事で上書きするには、彼自身のキャパシティという絶対的な限界があった。 膝をつくフォグの視界が霞む。そこへ、サードハンドとワンフィンがゆっくりと距離を詰めてきた。
「あらら、もう弾切れかい、可愛い坊や?」
その時、キャラメルが素早くフォグの前に滑り込み、力の入らない彼の小さな身体を自らの豊かな胸元へとぎゅっと抱き寄せた。
「んぐっ……! キャラメル……!」
「よしよし、頑張ったねぇ少年。頭が痛いなら、お姉さんの胸で少し休んでな」
キャラメルはフォグの頭を優しく撫で回しながら、冷たい視線でサードハンドたちを睨みつけた。
「……大の大人が二人掛かりで、うちの可愛い参謀をいじめてくれるじゃないか。でも、ボクたちも馬鹿じゃない。このまま不利な化学平衡に付き合う義理はないねぇ」
「……あー、面倒だ。逃がすかよ」
サードハンドが煙を吐く。
キャラメルの腕の中で、フォグは最後の力を振り絞って暗号を紡いだ。
「……作戦変更。戦略的撤退へと移行する……!」
フォグの眼球に狂気的な光が宿り、空間が漆黒の魔力で歪む。
「こい……!! 〈超音速戦略偵察機――『ブラックバード』〉!!」
けたたましい轟音と共に、広場の上空に禍々しくも美しい漆黒の機体が投影された。
「なっ、なんだ!?」
ワンフィンが驚愕の声を上げる。
「逃げるぞ、お前ら!!」
マーシャルが大剣を背負い直し、スクワールを抱えてブラックバードの投影面上に飛び乗る。キャラメルもフォグをしっかりと胸に抱いたまま、その漆黒の翼へと跳躍した。
「推力最大……! 離脱しろ!!」
圧倒的な超圧縮魔力がジェットエンジンのように噴射され、周囲の兵士たちを爆風で吹き飛ばしながら、ブラックバードは超音速で王都の空へと飛び去っていった。
「……はぁ。あーあ、逃げられちまったか」
サードハンドは空を見上げ、気だるげに煙草を地面に落とし、靴の底で踏み躙った。
歴史に反した絶対的独裁国家での初戦は、予想外の強敵と魔力消費の限界という厳しい現実を二人に突きつける形となった。
・紫煙
火のついたタバコの先端から立ち上る青紫色に見える煙を指す表現。
・スキットル
ウイスキーなどのアルコール度数が高い蒸留酒を入れて持ち運ぶための携帯用小型水筒。
・パラベラム弾
世界で最も広く使われている拳銃および短機関銃用の実包。別名「9mmルガー弾」「9x19mm弾」とも呼ばれる。
・チャコール・フィルター
活性炭の粒や粉末を組み込んだフィルター。おもに、タバコの吸い口や空気・ガスの浄化装置などに使われる。
・ニコラシカ
ブランデー、レモン、砂糖を使い、口の中で味を完成させるユニークなショートカクテル。
・質量保存の法則
化学変化の前後で物質全体の質量が変化しないという法則です。1774年にフランスのアントワーヌ・ラヴォアジエが実験で発見。
・タクティカル・リトリート
戦略的撤退。
・ブラックバード
アメリカのロッキード社が開発した超音速・高高度戦略偵察機「SR-71 (航空機)」の愛称。




