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【第拾肆話】さぁ少年、戦争だ。

崩壊したルパカトを後にした一行が辿り着いたのは、巨大な城壁に囲まれた「王国サパニヤ」だった。しかしそこは、恐怖政治と過酷な強制労働によって民衆の精神が完全に破壊された、異様な国家であった。人間の脳を壊し支配する理不尽な構造に怒りを覚えたフォグとキャラメルたちは、この最悪な独裁国家のシステムを崩壊させることを決意する。

冷え切った空気の漂う王都の中央広場。その淀んだ空気を切り裂くように、華美なファンファーレが鳴り響いた。


「王のお通りだ! (こうべ)()れよ!」


兵士たちの怒号とともに現れたのは、金銀の装飾が施された豪奢な馬車だった。 ゆっくりと扉が開き、降り立ったのは、柔らかな金髪と人当たりの良い、優しげな微笑みを浮かべた紫髪の王――トルスタンであった。


「おお、私の愛する民たちよ。今日も国のために汗を流してくれてありがとう。君たちの働きが、この王国を強固にしているのだ」


トルスタンは聖人のような笑みを浮かべ、重い石材を運ぶ民衆たちに優しく語りかける。しかし、その言葉に反応する者はいない。誰もが焦点の合わない虚ろな目で、ただ機械のように動き続けているだけだった。


その時、過労と栄養失調に耐えかねた初老の男が、トルスタンの足元に倒れ込んだ。


「ひっ……! 申し訳、ありませ……」


「おお、可哀想に。もう十分だ、無理はしなくていい」


トルスタンは優しく男の肩に手を置いた。しかし、その直後、男から顔を背けたトルスタンは、付き従う兵士長に向けて、笑顔のまま冷酷な視線で「目配せ」をした。 兵士長が無言で頷き、倒れた男の襟首(えりくび)を掴んで、ゴミのように路地裏へと引きずっていく。男の末路は誰の目にも明らかだった。


「……ッ、あの野郎!」


マーシャルが怒りに任せて大剣の柄を握り、スクワールも「ひどい……!」と尻尾の毛を逆立(さかだ)てる。 その殺気に気づいたのか、トルスタンは視線を一行(いっこう)に向けた。そして、異質な空気を(まと)う彼らを見て、興味深そうに目を輝かせた。


「おや、君たちは見ない顔だね。異邦(いほう)の旅人かい? その出立ち、只者ではないと見える。どうだろう、もし行く当てがないのなら、私の下で働かないか? この美しい国をさらに発展させるために、君たちのような優秀な人材を優遇しよう」


底知れぬ腹黒さを甘い笑顔で隠し、勧誘してくるトルスタン。 だが、その誘いに対し、重厚なコートを着た幼い参謀が、静かに、そして冷徹に一歩前へ出た。


「……お断りだ。私は、貴様のような『無能な経営者』の下で働く趣味はない」


フォグのドス黒い三白眼が、真っ直ぐにトルスタンを射抜いた。


「無能、だと……? 君、自分が誰に向かって口を利いているか――」


「黙れ、三流の独裁者」


フォグの口調は、平時の冷淡なものから、狂気を孕んだ苛烈なものへと変貌していた。


「貴様は経営資源というものを根本的に履き違えている。労働意欲を削ぎ落とし、民衆を単なる物理的エネルギーの変換装置へと貶める? 笑止千万! コンプライアンスの欠如も甚だしい! 人的(ヒューマン・)資本(キャピタル)の再生産を無視し、摩耗(まもう)させるだけの非効率的で持続不可能な自転車操業。こんな杜撰(ずさん)貸借対照表(バランスシート)で、国家という巨大組織が維持できると本気で思っているのか?」


フォグは自らの小柄な体を大きく見せるように腕を広げ、嘲笑する。


「投資対効果すら計算できない愚か者が、王冠を被って平和を気取るとは反吐が出る。防衛力という最低限の保険すら掛けず、恐怖のみに依存したその(もろ)い体制……外部からの論理的な『監査』が入ればどうなるか、教えてやろう」


フォグはニィッと、凶悪なまでに美しい笑みを浮かべた。


「――私が直々に、貴様の国家に対し『敵対的買収』を行ってやる。圧倒的な物理的火力をもって、その腐りきった社会構造を更地(ゼロ)に還元してやろう。地獄の底で、資本主義と軍事学の基礎から学び直すがいい!!」


広間が水を打ったように静まり返った。 兵士たちすら、フォグの放つ異次元の威圧感と、未知の用語の連発に完全に思考を停止させている。


「……少年、相変わらずキレッキレのプレゼンだねぇ。ボクもその監査、喜んで手伝うよぉ」


キャラメルが白衣のポケットに手を突っ込んだまま、だるそうに、しかし凶悪な笑みを浮かべてフォグの隣に並び立つ。マーシャルも大剣を引き抜き、スクワールも戦闘態勢をとった。


「……なるほど。どうやら君たちは、私の国を害する『害虫』のようだ」


トルスタンの顔から完全に笑顔が消え去った。 残ったのは、人間の命を数字としか見ていない、絶対的な冷酷さと怒りだけだ。


「殺せ。一人残らず、この広場で八つ裂きにしろ」


優しげな王の仮面が剥がれ落ちた瞬間。 凄絶(せいぜつ)な「戦争」の火蓋が切って落とされた。

・自転車操業

資金の滞留を最小限に抑えて回転率を高める効率的な経営状態、あるいは日々の売上や入金によってその場の支払い(仕入や出金)を辛うじて回している状態全般。


・バランスシート

ある特定の時点における会社の「財産のありかた(資産)」と「その資金をどうやって集めたか(負債・純資産)」を一覧にして表した決算書。


・投資対効果

使ったお金や時間に対して、どれだけの利益や成果が出たかを比べる大切な数字。計算方法は「利益 ÷ 投資額 × 100(%)」である。


・敵対的買収

買収する側が、買収される側の会社の経営陣の同意を得ずに、株式公開買付(TOB)などを通じて株式を買い集め、経営権の獲得を目指す手法。


・資本主義

個人や企業が自由にお金や土地などの「資本」を持ち、利益を目指して商売や競争をする経済の仕組み。


・軍事学

軍事力や戦争、国防、軍隊の組織や運用に関する総合的な学問。

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