37 【護衛視点】オスカー・ドルンロイト:癒しの聖女
魔王誕生まで50日を切った。
そんな中、王城の応接室は、静かな緊張感に包まれていた。
椅子に隣り合って座るのは、陛下と宰相。
その対面のソファには、セラとノアが腰掛けていた。
彼らを隔てるテーブルには、片手に収まるかどうかというほどの水晶の魔道具が置かれている。
「魔物を減らす魔道具、か」
顎先を撫でながらそう話す陛下は、先ほどから余裕を崩さない。
にこやかに対応しながらも、その目線は見極めるように彼らを見据えている。
「効果の有効期間は?」
「3ヶ月、です」
陛下の問いに、ノアはたどたどしい敬語で応える。
「話しづらいなら敬語でなくて、構わんよ」
軽く笑い飛ばした陛下の言葉に、ノアの肩の力が抜ける。
それに「あーあ」と思いつつ、セラに視線を向けると、彼女は何も言わずにノアを見ていた。
「効果範囲は?」
「開けた場所なら、半径約200メートル。遮蔽物の有無にもよる。設置場所から離れるほど薄くなる」
「設置方法は?」
「動力を繋げるスイッチを押せば、どこに置いても作動する。ただ、試験では土に埋めた」
「量産は可能か?」
「動力は聖の力ありきだが、セラ……彼女が言うには、ある程度の力を持った神官ならいけるらしい。動力の器になる紐の素材も、手に入れるのはそう難しくない」
ノアは陛下の問いによどみなく答えていく。
その様子を見たセラは、表情を変えずにノアから目を逸らした。
そこに、自分たちでは届かなかった信頼を見た気がして、視線を逃がす。
問答は続けられる。
会話を重ねるごとに、陛下と宰相の背中から、弾んだ気配を感じた。
感情が読み辛いだの、腹芸が得意だのといわれる彼らだが、俺からしたら片腕がなくなる前からの付き合いだ。
分かるようにもなる。
「ふむ、いいだろう。では魔道塔と――」
「陛下」
問答に区切りがついた後、口を開いた陛下の言葉をセラが遮る。
これには思わず、頭ごと彼女に向いてしまった。
「陛下ならば、優れた才能や功績を、無為に潰すことはないと、信じております」
彼女は平常だった。
いつものように、静かに微笑んで、そう言った。
ただ、彼女と行動するようになってから、度々感じていたものがある。
それは、赤目を忌避する村で育った自分だからこそ、気づいたのかもしれない。
――時折感じる、異様なまでの存在感。
静かな圧とも言っていいそれは、王族のそれと比べても、遜色はない。
「……もちろんだ。試用期間は半年。商業ギルドに通達を出そう。量産に努めてくれ」
***
応接室から出て行く彼らと、それに続くライを見送る。
扉が閉まると同時に、陛下と宰相が背もたれに身体を預けた。
陛下は息を吐きながら眉間を揉んでいる。
壁際から離れ、2人に近づく。
「手強いな」
陛下の口から小さく漏れたのは、そんな言葉だった。
ソファの前で足を止め、内心、同意する。
ノアが肩の力を抜いて、敬語をやめたとき、「これは絡め取られるな」と思った。
これまで、そうして気を抜いた相手は皆、陛下の手の上で踊ることになったからだ。
だが、結果はどうだ。
ノアは、自身の魔道具の売り込みに成功し、それを自ら量産する権利を得た。
それを導いたのはセラだ。
「せめてもの救いは、我々にとっても損はない、ということでしょうか」
宰相がテーブルに置かれたままの魔道具を見て呟く。
「損どころか、利の方が大きいだろう。これ以上欲張るのは野暮というものだ」
陛下は言葉を返すと、身体を起し、宰相に向かって口を開く。
「爵位を授ける準備をしておけ」
「よろしいのですか?」
「彼女がついているんだ。必ず成功させるだろう」
陛下は一度魔道具を見やり、俺に視線を向けた。
「オスカー。お前の最終判断は?」
観察するような目。
幾度となく向けられたそれは、信頼を預け、その判断を信じるという証だ。
この目を向けられる度、彼が王だと実感する。
「セラ・ヴェイルンは、彼女は――」
声に出した彼女の名前にひきずられ、脳裏に映像が駆け巡る。
はじめは、ただのお綺麗な聖女様だと思っていた。
故郷の赤目を忌避する習慣のせいで、苦手意識すら持っていた。
だが、それが覆されたのも、すぐだった。
ケークスヴィアでの砦戦。
すべて終わって合流した時には、彼女の顔色は最悪で。
……今思えば、あのとき既に片腕の感覚は無かったに違いない。
そんな中でも、彼女は怪我人の治療が終わるまで、梃子でも動かなかった。
加えて、次の日には侯爵様まで治療して。
その後も同じような“無理”を、間近で見てきた。
一度、彼女に聞いたことがある。
「どうしてそこまで出来るのか」と。
どうせお綺麗な言葉が返ってくるに違いない。
それを聞いて、俺はまたうんざりした気持ちになるのだ。
そう疑いもせず、ただなんとなく投げた問いに、疲労の残る顔で、彼女は言った。
「私が私であるために」と。
そこでようやく、俺は彼女を色眼鏡で見るのを止めた。
「彼女は、国民と、そして自らのために動く――癒しの聖女です」
俺の言葉に、陛下はフッと息を吐いた。




