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31 【幼馴染視点】リゼット・カーバル:ぽっと出の聖女

 賑わう街を歩く。

 

 手には手作りのサンドイッチが入った籠。

 寝る間も惜しんで魔道具をいじる幼馴染への差し入れだった。


 

 「ねえ、聞いた?」

 

 「なにを?」

 

 「今この都市に勇者ご一行が来てるって話よ!」

 

 「え、そうなの!? 一目見られるかしら!」

 

 「やーね、適当なこと言って。四天王を倒しに来るんだから、ここには来ないわよ」


 

 喧しく話す彼女たちは、相変わらずだ。

 

 職人の妻は総じて逞しい。

 休みを放棄する職人には、それくらいの胆力がないと務まらないのだ。


 見慣れた路地を曲がり、少し進めば、辺りは一気に静かになる。


 中心街の外れ。

 そこにポツンと立つ工房が、私の目的地だった。


 見慣れた壁の色に口元を緩めたが、扉前に立つ見覚えのある騎士の姿に、すぐに戻した。

 その騎士の前に立ち、籠を持ち上げると、道を開けてくれる。


 頭を下げながら通り抜け、中に入った。

 

 扉を閉めて、何も言わずに奥へと進む。

 部屋の仕切りカーテンをくぐり、左の部屋を覗き見る。


 そこにはテーブルの上に伏せるノアと、聖女様がいた。

 やっぱり……と、思わず口角が下がる。

 

 癒しの聖女セラ・ヴェイルン。

 彼女は少し前に知り合った、ノアの協力者だった。


 彼女は自らのローブをノアの肩に掛け、ゆっくりとこちらに振り向く。

 

 その様は、ただ綺麗だった。

 窓から差し込む光に当たって、白い髪が輝いて。

 作り物のような、美しさだった。


 

 「あなたは……」

 

 

 彼女の声に、意識を戻す。


 

 「確か、リゼットさん、でしたよね」


 

 彼女は僅かに小首を傾げて言う。


 

 「そうですけど」


 

 言葉に棘が生える。

 

 

 「それは、彼の食事ですか?」


 

 彼女が視線をやったのは、私の持つ籠。

 それにうなずくと、彼女は静かに「そうですか」と言った。


 なんとなく居心地が悪くて、何も言わずに籠をテーブルにおく。

 

 

 「ノアは寝てるし、今日はもう帰ったらどうですか?」


 

 口に出る言葉は、突き放すようなものばかりだ。

 彼女の様子を窺うと、驚いたように目を見開いている。


 それに気まずくなって、目線を外した。

 

 でも、しょうがない。

 彼女がどうしても、好きになれないのだから。

 

 初めて彼女に会ったとき、ノアと話す姿を見て、焦りを覚えた。

 取られる、と思った。


 今までも、ノアが女性に声をかけられることはあった。

 ノアは格好いいから。

 目の下の黒子がセクシーだって、近所でも評判だった。

 

 でもノアはその度、面倒くさそうにあしらっていた。

 真面目に取り合ったことなんて、一度もない。

 ノアに一番近い女の子は、私だった。


 でも、彼女が現れた。


 ノアは彼女を拒否しなかった。

 師匠さんのことがあるのは、分かっている。

 ただの協力者だって。

 

 だけど、例えノアがそう思っていても、彼女も同じとは限らない。

 

 それに私には、どこか確信めいたものがあった。

 ノアを取られるなら、彼女だと。


 

 「いえ、折角来たので、もう少し待ってみます」


 

 彼女はそう言って、ノアの対面に置かれた椅子へ腰掛ける。


 そこは今まで、私の席だったのに。


 ……彼女と出会ってから、ノアは一層、魔道具の製作に打ち込むようになった。

 

 私が何を言っても聞かずに。

 休みなんて、ほとんど取らずに。

 最後は今みたいに、糸が切れたように眠る。

 

 もやもやが溜まっていた。

 

 彼女が来てから、ノアはおかしい。

 まるで何かに取り憑かれたみたいだ。

 私が話しかけても、生返事しかくれなくなった。


 眠るノアを見つめる彼女は、相変わらず綺麗で。

 その目の奥に宿ったそれに、気づけば口を開いていた。


 

 「ノアの大事なもの、教えてあげようか?」

 

 

 彼女は私を見て、声を漏らす。


 

 「え?」

 

 「ノアの師匠さんが書いた、設計図帳。読みたいんじゃないかと思って」


 

 彼女は、今度は眉を下げて言う。


 

 「ですが私、設計図は読めないんです」

 

 「私が教えてあげるよ。……どういう研究をしてるのか、知っといた方がいいでしょ?」

 

 「……そう、ですね。では、お願いしてもいいですか?」


 

 私はそれがある場所を指す。


 

 「そこの棚があるでしょ? あの上の箱に入ってるの」

 

 

 あなたの方が、背が高いから。

 そう言って、彼女が取るように誘導した。


 ノアは、大事なものに触られるのが嫌いだ。

 以前私がそれに触れたら、ノアは数ヶ月間、いっさい言葉を返してくれなかった。

 

 それでも工房から追い出したり、怒鳴りつけたりしないのが、ノアの優しいところ。


 あなたはそんなこと、知らないでしょ?


 彼女は椅子を踏み台に箱を取り、蓋を開ける。

 

 それを見ながら、籠に手を伸ばす。

 ノアは昔から、魔道具や水晶が床に落ちる音には敏感だ。

 人の声や他の音ではまったく起きない。

 だからノアを起こすときは、余分に持ってきたナイフやフォークを落としていた。

 

 音を立てないように、ナイフを取り出す。

 

 その間にも、彼女は箱の中から灰色の本を取り出していた。

 彼女の様子を見ながら、ナイフを持った手を下に向ける。

 

 これを落とせば、ノアは起きる。


 彼女が本を開くと同時に、ゆっくりと、握る力を緩める。


 後ろ手に隠したそれを落とそうとした――そのとき。


 

 「えい、ご……?」


 

 彼女が、声を漏らした。

 瞬きもせずに、本を捲っている。

 

 反射的に、緩めていた手を握った。


 

 「ど、どうしたの?」


 

 人形のような顔が、表情もなく目を見開くその様は異様で。

 思わず、声をかけた。


 すると、ハッとしたように彼女はこちらを見て、やがて1つ、瞬きをした。


 

 「すみません。これ、教えて頂けませんか?」

 

 

 先ほどまでの空気が消える。

 彼女はすっかり、いつも通りだった。

 

 息が詰まる。

 咄嗟に彼女から視線を外すと、向けられた本の中身が目に入った。

 

 

 「え、なにこれ……?」


 

 そこには、ミミズが這ったような線が引かれていた。

 しかし、線と言うには規則性があるように見える。


 

 「……読めない、ですよね?」


 

 彼女が言う。

 

 ノアは以前、これは師匠さんの日記帳だと言っていた。

 その一部に、あの魔道具の設計図が記されていたのだと。


 でもこれは、文字なんかじゃない。

 『ヨ』と似たような形もあるけど、鏡合わせになっている。

 まったく読めない。

 

 ノアが「製作は手探りだ」って言っていたのは、こういうことだったの?


 私がじっとそれを見ていると、彼女は一枚一枚、ページをめくり出す。

 設計図でも探しているのだろうか。


 彼女は最後まで捲り終え、パタンと本を閉じ、こちらに目を向ける。


 

 「私にはよく分かりませんでした。わざわざ教えて頂いたのに、すみません。これは大事な日記のようなので、元に戻しておきますね」


 

 彼女はそう言って、箱に本を戻す。


 その様子にハッとして、慌ててノアを振り返る。

 起きる様子はない。

 ナイフはいまだ、手の中にある。


 何をしているんだ、私は。


 これじゃあ、ただノアの大事なものを触らせただけだ。


 

 「ノアも疲れているようですし、今日はもう帰りますね」


 

 私が肩を落としていると、彼女は突然そう言った。

 彼女はノアの肩に掛けたローブを取ろうとして、手を止める。


 かと思えば、そのまま玄関へと歩き出した。


 

 「え、ローブは?」

 

 「次来たときに受け取ります。リゼットさん、今日はありがとうございました」


 

 引き留める間もなく、彼女は最後に頭を下げて、工房から出て行った。


 

 「なんなの……」

 

 

 溜息が零れる。

 手の平に残るのは、1本のナイフ。

 それを乱暴に籠へ戻し、ノアを見つめて、ふと、頭に過ぎる。

 

 『これは大事な日記のようなので』


 ――私、あれが師匠さんの日記だなんて、言ったっけ?

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