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32 【幼馴染視点】リゼット・カーバル:嫌な夢

 町に鐘の音が響く。

 第一の砦が突破された音だ。

 

 ここは安全なはずなのに。

 中央街まで魔物が攻めてくるなんて。

 

 乗り合い場とゲート広場には人が詰めかけている。

 それを横目に、私はノアの工房へ駆けた。


 

 「ノア! 早く逃げないと!」


 

 ドアを荒く叩く。

 しかし、中からは生返事が聞こえるばかり。

 いつものように魔道具に夢中なのだろう。


 そのとき、耳が、足音を捉える。

 群れの足音だ。

 鐘の音はいつの間にか止んでいる。

 第二の砦も突破されたに違いない。

 

 

 「リゼット! 何してる! 早く逃げるんだ!」

 

 「お父さん! でもまだノアが!」

 

 「……っ! おい小僧! 早く出てこい!」


 

 扉を壊さんとばかりに、お父さんは扉を叩く。


 

 「なんだよ、おじさん」


 

 のっそり現れたノアはしかし、私と父の表情、なにより聞こえる異様な音に、顔色を変えた。

 

 

 「……なにがあった」

 

 「魔物よ! 早く逃げないと!」

 

 

 言葉と共にノアの手を引いて、一足先に走り出した父を追う。

 

 しかし、遅かった。

 

 目の前を走っていた父が、視界から消える。

 

 

 「え」

 

 

 残像の先を追えば、父の身体をかみ砕く、魔物がいた。

 

 

 「お、とう、さ……」

 

 

 零れた声に、意味は無い。

 ノアが私を背に隠す。

 

 

 「ノア?」

 

 「逃げろ」

 

 

 それだけ言うと、いつの間に持っていたのか、自作の閃光魔道具を魔物に投げた。

 お父さんを咥えていた魔物が怯む。

 

 しかし、逃げる間もなく、背後から別の魔物が襲う。

 咄嗟に私を庇ったノアが、魔物の爪に切り裂かれた。

 

 ノアの血が飛び散る。

 

 それが、なぜかゆっくりと見えた。

 

 ドサリと音がして、ノアが倒れ込む。

 

 

 「ノア……?」

 

 

 返事はない。

 ――ドクンと、心臓が鳴った。

 

 

 「のあ」


 

 彼は動かない。

 緩く、何度も首を振った。

 自分に向かって口を開く魔物など視界に入らない。

 

 ――ドクンッ。

 

 

 「いや、いや……」

 

 

 ――死なないで。


 その瞬間、辺りを眩い光が包み込む。

 

 今にも食いつかんと口を開けていた魔物も、父を食べた魔物も。

 すべてが光に溶けて、消えていく。

 

 リゼットは呆然と、その様子を見ていた。

 

 

 「リゼット?」


 

 声が掛かる。

 もう聞こえるはずのない、声が。

 

 ゆっくりと、振り向く。

 

 そこには、ノアがいた。


 魔物に切り裂かれたはずのノアが。

 傷の無い状態で、こちらを見ていた。



 ***



 「……ッ!」


 

 目を開く。

 自分の荒い息が、耳についた。


 視界に映るのは見慣れた天井。

 汗で首に張り付いた髪を避けながら、ゆっくりと起き上がる。


 

 「なに、いまの」


 

 やけにリアルな夢。

 

 いや、本当に、あれは夢?

 鼻から息を吸えば、鼻腔にこびりついた鉄の匂いが蘇る。


 でも夢以外、あり得ない。


 

 「ノア……」

 

 

 無性に、顔を見たくなった。


 布団を抜け出し、震える手もそのままに服を着替える。

 両親への挨拶もそこそこに、私は家を出た。



 早朝の街は、いつもより幾分か大人しい。

 それは勇者一行に対する信頼の表れでもある。


 彼らがこの都市に来てそろそろ3ヶ月。

 噂では、もうじき四天王は倒されるらしい。


 思考を逸らして、気分を落ち着けながら歩く。

 

 頭の中がごちゃごちゃで、勝手に足が速まる。

 工房が見えた頃には、自然と走り出していた。


 ノックもせずに中に入る。

 いつも通り、鍵はかかっていなかった。


 中は静まり返っていて、奥の部屋から僅かに音が漏れている。

 ノアの音だ。

 ノアが魔道具をいじる音。


 それにどうしようもなく力が抜けて、扉で背を擦りながら、その場にズルズルとしゃがみ込んだ。

 

 

 しばらく、その音を聞いていた。

 

 息をついて、顔を上げる。


 少し、落ち着いた。

 どうせ夢だ。

 少しだけ、リアルだっただけ。


 来たついでに、ノアを休ませてから帰ろう。

 

 そう思い立ち、奥の部屋へ向かう。

 そこには案の定、目の下に濃い隈を作ったノアの姿があった。


 

 「ノア。そろそろ休みなよ」

 

 「ああ」

 

 「隈、ひどいよ?」

 

 「ああ」


 

 生返事ばかりのノアに溜息が出る。

 でも、いつも通りのその姿に、僅かに残っていた強ばりが解けた。


 近づこうとしたところで、ノアが唐突に口を開く。


 

 「セラに、日記を見せただろ」

 

 「えっ」


 

 身体が固まる。


 

 「……理由は聞かねえ。だがおかげで、セラが解決策を見つけた」


 

 ノアの声を上手く聞き取れない。


 

 「だから、一応礼を言おうと思ってな」


 

 だってそれは、私は、意地悪のつもりでやったこと。

 解決策って、なに?

 それで今、そんなに濃い隈を作っているの?


 

 「ありがとう」


 

 ノアは一切、こちらを見なかった。


 きっと、彼女に何か言われたんだ。


 ノアは怒っている。

 私がノアの大事なものを勝手にセラに見せたから。

 それでも、私に礼を言ったのは、彼女にそう言われたからだろう。

 

 ノアはずっと、糸を編んでいる。

 

 編んだものを金属のトレイに置くときに、先ほどの、ノアの音が鳴る。

 爪が僅かに、トレイに当たる音。

 トレイには、もう既にいくつもの紐が積み重なっていた。


 編み物は今までずっと、私に手伝いを頼んでいたのに。

 その数の紐は、1人で?

 それとも、彼女と。


 

 「ノア、ごめん。勝手に、触って。……でも、でもね。あの子、おかしいんだよ。関わらない方が、いいよ」

 

 「は?」


 

 ノアの手が止まる。

 こちらを見たのだろうけど、私が顔を上げられなかった。


 

 「あの子、師匠さんの日記、読んだの。読めたんだよ? あれを」


 

 言葉が止まらない。

 

 

 「なんで読めるの? あれ、共通文字じゃないじゃん!」


 

 段々と、声が荒らぐ。

 

 

 「おかしいよ! それに、そのときのあの子の顔と言ったら――」


 

 感情のままに顔を上げて、目に入ったノアの表情に、言葉が止まる。


 

 「確かに俺も、師匠の日記は読めない。イニーグに関しては、設計図以外、口頭で聞いたものだ」

 

 

 声を出そうとして、遮られる。

 

 

 「セラが、何か隠してるのも知ってる」

 

 「ねえ、まっ――」

 

 「見た目通りの聖女様じゃないってことも」


 

 ノアが立ち上がる。


 

 「俺はそれも含めて、協力者としてセラを買ってる」


 

 ノアが一歩近づく度、一歩下がる。

 ノアの声が冷たい。

 身体が震える。

 気づけば、壁に背がついていた。


 

 「お前がセラをどう思おうとどうでもいいが、開発の邪魔だけはするな」


 

 その言葉に、カクカクとぎこちなく首を振る。

 ノアは溜息を吐くと、元の場所へ戻っていった。


 

 「今日はもう帰れ。俺も休む」


 

 ノアが机を片づける音が響く。

 それを尻目に、私は駆け出した。


 玄関を乱暴に開け、家への道を走る。


 冷たい空気が纏わり付く。

 段々と視界がぼやけ出した。


 ノアが他人のために、あんなに感情的になったことなんてなかった。

 あそこまで怒ったことなんて、なかった。


 風に流れる涙をそのままに、奥歯を噛みしめる。


 やっぱり私は、彼女が嫌い。

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