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 「勇者様の剣技をみたか!?」

 

 「それなら剣士様だって負けてないさ!」

 

 「魔法師様の魔法は凄かった! あんなものは見たことがない」

 

 「聖女様の優しいことよ! あたしらにまで声をかけてくださって」

 


 リーゼマッツ都市。

 四天王討伐の熱気に包まれたその一角で、人々は口々に勇者一行の雄姿が語られていた。


 しかし勝利の裏では、戦闘の痕が色濃く残っている。

 四天王という統率者を失った魔物の暴走による被害は大きい。

 

 戦った兵士や冒険者たちを癒し終わり、民衆の治療に移る。

 

 私の治療が必要なほどの怪我を負った者たちだ。

 大半は素直に感謝をくれる。

 しかし、一部の民衆からは、まったく違う声が上がっていた。



 「ティラミア様は身を挺して守ってくださったのに」


 「癒しの聖女とは言うが、安全な場所で怪我を治すだけじゃないか」


 

 口さがない者の声が耳を刺す。

 

 戦う者たちから、そのような声が上がったことはない。

 

 所詮は治療の有り難みが分からない人間の戯れ言だ。

 憤るオスカーとライを制し、次の患者へと足を進めた。


 ノアとの約束から、2週間の時が過ぎていた。


 

 ***



 今一度地図を確認し、目の前の扉を叩く。

 連日各地へ駆り出され、その左手の甲には何も伝わらない。


 数秒おいて出てきたのは、ノアだった。

 彼は扉を叩いたのが私だと分かると、僅かに目を見開く。



 「時間が経ってしまって、ごめんなさい」


 「……気にしなくていい。入ってくれ」



 彼はそう言うと、身を引いて道を開けてくれた。

 礼を言いながら中に入る。



 「あんたらも来んの?」


 

 オスカーたちへそう話す彼の声を背に、中を見回す。

 狭い部屋だ。

 ざっくばらんにおかれた鉱石や工具。

 分解された魔道具など、素人目にはよく分からないものがほとんどだ。



 「で、協力するんだよな」


 「はい、そのつもりです」



 彼は私の言葉にうなずき、奥へと続くカーテンをくぐる。

 その背を見送り佇んでいると、彼はカーテンの隙間から顔を出し、手招いた。


 僅かに呼吸が乱れる。

 ……なんだ、いまの。

 胸に手を当てるが、特に異常はない。

 

 気にしないことにしてカーテンをくぐり、真っ直ぐに伸びる廊下を横目に、左の部屋へ入る。

 

 そこには四角いテーブルと、椅子が2脚。

 部屋の中心におかれたそのテーブルには、掌サイズの水晶が置かれていた。


 彼に促され、椅子に座る。

 オスカーたちは私の背後に控えた。


 対面に腰掛けたノアが、水晶を私に近づけ、話し出す。



 「これが、イニーグだ。……要点だけ話す」



 そうして彼が取り出したのは、束で括られた白い糸。



 「これは魔紡糸。動力の元になる」



 それは、上級ダンジョンで年に1、2回しか手に入らない、大変希少なものらしい。



 「研究を進める中で、師匠は気づいた。属性を込めず、特定の編み方をすれば、注いだ魔力が半永久的に留まることに」



 瞬きが止まった。



 「これがその布」



 彼は更に、30センチ四方の布を取り出す。

 

 思考が働かない。



 「一部の地域に伝わる、民族布の編み方らしい」



 喉が詰まる。

 気づけば、腕に括った紐に触れていた。


 私が、見間違えるはずもない。

 

 ――その布は、あの村の祭壇にあったものと、同じ編み方だった。


 

 「これに、あんたの魔力を注いで欲しい」



 そこで彼は口を閉じた。

 彼の声だけが、妙に鮮明に届く。

 

 正面から、視線が刺さる。

 努めて自然に、震えを抑えて息を吐く。


 

 「これは――」



 ――私のものと、同じ。


 零れそうになった言葉を呑む。

 喉が渇いていた。



 「この糸は、白以外にも?」



 結局投げたのはそんな意味もないような問い。

 彼は当然の如く訝しげに見て、肯定した。



 「色は6つ。赤・青・緑・茶・黒・白。……魔法属性が関係してるんだろうが、その辺はよく分からない。ただ、属性に適応してるなら、これでいいだろ」


 「そうですね」



 私はおざなりにそう返し、置かれた布に手を伸ばす。

 視線を上げられない。

 何も、考えられなかった。

 

 手に取ったそれに、力を使う要領で魔力を注ぐ。


 はじめは何もなかった。

 数秒して僅かに光が生まれ、十数秒もすれば、布全体が白い光に包まれた――その瞬間。


 静寂が、腕を駆け上がった。

 手首で止まっていた境界が、音もなく上腕へと這い上がる。

 

 慌てて注ぐのを止め、布を置く。

 瞳が揺れているのが、自分でも分かった。

 冷や汗が、背中を伝う。


 これに力を注いだだけで――左肩までの、感覚が消えた。


 

 「これで、やっと……」



 彼の声に、意識を戻す。

 視線を向けた彼は、前のめりで目を輝かせていた。


 彼はそのまま布を取り、何やら作業を始めた。

 だが私に、それを気にする余裕はない。


 心臓がうるさい。


 たった一度で、ここまでの代償が伴う。

 ……止めるべきだ、協力を。

 

 だが、止めてどうする。

 各地を巡り、感覚を失い、それでも癒し続ける。

 なぜ私が、国に利用されなければならない。


 このまま力を使い続ければ、遅かれ早かれ、私の身体は壊れる。


 そもそもこの布はなんだ。

 この紐は、なんだ。

 誰が作った。

 私の紐に宿るのは、誰のものだ。

 

 彼の師匠は何者で、何なんだ――。


 目を強く閉じる。

 長く、深く、息を吐く。


 今、考えるべきことじゃない。

 今はそれじゃない。

 

 切り替えろ、思考を。

 自分に言い聞かせる。

 

 ゆっくりと、目を開いた。

 

 今考えるべきは、魔道具についてだ。

 

 開発に協力して、完成して、私が得られる利は何だ。損は何だ。

 

 利は魔物の被害が減ることによる、要請の減少。

 そして、国に対する聖女以外の価値の証明。

 

 損は私の身体の限界。

 いつ失われた感覚が戻らなくなるか分からない。

 もしかしたら、身体が動かなくなるかもしれない。


 ……利を取るべきだ。

 損は私の想像でしかない。


 そのために、私が今やるべきことは――。


 

 ――パリン。

 

 私の思考を切るように、乾いた破裂音が響いた。

 音の元に目を向ければ、目を見開いたノアと、その前に転がる水晶の破片。

 彼は呆然とするでもなく、顎下に手を当て、何やらブツブツと呟き出す。

 

 それを気にせず、声をかける。



 「設計図を、見せて頂けますか」


 

 私の言葉に、彼はゆっくりと振り向いた。



 「見てどうする」


 「完成する保証が欲しいのです」


 「見て分かるのか?」


 「いいえ」


 

 間髪をいれず否定すると、彼は訝しげに片眉を上げる。

 それを何も言わずに見返すと、「待ってろ」と言葉を残し、部屋から出て行った。

 

 その背を見送り、耳を澄ましたまま、口を開いた。

 僅かに、声量を上げて。



 「オスカー、ライ」



 私は背後の2人を呼ぶ。

 顔は向けない。

 

 足音はゆっくりと遠ざかっていく。



 「気づいていたかもしれませんが、私は聖の力を使う度、身体の一部の感覚をなくしています」



 淡々と、しかし声がよく通るように、話す。

 静まり返った室内。

 

 耳に入っていた足音が、止まった。



 「あー、まあ。気づいてたよ、さすがにな」


 

 そう言って頭を掻くオスカーと、その隣で静かにうなずくライの姿が目に浮かぶ。

 

 当然だ。

 隠しきるのは難しすぎる。

 彼らは優秀な騎士なのだから。



 「魔力は25歳で衰える。たとえ魔王が倒されても、決して魔物がいなくなるわけではありません。……この魔道具があれば――」


 「代わりにしようってか? あんたの」



 続く言葉は、オスカーに遮られる。



 「今だって、左腕の感覚ないだろ。1回補充しただけでこれだ。……あんたのことは、陛下から任されてんだ。許可できない」



 やはり、オスカーは王の回し者か。

 そこに驚きはない。

 はじめの彼の目は、聖女に向けるようなものじゃなかった。

 

 それに今は、どうでもいい。


 足音が近づく。



 「……俺が、なんとかする」



 ノアの声が、妙に部屋に響いた。

 上がりそうになる口角を抑える。

 顔を向ければ、入り口に立つ彼の姿があった。



 「力は欲しい。だがなにも、あの布じゃなきゃいけないわけじゃない。どっちみち水晶も耐えられなかった。別の動力の器を探す」



 彼は言葉を重ねる。

 先ほどまでの無口ぶりが嘘のようだ。


 だが、欲しいのはそれじゃない。


 立ち上がり、彼の元へと歩み寄る。


 

 「どれくらいかかりますか?」


 「おいっ」



 制止するオスカーの声をよそに、彼の目を見る。

 視線は逸らさない。

 

 彼の瞬きが増える。

 逡巡の後、彼は覚悟を決めたように、私を見据えて口を開いた。



 「魔王が討伐されるまでには、必ず仕上げる」



 真っ直ぐな視線と、交わる。

 

 私ははじめて、他人に自分の未来を賭けた。

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