30 正体
「勇者様の剣技をみたか!?」
「それなら剣士様だって負けてないさ!」
「魔法師様の魔法は凄かった! あんなものは見たことがない」
「聖女様の優しいことよ! あたしらにまで声をかけてくださって」
リーゼマッツ都市。
四天王討伐の熱気に包まれたその一角で、人々は口々に勇者一行の雄姿が語られていた。
しかし勝利の裏では、戦闘の痕が色濃く残っている。
四天王という統率者を失った魔物の暴走による被害は大きい。
戦った兵士や冒険者たちを癒し終わり、民衆の治療に移る。
私の治療が必要なほどの怪我を負った者たちだ。
大半は素直に感謝をくれる。
しかし、一部の民衆からは、まったく違う声が上がっていた。
「ティラミア様は身を挺して守ってくださったのに」
「癒しの聖女とは言うが、安全な場所で怪我を治すだけじゃないか」
口さがない者の声が耳を刺す。
戦う者たちから、そのような声が上がったことはない。
所詮は治療の有り難みが分からない人間の戯れ言だ。
憤るオスカーとライを制し、次の患者へと足を進めた。
ノアとの約束から、2週間の時が過ぎていた。
***
今一度地図を確認し、目の前の扉を叩く。
連日各地へ駆り出され、その左手の甲には何も伝わらない。
数秒おいて出てきたのは、ノアだった。
彼は扉を叩いたのが私だと分かると、僅かに目を見開く。
「時間が経ってしまって、ごめんなさい」
「……気にしなくていい。入ってくれ」
彼はそう言うと、身を引いて道を開けてくれた。
礼を言いながら中に入る。
「あんたらも来んの?」
オスカーたちへそう話す彼の声を背に、中を見回す。
狭い部屋だ。
ざっくばらんにおかれた鉱石や工具。
分解された魔道具など、素人目にはよく分からないものがほとんどだ。
「で、協力するんだよな」
「はい、そのつもりです」
彼は私の言葉にうなずき、奥へと続くカーテンをくぐる。
その背を見送り佇んでいると、彼はカーテンの隙間から顔を出し、手招いた。
僅かに呼吸が乱れる。
……なんだ、いまの。
胸に手を当てるが、特に異常はない。
気にしないことにしてカーテンをくぐり、真っ直ぐに伸びる廊下を横目に、左の部屋へ入る。
そこには四角いテーブルと、椅子が2脚。
部屋の中心におかれたそのテーブルには、掌サイズの水晶が置かれていた。
彼に促され、椅子に座る。
オスカーたちは私の背後に控えた。
対面に腰掛けたノアが、水晶を私に近づけ、話し出す。
「これが、イニーグだ。……要点だけ話す」
そうして彼が取り出したのは、束で括られた白い糸。
「これは魔紡糸。動力の元になる」
それは、上級ダンジョンで年に1、2回しか手に入らない、大変希少なものらしい。
「研究を進める中で、師匠は気づいた。属性を込めず、特定の編み方をすれば、注いだ魔力が半永久的に留まることに」
瞬きが止まった。
「これがその布」
彼は更に、30センチ四方の布を取り出す。
思考が働かない。
「一部の地域に伝わる、民族布の編み方らしい」
喉が詰まる。
気づけば、腕に括った紐に触れていた。
私が、見間違えるはずもない。
――その布は、あの村の祭壇にあったものと、同じ編み方だった。
「これに、あんたの魔力を注いで欲しい」
そこで彼は口を閉じた。
彼の声だけが、妙に鮮明に届く。
正面から、視線が刺さる。
努めて自然に、震えを抑えて息を吐く。
「これは――」
――私のものと、同じ。
零れそうになった言葉を呑む。
喉が渇いていた。
「この糸は、白以外にも?」
結局投げたのはそんな意味もないような問い。
彼は当然の如く訝しげに見て、肯定した。
「色は6つ。赤・青・緑・茶・黒・白。……魔法属性が関係してるんだろうが、その辺はよく分からない。ただ、属性に適応してるなら、これでいいだろ」
「そうですね」
私はおざなりにそう返し、置かれた布に手を伸ばす。
視線を上げられない。
何も、考えられなかった。
手に取ったそれに、力を使う要領で魔力を注ぐ。
はじめは何もなかった。
数秒して僅かに光が生まれ、十数秒もすれば、布全体が白い光に包まれた――その瞬間。
静寂が、腕を駆け上がった。
手首で止まっていた境界が、音もなく上腕へと這い上がる。
慌てて注ぐのを止め、布を置く。
瞳が揺れているのが、自分でも分かった。
冷や汗が、背中を伝う。
これに力を注いだだけで――左肩までの、感覚が消えた。
「これで、やっと……」
彼の声に、意識を戻す。
視線を向けた彼は、前のめりで目を輝かせていた。
彼はそのまま布を取り、何やら作業を始めた。
だが私に、それを気にする余裕はない。
心臓がうるさい。
たった一度で、ここまでの代償が伴う。
……止めるべきだ、協力を。
だが、止めてどうする。
各地を巡り、感覚を失い、それでも癒し続ける。
なぜ私が、国に利用されなければならない。
このまま力を使い続ければ、遅かれ早かれ、私の身体は壊れる。
そもそもこの布はなんだ。
この紐は、なんだ。
誰が作った。
私の紐に宿るのは、誰のものだ。
彼の師匠は何者で、何なんだ――。
目を強く閉じる。
長く、深く、息を吐く。
今、考えるべきことじゃない。
今はそれじゃない。
切り替えろ、思考を。
自分に言い聞かせる。
ゆっくりと、目を開いた。
今考えるべきは、魔道具についてだ。
開発に協力して、完成して、私が得られる利は何だ。損は何だ。
利は魔物の被害が減ることによる、要請の減少。
そして、国に対する聖女以外の価値の証明。
損は私の身体の限界。
いつ失われた感覚が戻らなくなるか分からない。
もしかしたら、身体が動かなくなるかもしれない。
……利を取るべきだ。
損は私の想像でしかない。
そのために、私が今やるべきことは――。
――パリン。
私の思考を切るように、乾いた破裂音が響いた。
音の元に目を向ければ、目を見開いたノアと、その前に転がる水晶の破片。
彼は呆然とするでもなく、顎下に手を当て、何やらブツブツと呟き出す。
それを気にせず、声をかける。
「設計図を、見せて頂けますか」
私の言葉に、彼はゆっくりと振り向いた。
「見てどうする」
「完成する保証が欲しいのです」
「見て分かるのか?」
「いいえ」
間髪をいれず否定すると、彼は訝しげに片眉を上げる。
それを何も言わずに見返すと、「待ってろ」と言葉を残し、部屋から出て行った。
その背を見送り、耳を澄ましたまま、口を開いた。
僅かに、声量を上げて。
「オスカー、ライ」
私は背後の2人を呼ぶ。
顔は向けない。
足音はゆっくりと遠ざかっていく。
「気づいていたかもしれませんが、私は聖の力を使う度、身体の一部の感覚をなくしています」
淡々と、しかし声がよく通るように、話す。
静まり返った室内。
耳に入っていた足音が、止まった。
「あー、まあ。気づいてたよ、さすがにな」
そう言って頭を掻くオスカーと、その隣で静かにうなずくライの姿が目に浮かぶ。
当然だ。
隠しきるのは難しすぎる。
彼らは優秀な騎士なのだから。
「魔力は25歳で衰える。たとえ魔王が倒されても、決して魔物がいなくなるわけではありません。……この魔道具があれば――」
「代わりにしようってか? あんたの」
続く言葉は、オスカーに遮られる。
「今だって、左腕の感覚ないだろ。1回補充しただけでこれだ。……あんたのことは、陛下から任されてんだ。許可できない」
やはり、オスカーは王の回し者か。
そこに驚きはない。
はじめの彼の目は、聖女に向けるようなものじゃなかった。
それに今は、どうでもいい。
足音が近づく。
「……俺が、なんとかする」
ノアの声が、妙に部屋に響いた。
上がりそうになる口角を抑える。
顔を向ければ、入り口に立つ彼の姿があった。
「力は欲しい。だがなにも、あの布じゃなきゃいけないわけじゃない。どっちみち水晶も耐えられなかった。別の動力の器を探す」
彼は言葉を重ねる。
先ほどまでの無口ぶりが嘘のようだ。
だが、欲しいのはそれじゃない。
立ち上がり、彼の元へと歩み寄る。
「どれくらいかかりますか?」
「おいっ」
制止するオスカーの声をよそに、彼の目を見る。
視線は逸らさない。
彼の瞬きが増える。
逡巡の後、彼は覚悟を決めたように、私を見据えて口を開いた。
「魔王が討伐されるまでには、必ず仕上げる」
真っ直ぐな視線と、交わる。
私ははじめて、他人に自分の未来を賭けた。




