29 邂逅
各地を巡ること数ヶ月。
見知らぬ街に降り立ち、怪我人を癒やし、また次の地へ向かう。
当初の予定は、もう意味をなしていない。
要請が来れば、行くしかない。
そんな日々が、いつの間にか当たり前になっていた。
魔潮が起こるのは、週に2、3回。
その忙しさにも、もう慣れてしまった。
きっと、勇者一行の方が長く眠れている。
そんななか、今日は初めての何もない日だった。
これから要請が届く可能性もあるが、少なくとも昼まで要請がない日は初めてだ。
ギリギリまで眠っていよう。
そんな久々の休みを奪ったのは、オスカーだった。
「折角だ。観光としゃれ込もうぜ? 聖女サマ」
オスカーは扉に寄り掛かり、親指で窓の外を指す。
その背後には、ライの姿もあった。
オスカーは、最近やけに絡んでくる。
その瞳には、もう冷たさは見られない。
一体どんな心境の変化があったのか。
彼は読みづらくて困る。
そんな誘いに、正当な断り文句は用意できず。
私は内心愚痴を零しながら、街へと繰り出した。
ここは、カラメリア都市。
その名前の響きは、どこか懐かしい。
鉱石や宝石が有名とあって、街の至る所で魔道具店や宝石店が見られる。
街並みはきらびやかで美しく、すれ違う住民たちにもどこか品がある。
オスカーはこの都市の中心街出身らしく、案内を買って出た。
彼の話を聞き流しながら、左手を緩く握り込む。
掌に当たる爪の感覚。
一時的になくなった腕の感覚は、肩の方から徐々に戻り、数日前にやっと、指先の感覚が戻ったところだ。
しっかりと休んでいれば、もう少し早かったのかもしれない。
私はこれを、赤い紐の代償だと思っている。
……それが一番、辻褄が合う。
学園で、私は紐を倉庫のようだと推測した。
しかしおそらく、それは違う。
確かに、紐に宿る力にも限りはあるだろう。
だがその前に限界が来るのは、私の身体の方だ。
私は元々、聖の力を持っていない。
そこへ無理やり力を流し込んでいるのだ。
感覚がなくなるなどの症状が出てもおかしくない。
一応の対策として思いつくのは、力を大規模に使わないこと。
ラザルによる半年の演習地獄では、指先の感覚が鈍くなる程度だった。
実戦演習で、数人に加護を付与した結界をかけた時も、なんともなかった。
強いて言えば、倦怠感があったくらい。
しかし、あの砦での大規模な結界。
あのとき、私の左腕の感覚は無くなった。
そこから推測するしかないが、どっちみち、正解など知る術はない。
正直、こんなに危うい代償があると分かった以上、早く聖女を退きたい。
欲を言えば、評価は落とさず地位もそのまま。
……他に地位を確立する方法を考えるか?
そのとき、ふと肩を叩かれる感覚に、後ろを振り向く。
「大丈夫?」
ライだった。
眉を下げ、上目遣いでこちらを見下ろしている。
「あー、悪かったな」
がさつに頭をかきながら、オスカーはそう零す。
「疲れてるだろうに連れ出しちまって……あっ、じゃあ詫びとしてそこの店で何か買ってやるよ」
「……隊長サイテー」
じゃれ始めた2人をよそに、オスカーが指さした店に目を向ける。
看板には『鉱石専門店エルツ~アクセサリー売ってます~』という文字。
「あそこの親父は腕が良いんだ。鉱石の質もいい。商業ギルドの連中も出入りしてる」
そう話すオスカーに目を向け、再び店に視線を戻すと、店に入っていく人影があった。
紺の髪を短く乱雑に括った、目の下のほくろが印象的な青年と、薄紫の髪をした、青年と同じくらいの年の女性との2人組。
「そうですね。折角ですし、行ってみてもいいですか? 私からもこれまでのお礼に、お二人に何かプレゼントさせてください」
言葉と共に笑顔を向ける。
実際、2人には何度も助けられた。
それが彼らの役目とは言え、ぜひ今後もやる気を出して頑張ってもらいたい。
これはその“報酬”兼“前払い”のようなものだ。
まあ、王からよこされた彼らに、信頼なんてものは微塵もないが。
店内に入ると、こじんまりとした空間が広がっている。
客は先ほどの男女しか居らず、店員の姿も見えない。
カウンターから地続きになったショーケースには、色とりどりの鉱石が入れられている。
店内右側にはアクセサリー棚が置かれ、イヤリングからブレスレットまで、種類は様々だ。
カウンターにいる男女を横目に、アクセサリーの方へ足を進める。
話し込む彼らは、こちらに気づく様子もない。
「今日テーブルに置いた手紙見た?」
「いや」
オスカーがイヤリングを手に取り、私に合わせる。
私が顔を向けると、首を傾げてから元に戻した。
「やっぱり……商業ギルドからだったよ。部門長のスカウトじゃない?」
「興味ねえ」
「どうしてよ? お師匠さんもそうだったじゃん」
私も目についた紐型のブレスレットを手に取った。
「俺は魔道具製作で忙しい」
青色のそれを、ライに合わせる。
「まだやってるの? お師匠さんの悲願も良いけど、そもそもあれ、作るの無理じゃん。聖の力が必要なんでしょ? どこの神官が協力してくれるのよ」
「神官じゃダメだ。聖女くらいじゃないと」
ブレスレットを持った手が、僅かに止まる。
オスカーたちも2人に視線を向けたが、何事もなかったかのように物色を続けた。
「なおさら無理じゃない! ……無理して作らなくても、ノアがすごいのは、みんな知ってるよ?」
「あれが完成すれば、魔物はいなくなる。……師匠の作品を世に出すのは、弟子として当然だ。俺の評価はどうでもいい」
そこへ、店員が戻ってくる。
彼らは事前に頼んでいた鉱石を取りに来たらしい。
店を出ようとする彼らを横目に、私は手に取ったブレスレットを戻した。
「お待ちください」
気づけば、声をかけていた。
オスカーたちの視線を感じる。
こんな突発的な行動、私らしくない。
それでもなぜか、身体が動いてしまった。
「そのお話、詳しく聞かせていただけないでしょうか」
2人の内、女性の方が目を丸くする。
男性の表情は変わらない。
「癒しの、聖女様……?」
女性がポツリと言葉を漏らす。
癒しの?
そんな渾名がついていたのか。
そんな女性にチラリと視線をやった男性は、私の方を見据える。
「あんた、聖女なのか」
不遜な物言いに、女性がギョッとした表情で止めに入る。
オスカーたちが動こうとする気配を、視線をやって制した。
「はい、そうです」
「……ノア・マイラン。魔道具師をしてる」
彼はそこで口を閉じる。
その視線に促されるように、こちらも名前を名乗った。
「私はセラ・ヴェイルンと申します」
「あんたが俺の開発に協力してくれるなら、話してやる」
随分と傲慢な物言いだ。
だがおそらく、彼にとっては賭けに近い。
額に滲む汗と、僅かに上下する喉仏が、その証拠。
「……後悔は、させない」
その言葉に、私は意図して表情を緩めた。
ギルドからスカウトが来るほどの実力。
女性の、周りが実力を認めているという発言。
なにより、魔物がいなくなるという魔道具。
この船に乗っても、損はない。
……いや、違うか。
そんな大層な理由はない。
だが、なぜか確信に近いものがあった。
“彼を選ぶべき”だと、そう思った。
「分かりました。できる限り、全力でご協力いたします」
私の言葉に、彼はほっと肩の力を抜く。
「よろしく頼む」
彼は言葉と共に、手を差し出す。
それをゆっくりと握り返し、同じ言葉を返した。
胸の奥で揺れる何かを、笑みを深めて誤魔化した。
***
その後。
一連の流れを見ていたらしい店の店主が、店の奥の空間を貸してくれた。
小さな机を挟み、彼と対面に座る。
椅子は2つずつしかないため、ライは立ったままだ。
「で、聖女サマは一体どうしたんです? らしくないでしょ、突然話しかけるなんて。まさか、一目惚れとか?」
オスカーが茶化すように言う。
向けられたその目は、探るようにこちらを見ていた。
話は聞いていたはずなのに、一体何を探っているのか。
溜息と共に首を振り、彼――ノアを見つめて口を開く。
「“魔物がいなくなる”……そんな魔道具があれば、今よりずっと被害者が減ります。苦しむ人が減ります」
ついでに、私の負担も減る。
「……浄化魔道具『イニーグ』。設計は、俺の師匠がやった。師匠が死んだあと、俺が開発を引き継いだ」
浄化魔道具。
それが名前通りの性能だとすれば、確かに魔物の発生は減らすことができるかもしれない。
彼の師匠が完成させられなかった理由も予想がつく。
魔道具は大抵、魔力か属性、もしくはその両方を込めた鉱石を動力として動く。
つまり、浄化の効果が欲しければ、聖の力の篭もった鉱石が必要なわけだ。
「大枠は完成してる。だが、動力がない。聖女級の聖の力が必要なんだ」
今までは、聖女は1人。
魔王討伐の旅が終われば庶民には手が届かず、かといって旅の途中で協力を仰ぐのはまず不可能。
どうにか接触の機会を窺おうにも、魔力の最盛期という問題もある。
彼の師匠がそれを完成させることは、机上の空論だったのだろう。
だが、聖女級の聖の力、か。
無意識に左手の指先に爪を立てた。
そこから彼が話したのは、魔道具の詳しい構造について。
それを専門としていない私たちには、何が何やらさっぱりだ。
とりあえず、その魔道具は特殊で、動力を鉱石に頼らない、ということは分かった。
一般的な鉱石では効果が持続しないとかなんとか……。
そうして日が落ち始めた頃。
ようやく解散する運びとなった。
「俺はヌガートフィアの中心街の外れに工房を持ってる。そこへ来てくれ」
彼は言葉と共に、即席の地図を渡す。
ヌガートフィアといえば、職人文化が有名な都市だ。
数回前の要請で訪れたが、どこもかしこもマーブル色の土をしていて、どうにも不思議な場所だったのを覚えている。
彼らと別れ、宿に向かう途中。
受け取った地図に視線を落とす。
どうせ力に限りがあるなら、これに賭けてもいいかもしれない。
彼の発明が成功すれば、国にとって偉大な功績になるだろう。
少なくとも、彼の言うような魔道具の話は聞いたことがない。
それに協力し、王との繋ぎを果たせば……。
……保険にはちょうどいいかもしれない。
唯一の懸念は、動力に必要な力の量だが、一度試してから判断すればいいだろう。
ふと、僅かに心臓が跳ねる。
どこかいつもと違うその微かなざわめきに、1人首を傾げた。




