表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/40

28 危機

 ゲートを潜った先の景色は、ほとんど変わらない。


 だが、上から響く騒音が鼓膜を刺激する。


 目覚めた兵士はトムと名乗った。

 彼を先頭に、地上への階段を駆け上がる。

 

 その先の扉を開けると、一気に違う空気が流れこむ。

 それと同時に、あらゆる音が鮮明になる。

 

 魔物の咆哮。

 兵士の怒号と悲鳴。

 

 門壁を叩く振動で、地面は絶えず揺れていた。

 

 

 「こちらです! あのテントに、怪我人がッ!」


 

 埃と鉄の匂いがする。

 

 トムが指さした方に目を向ければ、血にまみれた兵士が、仲間に運ばれていくのが見えた。

 

 そちらへ走る彼に続こうとして、ふと、足を止める。


 

 「聖女様!? お早く!」


 

 振り向いたトムが声を上げる。

 オスカーとライも、こちらを見ていた。


 でも、ダメだ。

 

 やけに冴えた頭は、今やるべきことを弾き出す。

 

 

 「まずは、魔物をどうにかしなければいけません。……指揮官の元へ、案内してください」


 

 私の言葉に、彼らは目を見開く。

 そのなかで、オスカーだけは、僅かに眉を上げていた。


 ……私だって、後方に行きたい。


 だが辺りには、今にも門壁を突き破らんとするほどの音が響いている。

 人間の声よりも、魔物の声の方が多い。

 ここも、いつまで持つか分からない。


 ここが陥落すれば、私たちは終わりだ。

 

 渋々と言った風に歩き出すトムを追う。

 

 私の身の安全と立場。

 どちらも守れる策が、ひとつだけ。


 最善ではない。

 だが、これよりマシな手も、思い浮かばなかった。

 


 

 トムに案内されて辿り着いたのは、門上部の見張り部分。

 そこには、指示を出しながら魔法を放つ青年がいた。

 

 目に痛いほどの金髪に、青い目。

 既視感のある色彩に、やっぱりかと、得心した。


 

 「ルドルフ様!」


 

 トムが呼びかけると、青年はバッとこちらに振り向いた。

 私を視界に留め、目を細める。


 一歩、彼に歩み寄る。

 彼が口を開く前に、言葉を投げた。

 

 

 「結界を張ります。魔物を出来るだけ一箇所に集めてください」



 一瞬の沈黙。

 それを破ったのは、オスカーだった。

 

 

 「……なるほど? 攻撃を集中させて上から叩くのか」


 

 彼は小首を傾げながら言う。

 それにうなずきを返すと、ハッとしたような視線が集中する。

 同時に、トムから唖然としたような目が向けられる。

 

 

 「門壁には、魔道具で結界が張られていますよね? 私がその上に結界を施し、補強します」


 

 元々、防衛拠点の胸壁となる部分には、魔道具で結界が張られているはずだ。

 だが、それの耐久値はそれほど高くない。


 だから、私がそれを補強する。

 砦全体に結界を張れるほど、私の力は便利じゃない。

 でも、箇所を絞ればなんとかなる。


 その間、彼らに加護や結界を施すことは出来ないが……頑張って貰うしかない。



 「確かに、それなら……」


 

 ルドルフと呼ばれた彼は、胸元の赤いブローチを握り、呟く。

 

 彼らは砦を守りながら戦っていたのだ。

 それがなくなれば、多少は状況も変わるだろう。


 やがて彼は、まっすぐにこちらを見据えて、うなずいた。


 

 「やろう」


 

 彼はそのまま兵士たちへと指示を出す。

 遠距離攻撃を持つ者は歩廊に集まるように、と。

 

 

 「き、危険です。ルドルフ様! それを使うのはここでも良いじゃないですか! それに、囮なら俺が!」



 トムが声を上げる。

 

 指揮官に渡される赤く濁ったブローチ。

 魔力を流すことで魔物を引き寄せるそれは――引き寄せの石と呼ばれている。


 トムが私に、信じられないものを見るかのような視線を向けたのも当然だ。

 

 私ははじめから、指揮官である彼に、囮になれと言っているのだから。

 


 「ダメだ」



 彼はトムの言葉に短く返し、視線を下に向ける。

 その先では、今も兵士たちが戦っている。


 彼は視線を戻し、トムに向き直った。

 その瞳に、迷いはない。

 

 

 「これは私が父上から託されたもの。……私の役目だ」


 

 彼の言葉に、トムは拳を握り締める。

 その肩を、オスカーが軽く叩いた。



 「俺に遠距離手段はないんでな。……俺も行く。ライ、聖女サマを頼んだぞ」



 オスカーはそう言って、彼に続いて下へと降りていく。

 止める暇もなかった。

 

 慌てて振り向き、彼らの背に言葉を投げる。

 

 

 「ご武運を」


 

 ***



 ――パキリ。


 結界が音を立てる。

 またひびが入った。


 魔道具の結界は、もうほとんど意味をなさない。

 私の結界が命だ。


 すぐさま修復し、結界の維持を続ける。

 頭痛がひどい。


 あれから、どれくらい経った。

 周囲は既に闇に包まれ、光源は門壁に埋め込まれた魔道具の僅かな光のみ。



 「矢が切れたぞ!」


 「なんでもいい! とにかく投げろ!」


 「魔力も限界だ!」


 「補充鉱石は!?」


 「もうとっくに切れてるよ!」



 歩廊にいる兵士たちからは常に怒号が響く。

 

 

 「まだ持つ?」


 

 ライが魔法を放つ合間に問う。


 

 「……もちろんです」


 

 そう言いながら、左手で補充鉱石を握り、魔力を補充しようとして――。

 掌からこぼれ落ちた鉱石が、コツンと音を立てた。

 


 「聖女様?」


 

 ライの声に、意識を割けない。


 左手の感覚が――ない。


 ゾッと、背筋が凍る。

 

 手首から下。

 動かすことは出来る。

 

 だが、どんなに強く握り込んでも。

 爪を肌に立てても。


 何も、感じない。

 

 触っている、はずなのに。

 痛みが、あるはずなのに。

 

 呼吸が浅くなる。


 そのとき、パキリという音が鼓膜を揺らした。

 

 一瞬で音が戻り、ハッと顔を上げる。

 隣から、ライの視線を感じた。


 

 「……なんでもありません」


 

 辛うじて彼の言葉に返しながら、右手で鉱石を拾い、結界を修復する。


 ぼやける視界は、強い瞬きで誤魔化した。


 

 ***


 

 魔物の波が途切れたのは、それから1日後の夜だった。


 歩廊を見れば、疲労で倒れ込む兵士たちが、折り重なるように転がっている。

 私も見張り部分から降りようとして、グラリと身体が揺れた。


 

 「大丈夫?」


 

 ライがそんな私を受け止める。

 差し出された手を掴み、再び足を動かした。

 足元がフワフワして、覚束ない。


 なんとか降りきると、そのまま怪我人のテントへ向かう。


 そこには数え切れないほどの兵士たちで埋め尽くされていた。

 数人の女性たちが動き回り、簡単な治療を施している。


 ライの手から離れ、声をかける。

 

 彼女たちは、私を見て驚きを見せた後、すぐさま近くの椅子を勧めてくれた。

 

 このテントの癒し手は、村の女性たちが担っているらしい。

 男だけに任せていられない、と。

 逞しい女性たちだ。


 頭が重いのを無視して、立ち上がる。


 止めに入るライと女性たちの声を聞き流し、重傷者から治療に当たる。

 いつもより光が弱い。


 私だって、やりたくない。

 もう眠ってしまいたい。


 でも、ここで休んだら、それは“私”じゃない。


 その意思だけで動き続けた。

 左腕の感覚は、もうなかった。

 

 

 ***



 「ありがとう……ありがとうッ」


 

 私の手を掴み、泣き崩れるのは、ルドルフ・インガーライン。

 その姿に、砦での勇敢さは見る影もない。


 ベッドで静かに眠る初老の男性に目を移す。

 

 彼はインガーライン侯爵家の当主。

 ルドルフの父親だった。



 あのあと、魔潮が一時的な収まりを見せたことを確認し、私は侯爵家へと招待された。


 ルドルフに急かされるように屋敷に上がり、通された部屋にいたのが、荒い呼吸を零す当主の姿だった。

 

 彼は第一砦の指揮の際、魔物の攻撃を受けたらしい。

 それによって、戦線を離脱。

 代わりの指揮役としてルドルフが駆けつけたときには、第一砦は壊滅状態だったと。


 

 「砦があの状態で、神官の元にもいけなかった」


 

 ルドルフはそう口にすると、僅かに唇を噛んだ。

 彼に頼まれ、周りにメイドやオスカーたちがいる中、断れるはずもなく。

 私は疲労状態のまま、当主の傷を癒したのだ。



 私の左手を取ったまま泣き続けるルドルフ。

 取られたその手からは、相変わらず何も伝わらない。


 窓の外には、嫌味なほど綺麗な月が輝いている。


 瞼が重い。

 頭が重い。

 身体が重い。


 私の腕は、どうなった。

 

 早く休ませてくれ。

 1人にしてくれ。


 そればかりが浮かぶ。


 すると、突然。

 部屋の扉が勢いよく開かれた。


 目を向けるより先に襲う、ドンという衝撃。

 それを感じるのと同時に、床に身体を打ち付けた。


 肺から空気が押し出される。


 

 「オフェリア!?」


 

 ルドルフが声を上げると同時に、オスカーが私の上から彼女をどける。

 

 遅い。

 喉に出かかった悪態を飲み込み、身体を起こす。

 

 そのまま、オフェリアの方へと視線を向けた。


 

 「セ、セラ。……あり、がとう。お父様を、お兄様を……民を、助けてくれて。ありがとう」


 

 顔中を湿らせ、くしゃくしゃにしながら、彼女は泣いていた。

 私は無言で立ち上がり、彼女にハンカチを差し出す。


 

 「私は、私の出来ることをやっただけですから」


 

 抱きついてくる彼女をそのままに、小さく息をつく。


 

 ――なんでも良いから、早く休ませてくれ。


 

 胸に抱いたその言葉は、誰にも気づかれることはなかった。

 

 

 ***



 侯爵家に泊めてもらい、迎えた次の日。


 メイドに叩き起こされた私は、再び第二砦へと戻って来ていた。

 身体の疲労は取れていない。


 背後に立つオスカーからも、あくびを零す声が聞こえた。

 先導するルドルフに、それを気にした様子はない。

 よほど社交が苦手らしい。

 

 

 「見てくれ」


 

 歩廊に登って足を止めたルドルフは、言葉と共に下を指さす。

 その先を辿ると、あるのは宙に留まる黒い靄。


 

 「黒溜まりだ。まだ小さいが、明日になれば更に大きくなる」


 

 そこで言葉を切ったルドルフは、こちらに向き直る。

 

 続く言葉は想像に難くない。

 心底聞きたくない。

 

 しかしそんな私にはお構いなしに、彼は話す。


 

 「四天王が誕生したのは知っているだろう。……こんなもので終わるはずがない。襲撃の波が途切れているうちに、第一砦を立て直すつもりだ。聖女セラ……あなたに、その道中の浄化を頼みたい」


 

 オスカーに視線をやる。


 

 「俺は良いですよ? 聖女サマ」


 

 肩を竦めて言う彼の隣でライも同意するようにうなずいた。


 断れよ。

 お願いだから。

 やる気をみせる彼らに、内心毒を吐く。

 

 こうなってしまっては、私にはもう拒否権はない。


 

 「……わかりました。微力なが――」


 「聖女様!」


 

 言葉の途中で、私を呼ぶ声が被る。

 そちらに目を向ければ、巻物を持った兵士が、こちらへ駆け寄ってくる。

 

 

 「こちら、至急の伝令ということでお持ちいたしました」


 

 渡された巻物を開く。

 そこには、元々行くはずだった領からの要請が記されていた。

 それと共に巻かれていたスクロールが、ヒラリと落ちる。


 ……これなら、仕方がないな?


 

 「申し訳ありません。他にも、助けを待つ方がいるようです。浄化はこの砦周辺のみになってしまいますが……」


 

 窺うようにルドルフを見る。

 僅かに肩を落としながら、彼は了承を示した。


 オスカーたちに視線を送り、歩廊を後にする。

 足が少しだけ軽くなった気がした。

 

 

 しかしそんな気持ちも、数十分かけて浄化を済ませる頃には消えていた。


 考えてみれば、行く先にあるのは休憩ではない。

 力を酷使する場所が変わるだけだ。

 

 こんなことが続くのかと、溜息を零す。

 

 重い身体のまま、ゲートに向かった。

 起動したゲートを前に、この先がここよりもマシなことを祈る。


 頬を撫でた生ぬるい風が、答えを教えていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ