26 【閑話】ラザル・クイン:最後の報告会
場所は王城、国王執務室。
「ラザル・クイン。陛下のご下命により、参上いたしました」
ソファに腰掛ける陛下と、その横に座る宰相。
部屋の前後に控える護衛たちに囲まれ、俺は恭しい口上を述べた。
「よく来てくれた。……毎度そう固くなるな。其方は弟の友人だ」
「い、いえ。そう言うわけには」
より深く頭を下げる。
脳裏に浮かぶのは、陛下と同じ金髪の旧友。
その旧友の胸ぐらを、脳内で容赦なく揺さぶった。
まったく、余計なことをしてくれた。
……陛下は間違いなく賢王だ。
その手腕と才覚は本物。
彼ほど頼もしい王はいまい。
だが、実際に対峙するとなれば話は別だ。
陛下に促され、対面のソファに腰掛ける。
張り付いた唾液を呑むと、喉がゴクリとうるさく鳴いた。
「それで、聖女たちの様子はどうだ」
2人の聖女。
彼女らの学園入学と共に命じられた監視任務。
その報告会も、これで最後になるだろう。
「特に変わりはなく……です」
視線を彷徨かせながら応える。
元々の気質もあるが、陛下と目を合わせるのは、どうにも苦手だった。
「それでは分からないでしょう。詳しく話してください。まずはティラミア・ノエルからです」
宰相に鋭く睨まれ、思わず首を竦ませる。
「か、変わった様子がないんです。彼女は1年からずっといい子ちゃんだし、力の習得や診療所での様子は、前回お話ししましたし……。強いて言えば、ペンダントに何かありそうってくらいで……」
彼女が“何か”を隠しているのは、すぐに分かった。
表情も、仕草も。
彼女はとても読みやすい。
何かある度にペンダントに触れているのを見れば、それが“何か”の正体だと思うのは当然だ。
縋るように触れていればなおのこと。
前回それを報告して、彼女なら放置しても問題ないだろうとの結論に至った。
彼女はバカではないが、鋭いわけでもない。
加えて、どちらかといえば、単純な人間だ。
結果、彼女に近づく人間を見極めれば、“何か”を暴く必要もないだろうと。
「はあ、なるほど。ではセラ・ヴェイルンはどうです?」
その言葉に浮かぶのは、特徴的なあの白い髪と赤い目。
彼女の監視は、ティラミアと比べ少し特殊だった。
――陛下が、“何か”を感じた。
任務を言い渡されたとき、それを聞いて驚いた。
“何か”を感じた、という部分ではなく、陛下が“何か”見抜けなかったことに。
そして、俺を推薦したフォルクフリートの判断も、悔しいが納得せざるを得なかった。
講師として潜入でき、警戒され過ぎず、かといって懐かれることもない。
懐柔の心配がなく、有能で、観察眼に優れた人間。
そうして選ばれたのが、俺だった。
しかも、俺の所属する魔道塔は、王家からの寄付で成り立っている。
実質、王家直属のようなものだ。
俺はまさに、お誂え向きの人材だったわけだ。
「変わりは、ないですけど……」
「けど、なんです?」
「やっぱり、相当の合理主義……だと思います」
これも、前回話したこと。
彼女の様子を見ていれば分かる。
訓練の進め方も、診療所での治療も、生徒と挨拶を交わすときでさえ、ほとんど無駄がない。
そんな合理主義者が、果たして「みんなを助けたい」と言う理由だけで動くだろうか。
聖女になったのには、他に理由があるのでは?
その目的を探った結果の報告会が、今日だった。
「目的はわかったか」
陛下が問う。
それに応えようとして、開きかけた口を閉じた。
彼女の行動理念はおそらく、聖女の地位、だと思う。
これも確証はないが、当たらずとも遠からず、と言ったところだろう。
地位、大変結構だ。
それ自体はまったく悪いことじゃない。
陛下に話しても、何ら問題ない。
だが、彼女には地位を求める先に、何か別の目的があるのでは?
陛下なら、それを伝えただけで、その先にあるものまで見抜いてしまうのでは?
そんな推測が浮かんだから、迷いが出た。
別に、彼女を庇いたいわけではない。
でも誰だって、魔王の前に引っ張り出して、その場に置いて逃げることになったら、罪悪感くらい感じるだろう。
彼女の目的はきっと、国にとって悪いことじゃない。
そう思えてしまうのは、計算ずくだとしても、力の限り重傷者を助ける姿を見たからだ。
始めは誰しも、重傷者の前で吐き、時には暴言が出ることもある。
ティラミアでさえ、始めは使い物にならなかった。
そんななか、彼女はやりきった。
患者に笑顔さえみせた。
そんな様子を見てきたから、なんとなく。
そうこれは、ただのよくある気まぐれだ。
「わ、分かりません」
膝の上で手を握る。
爪が食い込んで痛かった。
しかし、覚悟していたような追求はなく、陛下はカラリと話題を変えた。
「なら、実力の方はどうだ?」
「え、えっと。ティラミアより威力は劣りますが、器用というか。精密な調整は上です、かね?」
流されるままに話すと、陛下は笑みを深めた。
「そうか、それは結構なことだな。……ヴィル、計画はもう1つの方にしよう」
陛下は宰相の方を向き、そう言った。
一体、何のことだ。
「わかりました。……ですが、よろしいのですか? 聖女への負担が大きくなりますが」
「その調整はオスカーに任せる。いいな、オスカー」
陛下の言葉に、壁際にいた騎士が一歩踏み出す。
逆光を抜けて見えた姿に、目を見張った。
「もちろんです陛下。お任せを」
前王宮騎士団団長、オスカー・ドルンロイト。
隻腕になってからも、いまだ最強の呼び声高い騎士だ。
だがコイツは、赤目嫌いで有名だったはず。
「あ、あの……」
オスカーをチラチラと見ながら声を上げる。
それに気づいた宰相が、説明を付け足した。
「ああ、すみません。あなたにはお話していなかったんでしたね。まあ簡潔に言うと、各地を順々に巡るのは止めて、各地からの要請にしたがって動いてもらおう、ということです」
「えっ」
それって、相当キツくないか。
聖女の助けを必要としている場所なんてごまんとある。
それを“要請に従って”なんてことにすれば、休む暇もないのはすぐに予想が付く。
陛下は一体、何がしたいんだ。
彼女を潰したいのか……?
「違うな」
陛下の声に顔を上げる。
心を読んだかのようなタイミングに、息が詰まった。
「彼女は敵じゃない。それは分かっている。だが、彼女は優秀だ。……国の均衡を壊されては困る」
均衡?
その単語が頭に回る。
彼女が均衡を崩すとでも言うのか?
一体、どうやって。
固まる俺をよそに、陛下は徐に指を立てる。
「例を出そうか。例えば――魔王が生まれなくなる魔道具。そんなものを彼女が作ったら、どうなる」
「……あ、あり得ません。そもそも、彼女にはそんな技術も、知識もないはず!」
掠れ出た声に、段々と熱が入る。
俺でもそんな魔道具は作れない。
魔王誕生の仕組みが分からないからだ。
それを、あんな小娘が?
「落ち着け。例えだ。まあ、それを作る可能性はまずないだろうな。俺の勘だが」
陛下の言葉に息をつく。
そうだ。
ただの例え話。
熱くなりすぎだ。
「それに近いことはやりそうな気がするんだがなぁ」
「それも勘ですか」
「まあな。……周辺諸国との関係が崩れるからな。そうなっては面倒だ。出来れば、外れて欲しいものだ」
陛下は肩を竦めて言う。
陛下の勘はよく当たるが……今回ばかりはあり得ない。
“魔王が生まれなくなる魔道具”。
それに匹敵するものを、彼女が発明するとでも?
もしもそんなことが起これば、天才ラザルの呼び声が泣く。
「さて。3年間ご苦労だった、ラザル」
一呼吸と共に空気を変えた陛下が、俺の目を見据えて言った。
咄嗟に目を逸らし、小さく礼を返す。
「ヴィル」
「はい。こちら、ワープスクロール『ルネーンロレ』の使用許可証です。使用者は魔道塔のものに限定されますので、くれぐれも流出させないように。3年間事故がなければ、正式に開発を受理します」
宰相に差し出されたそれは、監視を務めることへの交換条件。
俺が発明したルネーンロレの使用許可と、開発登録。
夢にまで見たそれに、自分の心が一気に沸き立つのが分かった。
今すぐにでも、魔道塔の奴らに配りたい。
そしてデータが欲しい。
身体が勝手にソワソワと動き出す。
それにクスリと笑みを零した陛下が、口を開いた。
「今日はもういいぞ。よくやった」
その言葉に、すぐさま立ち上がり、辛うじて礼を取ってから懐のルネーンロレで自室へ飛ぶ。
一瞬の間に景色が変わる。
手を握ったり開いたりして、使用後の身体を確認する。
問題なし。
ポケットに入れっぱなしだったメモにそう書き綴り、扉に向かおうとして、机に置かれた赤い宝石が目に入った。
引き寄せられるようにそれを持ち、光に翳す。
レッドスピネル。
その輝きに思い出すのは、赤い瞳のあの聖女。
彼女のことは、好きでも嫌いでもない。
ただなんとなく、視界に映ることが多いだけ。
つられて先ほどの陛下たちを思い出し、重い溜息が漏れた。




