25 【令嬢視点】オフェリア・インガーライン:在り方
勇者一行の任命式。
謁見の間で行われた式典を、貴族席から見ていた。
勇者カイゼル様には、勇者の剣を。
聖女ティラミアには、聖杖を。
剣士レオンには、国一番の名工の盾を。
魔法師ゼオリスには、国一番の鉱石で出来たロッドを。
陛下直々に手渡される。
本来、この式に出席するはずのお父様とお兄様は、領地で魔物の対策に追われている。
元々、我が領は魔物が多いが、今回はどうにも嫌な予感が拭えなかった。
自然と俯く視界を上げ、目に入るのは、ティラミアを優しく見つめるカイゼル様の姿。
貴族として、式を見ないわけにはいかない。
分かっていても、胸がチクリと痛む。
それでも、その痛みは以前よりもずっと薄れていた。
***
カイゼル様は、幼い頃から努力を欠かさない方だった。
そして、その姿を頑なに隠す方でもあった。
身分が釣り合うからと、彼の婚約者候補となったとき、飛び跳ねるほど嬉しかった。
だってカイゼル様はとてもかっこよくて、いつも飾らない褒め言葉をくださったから。
勇者になれる年代と重なるから、正式な婚約者にはなれなかったけれど、それでも構わなかった。
待つつもりだった。
カイゼル様が勇者になって、魔王を討伐する、その日まで。
学園に入学する年になっても、それは変わらなかった。
それでもセラを見たとき、少しだけ焦りが生まれた。
彼女ほど綺麗で、謙虚な人は、初めてだったから。
聖女という立場なら、カイゼル様とも釣り合いが取れる。
初めに声をかけたときは、粗を見せてくれないかと、そんな悪いことも思っていた。
でも彼女は、完璧に対応して見せた。
何より、彼女の貴族文化を学んで理解しようとする姿勢に、好感を覚えるのはすぐだった。
そんな彼女に対して、私はティラミアを、どうしても好きになれなかった。
悪い人じゃないことは、分かっていた。
それでも、話し声や歩く姿勢、食べる仕草に、優雅さはなかった。
同じ環境にいたはずのセラは、あんなにも優雅なのに。
それでも決して、嫌ってはいなかった。
彼女は明るくて、周りを笑顔にするのが上手だったから。
多少の粗は見逃されるのも、納得できた。
しかし、それが覆ったのは、すぐだった。
ある日。
私は珍しく、ヘルデンス科に足を運んでいた。
今となっては、理由はよく覚えていない。
廊下を歩く中で、ふと聞こえたカイゼル様の笑い声に、足を止めた。
彼が、声が響くほど笑うのは珍しい。
きっと相手はセドリック様だろう。
そう思って、声のする方に足を進めた。
そして見えた光景に、私は咄嗟に、柱に身を隠した。
相手はティラミアだった。
セドリック様もいない。
完全にふたりきり。
そっと覗いた先で、カイゼル様は屈託のない満面の笑みを浮かべていた。
あんな笑顔、見たことない。
いつもは、穏やかに微笑むのに。
それが、彼の笑い方だと、思っていたのに。
気づけばその場から逃げ出していた。
自室で呆然と天蓋を眺めて。
私が抱いたのは、ティラミアへのどうしようもなく強い感情だった。
次の日。
友人らしき令嬢と話す、彼女の姿があった。
それを視界に入れた途端、言葉が漏れていた。
「あんなに大口を開けて……はしたない」
思いのほか大きく出た声は、彼女の元まで届いた。
私の左右に立つ友人から、驚いたような視線が刺さる。
彼女が振り返る。
もう、取り消すことは出来なくて、少し顎を上げて、見下ろした。
「ご、ごめんね? これからは気をつける!」
彼女は笑顔でそう返す。
そう。
彼女はこういう人。
彼女はいつも通り、返しただけ。
それが私には、どうしようもなく癇に障った。
それからだった。
「声が大きい」
「姿勢が悪い」
「食べ方が汚い」
そんな、ケチを付けるようになったのは。
口に出す度、胸がざらついた。
しかしそれも、友人たちが同じように彼女に接するようになれば、感じなくなった。
気づいたときには、どうして彼女に突っかかるのか、よく分からなくなっていた。
それでも考えるのは、カイゼル様と彼女のことばかり。
どうして、彼女なの。
どうして、私ではいけないの。
あの子の、何がそんなに……。
そんな思考ばかりが巡って、浮かんだのは、あの白い髪。
どうせなら。
どうせなら、セラのような子なら。
彼女ならまだ、納得できたのに。
そんな日々が続いて、学園生活も終わりに差し掛かった頃。
久しぶりに、セラと話す機会があった。
ティラミアに突っかかるようになってから、なんとなく顔を合わせづらくて、避けていたから。
話の内容は、覚えていない。
それでも、ふと彼女がくれた言葉は、鮮明に覚えている。
「オフェリアは、気高くて優しいから。だから人が集まって、あなたを慕うんでしょうね」
誰よりも気高く優しい彼女が、私に、そう言った。
『オフェリアは、気高くて優しいから』
それは以前、カイゼル様にもらった言葉と、同じだった。
つられるように、思いが巡る。
可愛い。
美しい。
カイゼル様からのその言葉を、素直に受け取れなくなったのは。
他人にも言っているのだと、嫉妬が勝るようになったのは、いつからだろう。
カイゼル様と、最後にふたりきりで話したのは、いつだろう。
今の私は、“気高い”かしら。
“優しい”かしら。
目の前の2人に意識を戻す。
カイゼル様への想いが、完全になくなったわけではない。
ティラミアへの感情が、消えたわけじゃない。
それでも。
彼らの門出を見届けるくらいは、できる。
***
卒業パーティーの日。
ドレスに着替えた私の元に、手紙が届いた。
侍女から渡されたそれを開く。
送り主は、お兄様だった。
そこに書かれていたのは、私の卒業を祝う言葉。
思わず口角が上がる。
しかし、読み進めていった先。
そこには、領地に四天王が出現したことが書かれていた。
一瞬、時が止まる。
その部分の文字は荒れていて、お兄様らしくない。
それが、内容の真実味を高めていた。
手紙には、お兄様とお父様が指揮を執る旨が書かれている。
領地に戻ってこないように、とも。
「お嬢様?」
掛けられた侍女の声に、ハッと意識を戻す。
侍女を見て、もう一度手紙に視線を落とした。
親指部分がくぼみ、手紙に線が出来る。
目を閉じて、深呼吸を1つ。
目を開けたときには、もう意思は固まっていた。
侍女に手紙を預け、そのまま卒業パーティーへと赴いた。
笑みを浮かべながら、会話を交わす。
友人たちと適度に食事を楽しみながら、知り合いたちへ挨拶に回る。
ダンスを踊って、また話して。
いつも通り、気高く、優雅に。
そんな中、ふと視界をかすめる銀の光に、視線が吸われる。
セラだった。
ペールグレーのドレスに身を包む彼女は、壁の花と化している。
その神聖な空気に尻込みし、彼女の周りに人はいない。
彼女の元に歩きながら、ほつれそうな緊張の糸を繋ぎ止める。
「ごきげんよう、セラ」
こちらに向いたセラの瞳が、僅かに揺れる。
それに思わず、口が緩んだ。
彼女は、強い色が苦手なようだから。
私の髪と、真っ赤なドレスは目に痛いのだろう。
私に挨拶を返す彼女の声は、いつもと同じ。
どこまでも澄んだ海のようだった。
「私、本家はケークスヴィアにありますの。防衛拠点の1つを指揮しているのは、私のお父様でしてよ。……そのときは、私も精一杯、力になりますわ」
彼女はケークスヴィアから巡る予定だと、そう聞いている。
崩れそうになる貴族の仮面を保つため、無意識に、胸を張った。
「心強いです」
セラの言葉に笑みを返し、その場をあとにする。
そのとき。
わっと襲う笑いの波。
目を向けた先には、人に囲まれるティラミアがいた。
――まるで、月と太陽のよう。
脳裏に浮かんだ言葉が、そっと胸に落ちた。
***
パーティーが終わり、辺りがシンと静まる時間。
オフェリアは領地へのスクロールを手に、屋敷の地下ゲートの前に立っていた。
見上げれば、小窓には美しい半月が輝いている。
背筋を伸ばす。
差し込む月明かりが、ゲートへの道を指していた。
迷いは、ない。
前を見据えて、ゲートの先へ足を踏み入れた。




