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23 実践

 ダンジョンに入って、体感で1時間ほどだろうか。


 あれ以来、魔物は結局下級種しか出てはこず。

 怪我も2年の1人が擦り傷を負った程度で、すんなり最下層まで辿り着いてしまった。


 10階に続く階段を降りた先の、大きな木製の扉。

 この扉の奥に、ボスがいるらしい。


 ボス部屋前の少し開けた空間には、魔物が寄ってこない。

 そう話したザックさんは、改めてボスに挑む前の準備について教えてくれた。


 

 「木製扉の場合は、風魔法で中を索敵できる。やってみろ」


 

 その言葉に2年の3人が顔を見合わせ、素早い動きで私たちから距離を取る。

 

 コソコソと口元に手を当てて話す声を聞くに、どうやら彼らの中に風属性を持った者はいないらしい。

 注意を向けずとも聞こえてくるその声は、ザックさんや王子たちにも当然聞こえていた。


 

 「はあ、だからクジなんかで決めんなっつったんだよ俺は……。まあいい。今回はしょうがねえ。この扉の奥にいるのはホブゴブリンだ」


 

 呆れた様子を隠さず、ザックさんはそう告げた。

 聞かれていたのかと驚いた様子の3人はしかし、それを聞いて気を引き締めたようだ。

 空けた距離を戻り、ザックさんの声に耳を傾けている。

 

 

 「ああ、それと、聖女サマ。今回の演習では癒し以外使わないように、ってのが、あんたの担当講師からの伝言だぜ」


 

 ……それ多分、初めに言うことでは?

 

 まあ、気絶させるというクリア条件を聞いた時点で、何らかの対策はあるだろうと思ってはいたが。

 

 私がボスに麻痺効果の加護を付与すれば、それで終わってしまうわけだ。

 敵に付与するのは疲労感が一層強いから、そう言う意味では助かった。


 だがしかし、“癒し”のみと言うことは、“結界”もダメということ。

 つまりボス戦において、私は身を守る術がない。

 

 ……やはり、ラザルは鬼に違いない。


 こうなれば、私の戦闘時の立ち位置は決まったようなもの。

 私は再び、ザックさんに近寄った。


 

 そうこうしているうちに、戦闘要員の彼らは大まかな作戦をまとめたらしい。


 2年の3人は見事に火属性に偏っており、使い慣れておらず応用は効かないが、火力には期待できるため、前衛に。

 その後ろに王子とセドリックが続き、私を挟んでザックさんが続く。


 

 「よし、みんな準備はいいかい? ホブゴブリンは下級魔物とは言え、ゴブリンと比べても力が強い。小回りも利く。油断せずに行くぞ!」

 

 

 全員の準備が整ったところで、王子の言葉でボス部屋に足を踏み入れる。

 

 ……なんでお前が仕切るんだよ、という言葉は再びしっかりと飲み込んだ。

 

 そうして踏み入った部屋の中は、想像以上に広々としていた。

 

 ダンジョン内と同じく、無機質な石壁と石床。

 そんな部屋の中心に、体長2メートル前後の緑色の体色をした魔物が――2体。


 

 「えっ」


 

 先頭を進んでいた3人の内の1人が、小さく声を漏らした。

 それに釣られるように残りの2人も足を止め、勢いよく後ろを振り返る。

 

 目を見開いて見つめる先は、ザックさんだ。


 

 「だれも、“1体だけ”なんて言ってねえだろ。……おら後ろ! 戦闘はもう始まってんぞ!」


 

 ニヒルに笑ったザックさんの言葉に唖然とする暇もなく、こちらに気づいた2体のホブゴブリンが、3人の背後に迫っていた。


 咄嗟に振り返った3人の内、左右にいた2人が剣で応対するが、踏ん張りが足りず弾き飛ばされてしまう。


 

 「それはっ! 教えといてくれても良いだろ!」


 

 弾き飛ばされた1人を受け止めながら、セドリックが叫ぶように言った。


 

 「始めのうちは見守ろうと思ったが、2体いるなら話は別だ。3人はそちらの1体に集中してくれ! ザックさんはヴェイルンを頼みます! セド。僕らはあいつだ。引き離してくれ」


 

 王子の言葉に、それぞれが動き出す。

 

 セドリックが1体を部屋の奥へ弾き飛ばし、王子もそちらを追う。

 

 分断され、残った1体。

 両手にナイフを持ち、素早い動きで襲いかかるホブゴブリンに、3人はそれぞれ声を掛けながら、体勢を整える。

 

 1人が注意を引き、その隙に1人が斬りかかり、最後の1人が距離を保って火魔法を放つ。

 

 着実に見えた戦法はしかし、放った火球の狙いが外れ、斬りかかっていた味方の肩を掠めたことで、終わりを告げる。


 

 「っ、悪い!」


 

 その隙に、ホブゴブリンは囮役を弾き飛ばし、こちらに向かって走ってくる。


 瞬きの間に距離を詰められ、身体が僅かにのけぞる。

 なんとか踏ん張り、ザックさんへの道を開けるように後ろへ回る。


 

 「なにやってんだ! 1人ミスったくらいで狼狽えるな!」


 

 そう言いながら、ザックさんはホブゴブリンのナイフを受け止め、蹴り飛ばす。

 

 陣形を組み直した3人は、再び攻撃を仕掛けた。

 その様子に、思わずほっと息が漏れる。

 

 しかし、その安堵も束の間。

 セドリックの鋭い声が響いた。


 

 「カイゼルッ!」

 

 

 その声に釣られ、3人から部屋の奥へと視線を移すと、剣に魔法を纏わせたまま、床に転がる王子の姿があった。

 その背には、今にも斬りかかろうとするホブゴブリンが迫っている。


 ヒュッと、喉が鳴った――その瞬間。


 セドリックが王子の前に跪き、振り下ろされたナイフを剣で受け止める。

 弾かれた刃先が、彼の左腕を大きく切り裂いた。


 零れた赤に、鼻腔にこびりついた鉄の匂いが蘇る。

 

 セドリックはその傷に歯を食いしばりながらも、ホブゴブリンを蹴り飛ばし、王子の腕を掴んで立ち上がる。


 治療しようと手をかざし、彼らとの距離に手を下ろす。

 ここからじゃ届かない。


 ザックさんを見上げれば、分かっていたように首を振られた。

 

 ……治すなと言うことか?

 いや、今飛び出すと邪魔なのか。

 

 理屈は分かるが……。

 眉を寄せながら、セドリックへ視線を戻す。

 

 ベテランの彼が言うなら、従うべきだろう。


 そう納得し、王子の方に顔を向ける。

 視線だけが、わずかに遅れた。

 

 ここから見る限り、王子の方に怪我はない。

 

 するとそこで、3人の歓声が耳に入る。

 

 そちらを向けば、3人で戦っていたホブゴブリンが倒れていた。

 身体からプスプスと煙が出ているが……これは、気絶で済んでいるのだろうか。

 

 チラリとザックさんの様子を窺えば、その表情に、特に変わりはない。


 彼らから王子たちの方に視線を戻す。

 いつの間にか、ホブゴブリンの武器が遠くに弾き飛ばされていた。

 

 セドリックが水魔法でホブゴブリンの身体を濡らし、王子が剣に纏わせていた電気のようなものをホブゴブリンに浴びせる。

 

 一瞬のうちに、ホブゴブリンの身体から煙が上がる。

 倒れたホブゴブリンは、そのまま動かなくなった。

 

 ……なんだあれは。

 見つめる先は、王子。

 電気なんて属性、無かったはず。


 いや、違う。

 頭を過ぎる疑問を振り払う。

 

 今はそれより、セドリックの治療だ。


 しかし、それはまたしてもザックさんに止められる。

 

 

 「あれならそう深くもねぇ。剣も振れてたしな。前線に立つヤツに下手に治療した方が、感覚が狂う」


 

 そう話すザックさんに続き、駆け寄ってきたセドリックも、治療はダンジョンから出た後でいいという。

 

 ……そういうものか。

 経験ある彼らが言うならと、セドリックの腕から目を逸らした。

 


 ***

 

 

 ボス部屋横のグランツゲートを使って入り口へ戻る。

 授業用として特別に設置されたものらしい。

 

 本来は、ボス討伐後にワープの魔法陣が現れるという。

 ザックさん曰く「アレに乗る達成感といやあ……最高だぜ?」ということらしい。

 

 

 そうしてゲートを潜れば、久しぶりの日光が目にしみる。

 

 清浄な空気と土の匂いを吸い込み、青と緑を見てようやく肩の力が抜けた。

 

 周りを見れば、幾人か減った生徒たちが、キラキラとした目でこちらを見ている。

 その中に、ティラミアの姿はない。

 すでにダンジョンに入ったらしい。

 

 班員が教師へ報告に向かうのを横目に、聖女としての役目を果たすべく、セドリックを連れ出す。

 嫌々ながら声をかけた王子には、「よろしく頼む」との言葉をもらった。


 彼を木陰へと誘導する。


 

 「腕を見せてください」

 

 

 腰を下ろしたセドリックの横に膝をつき、差し出された腕の傷を見る。

 

 前腕の肘あたりまでが大きく切り裂かれている。

 だがザックさんの言うとおり、傷はそう深くない。


 

 「一応、水魔法で洗ったから、汚れはないはずだ」


 

 的確な対処に感心しつつ、適当に言葉を返して力を使う。

 数秒の内に傷は塞がり、跡形もなく消え去った。


 

 「すごいな……。聖女の癒しはこんなに違うのか。ありがとう」


 

 彼は言葉と共に、目元を柔らげる。

 

 診療所でも、同じような感嘆を漏らす者はいた。

 告げられたお礼に言葉を返してから、王子の魔法について尋ねてみる。


 

 「ああ、アレは魔法じゃなくて、剣が特殊なんだ。電気を纏う鉱石から作られた剣でな。入学祝いに陛下から贈られたものなんだ」


 

 なるほど。

 教わった属性以外の魔法かと思ったが、そういう仕組みだったのか。

 

 1人だけそんな良い物を使うのは不公平な気もするが、彼は王子だ。

 そういうものだろう。



 その後は、全班が戻るまで、なぜかセドリックと話す羽目になった。

 

 切り上げようとしても、貴族の話術に捕まり、家系自慢まで聞かされる始末。


 唯一収穫があるとすれば、名前に入っている『K』の意味を知れたことくらいだ。

 ミドルネームだと思っていたが、“都市を治める公爵家にのみ許される誇り”らしい。

 

 

 

 そうして演習が終わる頃には、空はすっかりオレンジ色に染まっていた。


 教師がまとめに入る。

 今日の演習でボスを気絶させるという条件を達成できたのは僅か3班のみだという。


 道理で、こんな時間になったわけだ。

 

 さりげなく抜かれた昼食を思い、私は空に視線を逃がした。

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