22 編成
「久しぶりだね。同じ班になったからには、僕に君を守らせて欲しい」
洞窟のようなダンジョンの入り口を背に、王子はにこやかにそう言った。
引きつりそうな口角を引き上げ、挨拶を返す。
視界の端でティラミアを探すと、誰とも知れない3年の生徒と和やかに話していた。
そんな彼女に、是非とも、声を大にして伝えたい。
“こういうのはそっちの役目だろう”、と。
***
気づけばあっという間に2年生になっていた。
学年が上がっても、クラスの顔ぶれは変わらない。
1年の最後にあった進級試験。
アーデルス科はともかく、ヘルデンス科は地獄だった。
魔王四天王のうちの1人が誕生したとかで、診療所が修羅場と化す中、私の試験担当はあのラザル。
結果は……ラザルを鬼と幻視するほどだった、とだけ言っておこう。
ブルリと全身に走った悪寒を払い、立ち上がる。
進級に伴って追加された科目、実践演習。
その説明会が、ヘルデンス科で行われる予定だった。
教室から出ようと歩き出し、視界に映ったのは、ピリピリとした空気を纏うオフェリアの姿。
……原因は大体、見当がつく。
私の視線に気づいたのか、オフェリアがチラリとこちらを見る。
しかし、目が合う前に、彼女は視線を戻した。
私もそれに倣って目を逸らし、教室を後にした。
***
ヘルデンス科の訓練場には、候補生たちが疎らに集まっていた。
ティラミアの姿もある。
実践演習というのは、どうやら候補生たちと合同で行うらしい。
ティラミアとは離れた位置で佇みながら、何気なく周囲を見回す。
ジワジワと集まり並び出す彼らは、どうもいつもより少ない気がする。
いないのは、全体の3割程度だろうか。
首を傾げていると、教師が到着した。
規則正しく並ぶ候補生たちから少し距離を空け、ティラミアと共に待機する。
教師がまず話したのは、数名の脱落者が出たこと。
進級試験に合格できなかったらしい。
人数が少なかったのはそれでか。
合点がいった。
続いて、演習の編成と方式が説明される。
「現在の2年は、5クラス合わせて全126名。演習では6人ずつの班に分かれて、ダンジョンに潜ってもらう」
それを聞いた候補生たちの反応は、期待に湧く者、不安を隠せない者など様々だ。
「静かに!」
ざわざわと騒がしい空間に、教師の喝が飛ぶ。
「ダンジョンとは言っても、お前たちが最初に潜るのは初級だ。長年使われている場所だからな。……まあ、怪我で済むだろう」
続いた言葉に、場は一気に静まり返った。
怪我で済む。
その言葉に含まれた私たちの存在に、思わず目が遠くなる。
どうせ「聖女がいるから」とか言い出すんだろう。
ダンジョンに挑む彼らを治すのは良い。
だが、もし。
もし、ダンジョンの中までついて行けと言われたら……断固として拒否してやる。
「最初の1ヶ月は3年との合同演習になるから安心しろ。……それに、お前たちは運が良い。今年は聖女様がいる」
ほら見ろ。
思い切り息を吐き出したくなった。
「それぞれの班に1回はつくからな。早く攻略すればするだけ、聖女様2人と行動を共にすることも増えるだろう」
途端に、候補生たちから雄叫びが上がる。
突然のそれに、肩が跳ねた。
先ほどまでの締まった空気感はどこへ行ったのか。
「ああ。言い忘れていたが、ダンジョンでの演習は月に3回ある。もちろんその都度ダンジョンの難易度は上がるし、同じダンジョンに3回挑戦して攻略できなければ失格となる。……つまり、進級はできない。心して掛かるように」
教師から淡々と爆弾が落とされる。
候補生たちは、先ほどの盛り上がりが嘘のように打ちひしがれていた。
それを哀れみながらも、視界に入ったラザルの存在に、私も思わず背筋を伸ばした。
***
そうして迎えた演習当日。
ダンジョンで演習を行う日は、アーデルス科での授業は休みだ。
そのため、私は再び、ヘルデンス科で待機していた。
全員が集まったところで、用意された乗り合い馬車に乗り込む。
そうして辿り着いたダンジョン手前の開けた場所には、10人ほどの冒険者が集まっていた。
安全のため、班ごとに1~2人ほど付くらしい。
まあ、王子や聖女がいるのだ。
当然だろう。
整列すると、教師から改めて説明がなされる。
そしてその最後。
教師が放った言葉は「今回の班は、実力を見極めるためにクジで決める」だった。
そのときはなんとも思わなかった。
強いて言えば、魔法があるのに古典的だと思ったくらいだ。
候補生たちに続いてクジを引き、ふと、なんとなしに王子を見た。
心なしか残念そうな表情を浮かべる王子の視線の先には、ティラミアがいる。
班が分かれてしまったらしい。
それに漠然と「意外だな」という思考が浮かぶ。
そのまま視線を外そうとして、チラリと見えた王子のクジに、慌てて頭ごと視線を戻した。
教師の号令に、同じ班同士で集まる。
見間違いであってくれという願い虚しく、歩を進めた先には、王子の姿があった。
ついでに、セドリックも。
***
本当に、運が悪い。
残りの3人と挨拶を交わす王子を横目に、クジを提案した教師を恨む。
……まあ、嘆いていても仕方がない。
小さく息を吐き出し、思考を切り替える。
彼らと関わるのは避けたいが、実力は本物だ。
……多分。
それに、王子と高位貴族、そして聖女がいるこの班には、集まった冒険者の中で最も実力のあるベテランが付くらしい。
これだけでも、他の班と比べれば安全性は段違いだ。
班内の挨拶が済んだ頃。
教師から「準備ができた班から入れ」との声が掛かる。
こういうのは、最初に行かない方が無難だ。
中に何があるかもわからない。
しかし、次の瞬間。
それがフラグだったかのように、王子がピンと手を上げた。
「僕たちに挑戦させてください。みんなも、いいだろう?」
その問いに、他のメンバーは当然のようにうなずく。
咄嗟に、出かかった声を飲み込んだ。
先ほどまでの、私の脳内を見せてやりたい。
というか、お前が仕切るな。
そんな私をよそに、王子は意気揚々とダンジョンへ向かっていく。
……せめて1人くらい、反対してくれ。
届かぬ悪態をつきつつ、重い足を動かし彼らを追った。
***
ダンジョンに足を踏み入れた途端、降り注いでいた日光が遮断された。
咄嗟に後ろを振り返る。
入り口には暗い幕のようなものが降りていて、外がよく見えない。
僅かに背筋が冷えた。
閉じ込められたのか。
ふと、横から手が伸びる。
班員の1人が、恐る恐るというふうに手を翳すと、音もなく、スルリと幕を突き抜けた。
その様子にほっと息を漏らす。
周りからも同じような溜息が聞こえた。
思い返してみれば、外からは中の様子が一切見えなかった。
同行している冒険者――ザックさんが何も言わない辺り、ダンジョンでは当たり前なのかもしれない。
ダンジョンの中は、入り口の大きさから想像していたよりも、ずっと広かった。
私たちが横並びになっても、あと1、2人分は余裕がある。
光源もないのに、辺りは問題なく見えている。
不思議だ。
班員たちは、道中出てくる魔物を倒しながら進む。
その合間に挟まれるザックさんの解説によれば、ダンジョンによって内装はまったく異なるらしい。
人一人分ほどしかない狭い道が続くもの。
はたまた、広大な自然が広がるもの。
そんな多様に渡るダンジョンで、唯一共通するのが、“潜れば潜るほど出てくる魔物が強くなる”という法則だそう。
「まあ、そうは言っても、ここは超初心者用だ。あんたさんらでも問題ないさ」
おどけて話すザックさんに、2年の3人はムッとした顔を見せる。
だが、口答えすることはなく、黙って話の続きを促した。
それに応えてザックさんが話したのは、演習方式について。
どうやら、このダンジョンは地下に10階層あり、最深部にボスがいるらしい。
それを倒すのではなく、気絶させるのが合格条件だと。
「この後にも控えてるモンがいるからな。倒しそうになったら俺が止めに入る」
その言葉に、僅かに眉が上がる。
そこまでするのか。
確かに、授業という枠組みで時間が限られている以上、後続はボスの復活なんて待っていられないのは分かる。
にしても、倒さないというのは、なかなか難易度が高い気もするが。
考えを巡らせていると、前方に魔物が見えた。
私はすぐさま一歩下がる。
その間に3人が剣を構え、一斉に飛びかかった。
彼らが戦っているのは、攻撃性の高いコウモリの魔物。
魔物の中では最も弱い、下級魔物に位置するものだ。
先ほどから出てくる魔物は、スライムや大型ネズミなどの下級種ばかり。
2年の3人も、危うげなく倒している。
王子たちは少し離れて見守っており、時折近寄る魔物を倒すのに、当然苦戦の様子はない。
……倒さない、という条件で難易度を調整しているのだろうか。
そんな考えを抱きながら、倒した魔物を横目に足を進めた。




