表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/40

21 疲弊

 午後になり、重い身体を引きずってヘルデンス科に向かう。

 こんな状態の私を見ても、毎日変わらず教会へ送り続けるラザルには、きっと人の心がないのだ。

 

 教室まで送り届けてくれたエレナと別れ、扉を開ける。

 席について、ふと、ティラミアの姿が見えないことに気がついた。


 いつも先に座っているのに、珍しい。

 そう思いながら、横に向けていた顔を前に戻す。


 目の前にはラザルが立っていた。

 思わず肩を揺らす。

 

 顔を見上げても、相変わらず目が見えない。

 

 こちらを見下ろすばかりのラザルに、口を開こうとしたとき、珍しくハッキリとした言葉が耳に届く。


 

 「……今日から、1週間おきに診療所へ行きます。診療所に行かない日は、候補生たちの治療と力の応用を試します。……無理をさせて、すみません」


 

 言い終わると同時に、ラザルはゆっくりと頭を下げた。

 

 

 ***

 


 あの診療所での演習から、私の実技は変わった。


 実技の時間になれば、ラザルによって教会へと連れられ、ひたすらに患者の治療をする。

 もちろん対象は重傷者だ。

 

 傷が深ければ深いほど。

 治す範囲が広いほど。

 その分だけ力を使い、体力が削られる。

 

 そのおかげ、というべきか。

 

 連日の演習で力は洗練され、診療所の神官たちとも打ち解けた。


 魔力も効率化出来たようで、日を重ねるごとに疲労を感じるまでの時間は長くなった。

 もしかしたら、赤い紐の魔力を温存することも、出来ているのかもしれない。

 

 だが、心は確実に削られていった。

 


 

 そんな生活が、半年ほど続いた。

 

 最近はよく眠れていない。

 目を閉じると、血の匂いと裂けた傷口が蘇り、すぐに目を開けてしまう。


 それに、心なしか指先の感覚が鈍い気がする。

 疲労が溜まりすぎているのだろう。

 

 今朝もエレナに、顔色が悪いと指摘されたばかり。

 確かに、窓に映る自分の顔は青白く、心なしか頬も痩けている。

 アーデルス科のクラスメイトからも、心配される始末だ。


 当然だろう。

 

 あんな血だらけの、臓器の見えた重傷者。

 あれを見て、食事が喉を通るはずもない。


 

 ***

 

 

 半年も経って、今更だ。

 遅すぎる。


 ラザルはそのまま、ボソボソと言い訳を重ねる。

 「聖女なら出来ると思った」だ?


 身のうちから湧き上がる衝動をなんとか押し込める。


 

 「頭を上げてください、クインさん」


 

 私の言葉に、彼はゆっくりと上体を起こす。

 

 

 「……お気遣いいただいて、ありがとうございます」


 

 ――海に沈んでしまえばいいのに。

 

 そんな内情を隠し、ほっとしたように笑って見せた。




 それからの日々は、ここ半年を思うと天国のようだった。


 血生臭さはない。

 大怪我をいくつも治した後の倦怠感もない。


 すっかり顔色も戻り、周りに心配されることもなくなった。


 その代わりというように、1週間おきに診療所へ行くようになったティラミアの顔色は最悪だ。

 

 まあ、彼女は普通の14歳だ。

 無理もない。

 

 そこに追い打ちをかけるように、私という前例があるせいで、神官たちからの視線も厳しいのだという。

 ……可哀想だとは思うが、私の精神のために、是非とも頑張ってもらいたい。


 そんなことを考えつつ、訓練に一息ついて顔を上げる。


 訓練場を見渡すと、1人の候補生と目が合った。

 ふっと緩く微笑むと、彼は頬を染めて顔を逸らす。


 ヘルデンス科の生徒たちは素直だ。

 庶民が多いせいだろう。

 素直な反応に、こちらの口角も上がる。

 

 視線を戻す。

 

 1つ息をついて、自分の周りに結界を張る。

 シャボン玉のような、薄い膜を潜る感覚と共に、身体に沿うように淡い光が包み、消える。

 胸に手を当て、加護をかけた。


 それを見届けたアウラは、私に向かって小さな火球を放つ。

 それは身体に当たる直前、結界に阻まれて消えていった。


 

 「あー、また失敗……。57回目、ですね」


 

 彼女は肩を落としながら、記録をつける。

 

 今訓練しているのは、目に見えない結界に加護――属性に対する耐性や毒耐性などを付与すること。

 今も攻撃を反射するように加護をかけたのだが……これが、なかなか難しい。

 

 始めて1ヶ月、いまだ成功の兆しは見えない。

 

 習得が進まないのは、ラザルの不在も関係しているだろう。

 ……認めたくはないが。

 

 ラザルはティラミアを教会へ送るため、彼女についている。

 代わりに私にはティラミアの講師――アウラがついていた。

 だが、彼女の説明はどうも分かりづらい。


 いや、彼女も優秀な魔法師なのだ。

 おかしいのは、気持ち悪いほど的確な指摘をよこすラザルの方。

 

 まあつまり、ラザルの優秀さを実感する日々だった。

 


 訓練を終え、ヘルデンス科を後にする。


 ふと、アーデルス科へ続く廊下の入口に、なにやら話し込む2人の人影が見えた。

 異様にキラキラとした存在感を放つ、男子生徒たち。


 自然と足を緩める。

 

 近づきたくない。

 いっそ中庭を抜けていこうか。

 

 そうして顔を背けても、視界の端に映る金髪頭。


 第3王子だ。


 フッと静かに息を吐き、顔を戻す。

 すると、ちょうどこちらを見ていた王子と目が合った。


 咄嗟に微笑みを作り、軽く礼をする。

 それに応えるように、彼らはこちらに向かって歩を進めた。

 

 こうなれば仕方ない。

 できるだけ早く終わらせよう。

 

 

 「式典以来だね。ティラミアとは機会があったんだけど、なかなか挨拶に伺えず、申し訳ない。改めて、僕はカイゼル。カイゼル・シュトルムハインだ。これでも君より1年多く学んでいるから、何かあれば遠慮なく頼って欲しい。よろしくね」


 

 私の前で立ち止まった王子は、柔和な態度で口を開いた。


 周りから感じる視線を受け流す。

 明日以降、一瞬でこの噂が広まるだろう。

 彼の婚約者候補筆頭となるオフェリアを思い、思わず視線を遠くへ逃がした。

 

 

 「俺はセドリック・K・ケルンテッヒ。セドリックでいい。カイゼルは最近、ノエル嬢の方に夢中だからな。俺にも存分に頼ってくれ」

 

 

 続いて名乗ったのは、王子の隣に立つ濃紫色の髪をした男子生徒。


 茶化すような言葉に薄く頬を染めた王子が、動揺を隠すように制止をかける。

 だが、彼がそれを気にした様子はない。


 

 「ふふっ。仲がよろしいんですね」

 

 

 思わず、笑みがこぼれた。

 というように見せながら、わちゃわちゃと話す彼らに割って入る。


 こちらはさっさと切り上げたいのだ。


 居心地悪そうに居住まいを正す彼らを横目に、口を開く。

 

 

 「私はセラ・ヴェイルンと申します。こちらこそ、ご挨拶に伺うこともせず、申し訳ございません。頼もしい先輩方と知り合えて、心強いです」


 

 胸に手を当て、小首を傾げる。

 言い終わると同時に、2人がほうっと息を漏らした。


 

 「いや、式典でも思ったが……君の美しさは凄まじいな」


 

 王子の言葉に、僅かに目を見張る。

 咄嗟に周囲を見回した。

 

 目に痛い金髪がいないことを確認して、胸を撫で下ろす。

 不用意な発言は勘弁して欲しい。

 明日以降の私のために。

 

 

 「……そうでしょうか。そんなこと、生まれて初めて言われたので、どうしたらいいか……。その、ありがとう、ございます」


 

 嘘は言っていない。

 戸惑いを混ぜた、はにかむような笑顔でお礼を告げる。


 ほんのりと頬を染めて目をそらす2人をよそに、脳内の“関わりたくない者リスト”に、静かに名前を追加した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ