21 疲弊
午後になり、重い身体を引きずってヘルデンス科に向かう。
こんな状態の私を見ても、毎日変わらず教会へ送り続けるラザルには、きっと人の心がないのだ。
教室まで送り届けてくれたエレナと別れ、扉を開ける。
席について、ふと、ティラミアの姿が見えないことに気がついた。
いつも先に座っているのに、珍しい。
そう思いながら、横に向けていた顔を前に戻す。
目の前にはラザルが立っていた。
思わず肩を揺らす。
顔を見上げても、相変わらず目が見えない。
こちらを見下ろすばかりのラザルに、口を開こうとしたとき、珍しくハッキリとした言葉が耳に届く。
「……今日から、1週間おきに診療所へ行きます。診療所に行かない日は、候補生たちの治療と力の応用を試します。……無理をさせて、すみません」
言い終わると同時に、ラザルはゆっくりと頭を下げた。
***
あの診療所での演習から、私の実技は変わった。
実技の時間になれば、ラザルによって教会へと連れられ、ひたすらに患者の治療をする。
もちろん対象は重傷者だ。
傷が深ければ深いほど。
治す範囲が広いほど。
その分だけ力を使い、体力が削られる。
そのおかげ、というべきか。
連日の演習で力は洗練され、診療所の神官たちとも打ち解けた。
魔力も効率化出来たようで、日を重ねるごとに疲労を感じるまでの時間は長くなった。
もしかしたら、赤い紐の魔力を温存することも、出来ているのかもしれない。
だが、心は確実に削られていった。
そんな生活が、半年ほど続いた。
最近はよく眠れていない。
目を閉じると、血の匂いと裂けた傷口が蘇り、すぐに目を開けてしまう。
それに、心なしか指先の感覚が鈍い気がする。
疲労が溜まりすぎているのだろう。
今朝もエレナに、顔色が悪いと指摘されたばかり。
確かに、窓に映る自分の顔は青白く、心なしか頬も痩けている。
アーデルス科のクラスメイトからも、心配される始末だ。
当然だろう。
あんな血だらけの、臓器の見えた重傷者。
あれを見て、食事が喉を通るはずもない。
***
半年も経って、今更だ。
遅すぎる。
ラザルはそのまま、ボソボソと言い訳を重ねる。
「聖女なら出来ると思った」だ?
身のうちから湧き上がる衝動をなんとか押し込める。
「頭を上げてください、クインさん」
私の言葉に、彼はゆっくりと上体を起こす。
「……お気遣いいただいて、ありがとうございます」
――海に沈んでしまえばいいのに。
そんな内情を隠し、ほっとしたように笑って見せた。
それからの日々は、ここ半年を思うと天国のようだった。
血生臭さはない。
大怪我をいくつも治した後の倦怠感もない。
すっかり顔色も戻り、周りに心配されることもなくなった。
その代わりというように、1週間おきに診療所へ行くようになったティラミアの顔色は最悪だ。
まあ、彼女は普通の14歳だ。
無理もない。
そこに追い打ちをかけるように、私という前例があるせいで、神官たちからの視線も厳しいのだという。
……可哀想だとは思うが、私の精神のために、是非とも頑張ってもらいたい。
そんなことを考えつつ、訓練に一息ついて顔を上げる。
訓練場を見渡すと、1人の候補生と目が合った。
ふっと緩く微笑むと、彼は頬を染めて顔を逸らす。
ヘルデンス科の生徒たちは素直だ。
庶民が多いせいだろう。
素直な反応に、こちらの口角も上がる。
視線を戻す。
1つ息をついて、自分の周りに結界を張る。
シャボン玉のような、薄い膜を潜る感覚と共に、身体に沿うように淡い光が包み、消える。
胸に手を当て、加護をかけた。
それを見届けたアウラは、私に向かって小さな火球を放つ。
それは身体に当たる直前、結界に阻まれて消えていった。
「あー、また失敗……。57回目、ですね」
彼女は肩を落としながら、記録をつける。
今訓練しているのは、目に見えない結界に加護――属性に対する耐性や毒耐性などを付与すること。
今も攻撃を反射するように加護をかけたのだが……これが、なかなか難しい。
始めて1ヶ月、いまだ成功の兆しは見えない。
習得が進まないのは、ラザルの不在も関係しているだろう。
……認めたくはないが。
ラザルはティラミアを教会へ送るため、彼女についている。
代わりに私にはティラミアの講師――アウラがついていた。
だが、彼女の説明はどうも分かりづらい。
いや、彼女も優秀な魔法師なのだ。
おかしいのは、気持ち悪いほど的確な指摘をよこすラザルの方。
まあつまり、ラザルの優秀さを実感する日々だった。
訓練を終え、ヘルデンス科を後にする。
ふと、アーデルス科へ続く廊下の入口に、なにやら話し込む2人の人影が見えた。
異様にキラキラとした存在感を放つ、男子生徒たち。
自然と足を緩める。
近づきたくない。
いっそ中庭を抜けていこうか。
そうして顔を背けても、視界の端に映る金髪頭。
第3王子だ。
フッと静かに息を吐き、顔を戻す。
すると、ちょうどこちらを見ていた王子と目が合った。
咄嗟に微笑みを作り、軽く礼をする。
それに応えるように、彼らはこちらに向かって歩を進めた。
こうなれば仕方ない。
できるだけ早く終わらせよう。
「式典以来だね。ティラミアとは機会があったんだけど、なかなか挨拶に伺えず、申し訳ない。改めて、僕はカイゼル。カイゼル・シュトルムハインだ。これでも君より1年多く学んでいるから、何かあれば遠慮なく頼って欲しい。よろしくね」
私の前で立ち止まった王子は、柔和な態度で口を開いた。
周りから感じる視線を受け流す。
明日以降、一瞬でこの噂が広まるだろう。
彼の婚約者候補筆頭となるオフェリアを思い、思わず視線を遠くへ逃がした。
「俺はセドリック・K・ケルンテッヒ。セドリックでいい。カイゼルは最近、ノエル嬢の方に夢中だからな。俺にも存分に頼ってくれ」
続いて名乗ったのは、王子の隣に立つ濃紫色の髪をした男子生徒。
茶化すような言葉に薄く頬を染めた王子が、動揺を隠すように制止をかける。
だが、彼がそれを気にした様子はない。
「ふふっ。仲がよろしいんですね」
思わず、笑みがこぼれた。
というように見せながら、わちゃわちゃと話す彼らに割って入る。
こちらはさっさと切り上げたいのだ。
居心地悪そうに居住まいを正す彼らを横目に、口を開く。
「私はセラ・ヴェイルンと申します。こちらこそ、ご挨拶に伺うこともせず、申し訳ございません。頼もしい先輩方と知り合えて、心強いです」
胸に手を当て、小首を傾げる。
言い終わると同時に、2人がほうっと息を漏らした。
「いや、式典でも思ったが……君の美しさは凄まじいな」
王子の言葉に、僅かに目を見張る。
咄嗟に周囲を見回した。
目に痛い金髪がいないことを確認して、胸を撫で下ろす。
不用意な発言は勘弁して欲しい。
明日以降の私のために。
「……そうでしょうか。そんなこと、生まれて初めて言われたので、どうしたらいいか……。その、ありがとう、ございます」
嘘は言っていない。
戸惑いを混ぜた、はにかむような笑顔でお礼を告げる。
ほんのりと頬を染めて目をそらす2人をよそに、脳内の“関わりたくない者リスト”に、静かに名前を追加した。




