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20 実技

 気づけば入学から1ヶ月。

 学園生活は、思っていたよりずっと平穏だった。

 

 アーデルス科のクラスメイトたちとの関係も良好で、特にオフェリアとは意外にもよく話すようになった。


 ティラミアとの関係は、特に変わらず。

 すれ違えば挨拶を交わす程度だ。

 

 授業もなかなか興味深い。

 数学や国語は眠気が襲うほどの単調さだが、100年単位で魔王の脅威があることを思えば、戦いに必要のない学問が発展しないのも無理はない。


 そんな中、魔法学の授業で、1つの問題が浮き彫りになった。


 それが、魔力という存在。

 それ自体は問題じゃないが、重要なのは、魔力は特定のモノにも宿るということ。

 

 多くの場合、それは鉱石だ。

 ゲートに使われる鉱石しかり、魔力を補充するための補充鉱石しかり。

 

 しかし私の頭に浮かんだのは、自分の腕に巻かれた赤い紐。

 これに限りがある、という可能性が浮かんだのだ。

 ……この紐を鉱石と同じだと考えれば、の話だが。


 そう仮定して進めると、例えるなら、紐は倉庫のようなもの。

 それが尽きれば、私は聖女ではいられない。


 となれば、温存する必要がある。


 だが、聖女としての地位を確立するのに、実績は不可欠。

 そのための練習も怠るわけにはいかない。

 そんなことをすれば最悪死ぬ。


 このジレンマ。

 本当に笑えない。

 

 魔力には最盛期というものがあるというのも、同じ授業で学んだ。

 それが、15から25歳まで。

 そして、歴代聖女がそれを境に一気に力をなくしていったということも。


 この仮定が合っていたとして、私の引退する年齢の最高は25歳。

 まだ8年もある。

 

 とはいえ、その年まで聖女をやり続ける必要は無い。

 紐の力に限りがあるというのなら、せめて、魔王が倒されるまで持てばいい。


 あと4年、持たせればいい。

 そのための対策は、まだ浮かんでいない。



 ***

 

 

 そんな一方で、ヘルデンス科では、生徒たちの怪我を治したり、魔道塔から派遣された講師と力を磨いたり。

 大きな問題もなく、順調に日々を過ごしていた。


 しかし、今日。

 

 

 ――私は、授業中にも関わらず、約1ヶ月ぶりの教会に戻ってきていた。


 

 ことの発端は、私の担当講師――ラザル・クインが零した言葉だった。

 彼がまた、長い前髪で目元を隠した無愛想で無口な、扱いづらい人間なのだが……今はいいとして。


 

 「そろそろ良いか」


 

 ラザルは、聖の力を使い分ける私を見て、そう言った。

 『浄化』『癒し』『加護』『結界』と、用意された材料に合わせて適切に力を使う訓練だった。


 どういう意味かと聞き返す前に、ラザルは唐突に私の肩に触れ、その次の瞬間には目の前に教会があった。

 

 一瞬の出来事に、言葉を失う。

 ラザルを見ると、ローブから取り出した巻物を開き、何やら口元をニヤニヤと歪ませている。


 私への、説明は……?


 荒ぶる内心を宥めて、何をしたのか聞くと、いつもの無口が嘘のように早口で話し始めた。


 聞き取れた範囲でまとめると、彼の持つ巻物でワープした、ということらしい。

 現状、ゲートを使わずにワープするのは不可能だ。

 ラザルがそれを可能にする研究をして、試作として出来たのがこれらしい。

 名前はワープスクロール『ルネーンロレ』。

 その他の詳しい説明は聞き流した。


 すごいことだとは思う。

 もしかしたら、ラザルは天才と言われる人間なのかもしれない。

 

 だがまあ、要するに私は、ラザルの実験に使われたわけだ。

 

 

 ――思い切り足の小指でもぶつければ良いのに。

 

 

 私がそう念じているとも知らず、いまだブツブツと捲し立てるラザルは、突然ぴたりと口を閉じた。

 それからスッと興味が切れたように表情が消える。

 

 表には出さず、眉をひそめていると、何も言わずに歩き始めた。


 

 「何してるんですか? 行きますよ」


 

 動かない私に振り向き、ラザルが言う。

 私が後を追う頃には、再び背を向け教会へ向かっていた。


 彼から私は見えない。

 額に浮かぶ血管くらいは許して欲しい。



 

 そうして辿り着いたのは、教会の入り口側面にある診療所だった。


 中は清純な空気に包まれており、ズラリとベッドが置かれている。

 

 診療所内の神官たちの表情から、アポがなかったことはすぐに分かった。

 彼らに眉を下げ、目礼を返しながら、ラザルに視線をやる。

 彼は責任者らしき神官と話していた。


 会話を聞くに、ラザルは実技の演習として私を連れてきたらしい。


 

 「ええ!? ですが、まだ1ヶ月しか経っていないのでは……」


 

 私を心配する神官に、ラザルはぶっきらぼうに答える。


 

 「大丈夫です。ここなら重傷者が来てちょうど良いので、よろしくお願いします」


 

 ……何を根拠に大丈夫だと?


 そんなラザルの言葉に渋りながらも、神官は許可を下した。

 話を終えたラザルは、私に説明するでもなく、室内隅の壁際に佇んだ。


 それに一瞬白い目を向けてから、近づいてきた神官と言葉を交わす。


 

 「聖女様、先ほどお話しは伺いました。私は診療所の責任者を務めております。ソフィアと申します。」


 

 彼女は軽い社交辞令を交えながらも、診療所の説明をしてくれた。


 

 「王都の診療所には、地方よりも力の強い神官が集まっています。そのため、各地で対処しきれない重傷者は、専用のグランツゲートを使って、ここに運ばれてくるのです」

 

 

 そう言いながら、ソフィアさんはチラリと出入り口とは反対にある扉の方へ視線を向ける。


 

 「本来は、軽傷者から順々に対応するのがいいのでしょうけど……」


 

 ソフィアさんはそこで言葉を区切ると、今度は壁により掛かるラザルを見た。


 

 「講師の方から、重傷者の対応をさせるようにと言われております。……しかし、無理はなさらないでください。私ももう、数十年になりますが、込み上げるものをなんとか飲み込んで治療を施す、というのも珍しくありません」

 

 「……クインさんがそうおっしゃるのなら、私なら出来ると思ってのことでしょう。それに、重傷を負った方々は、人々を守るために戦った方々。怖いからと、逃げるわけにはいきません」

 

 「聖女様……」


 

 ソフィアさんは、私の言葉に感嘆を漏らす。


 ……しかし申し訳ないが、私は今、とてつもなく逃げ出したい。


 悟られないよう恨みを込めてラザルを見れば、口元が緩く弧を描いているのが目に入った。

 

 フッと湧き上がる苛立ちを、僅かな呼吸で落ち着かせる。


 普段の指導内容に文句はない。

 実力もある。

 だが単純に、相性が悪い。


 そんな内心を綺麗に隠し、はじめよりもキラキラとした目を向けるソフィアさんの後を追う。


 

 最奥の部屋に足を踏み入れた途端、ぬるい空気となんともいえない匂いが、五感を刺激する。


 血生臭いわけではないが、消毒などの病院らしい匂いとも、少し違う。

 

 いくつも並ぶベッドの内、半分ほどが使われており、数人の神官が治療に当たっていた。

 悲惨な状態の患者を想像していたが、一見してそのような者は見当たらない。

 全身に包帯を巻いている時点で重傷ではあるんだろうが……。

 

 ソフィアさんによれば、今は比較的落ち着いている時間帯らしい。


 

 「ですが、じきに患者が来ます。気を抜かないでくださいね」


 

 頷きを返し、手の空いている神官から順に挨拶を交わす。


 一通り挨拶が終わり、治療の手順などを聞いていると――突然、短い唸るような音が響いた。


 一斉に音の方へ顔を向ける。

 ゲートが、金色に輝いていた。

 

 ソフィアさんが指示を出すより先に、担架に乗せられた血塗れの男性がゲートを潜る。

 

 

 「た、頼む! まだ息があるんだ! 助けてくれ!」


 

 担架を運んでいた男性の1人が叫ぶ。

 彼は、血塗れの男性と同じ防具を纏っていた。


 

 「こちらのベッドに運んでください! まずは傷の確認です。あなたは水を持ってきて」


 

 素早く動いたソフィアさんが指示を出す。

 担架を運んでいた男性たちは、言われた通りベッドの上に担架を降ろし、その衝撃に呻く血塗れの男性に声をかけ続けている。

 

 ソフィアさんは、そんな2人を半ば強引に横に避けさせると、ためらいなく防具を外し、服を裂いて傷口を探し始めた。

 

 露わになった防具の下。


 脇腹は動物に噛み砕かれたかのように抉れており、片側の肺は不自然に凹んでいる。

 右腕や左足にも深い噛み痕があり、左腕は逆方向に折れていた。

 

 見えたそれに、視線が揺れる。

 辺りには鉄と生臭さの混ざった臭いが広がり、胃液が込み上げた。

 患者の歪な呼吸音が、妙に耳につく。

 

 

 「傷が深い……。聖女様、お願い、できますか?」


 「え」


 

 突然の言葉に、声が漏れる。

 しかしそれも、すぐに察しがついた。


 傷が深ければ、神官たちでは数人がかりになる。

 時間も掛かる。

 持ちこたえられるかも分からない。

 

 力の強い“聖女”が治療に当たるべきことは、明らかだった。

 

 そして、私がするべき行動も、明らか。

 

 

 「もちろんです。力の限り、助力いたします」


 

 患者のもとへ近づくにつれて増す嗅覚と視覚からの攻撃に、何でもない顔をして耐える。

 込み上げる胃液は気合いで押し戻した。


 低いベッドに合わせて跪き、祈りの体勢を取る。

 片手を胸元に、もう片手を患部に添えて、癒す。

 

 淡い光が患部を包み込み、ジワジワと傷を癒していく。


 数十秒ほど、そうしていただろうか。

 

 肩にポンと優しく触れる感覚に、顔を上げる。

 目線の先で、ソフィアさんが穏やかな顔でうなずいた。

 

 それを合図に、体勢を戻し立ち上がる。

 改めて患者を見れば、先ほどまでの大怪我が嘘のようになくなっていた。


 どこか遠かった音が、一気に戻る。

 患者の仲間らしき男性たちや神官たちに囲まれ、口々に告げられる称賛の言葉に礼を返す。


 改めて見せつけられた聖の力の効力に、私の背には、冷たい汗が流れていた。

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