19 入学
――シュトルムハイン王国、王城。
謁見の間は、厳かな空気に満ちていた。
「これより、聖女叙任の儀を執り行う」
上段の王が宣言すると、すべての視線が跪く2人へと集まった。
聖女が2人。
そんな異例の光景にも、参列する貴族たちに動揺の色はない。
王の合図で、大司祭が前へと歩み出る。
後ろにつく司祭から受け取った聖杖と聖布が、差し込む光を静かに返した。
金茶の髪を持つ少女には、聖杖を。
白い髪を持つ少女には、聖布を。
2人がそれを受け取った、その瞬間――。
――眩い白光が謁見の間を満たした。
数分間の輝きの後。
それはやがて、聖杖と聖布へ吸い込まれていく。
王は立ち上がり、朗々と声を響かせた。
「聖杖を授かったティラミア・ノエル。聖布を授かったセラ・ヴェイルン。以上2名を、ここに、聖女として叙任する」
その言葉に、2人は静かに頭を下げる。
王はそれぞれに目を向け、言葉を続けた。
「ティラミア・ノエル。其方は勇者たちと共に魔王討伐へ」
続いてもう1人に移された目が、ほんの一瞬、僅かに細まる。
「セラ・ヴェイルン。其方は各都市を巡り、傷付いた人々を癒せ」
拍手が波のように響いた。
王が座に戻ると、1人の騎士が動き出す。
壁に掛けられた、巨大な鏡のような魔道具。
騎士はその前で静かに一礼すると、枠に嵌められた鉱石をそっと抜き取った。
――同時刻。
各都市に設置された大型の遠見魔道具――大型スフェルジ。
そこに映し出されていた映像が、ふっと消えた。
ざわめく民衆たちが顔を見合わせる。
彼らは興奮を隠さず、口々に「噂は本当だったのか」と囁き合う。
こうして2人の聖女の名は、瞬く間に王国中へと広まった。
***
叙任式から、約2週間後。
私は、学園の入学式に出席していた。
白と青を基調とした制服で埋められた大講堂。
向けられる視線とざわめきが、身体にまとわりついて鬱陶しい。
それも、式が始まれば幾分かマシになった。
式が進むにつれ、どこか懐かしい感覚が胸の奥をくすぐる。
「キャー!」
不意を突く甲高い声に、肩が跳ねる。
何事かと見回せば、その歓声は一部の令嬢たちから上げられていた。
彼女たちの視線の先には、壇上に立つ臙脂髪の青年。
生徒会長として紹介されていた人物だ。
堂々とした空気に混じる、キラキラとした、他人とは一線を画す雰囲気。
妙に、目を引く。
……そういえば、ティラミアにも似たような空気を感じることがある。
釣られて浮かぶのは、叙任式。
あのとき会った大司祭も、似たような空気感を持っていた。
周りのざわめきを聞き流し、思考を巡らせる。
この世界は、物語の世界。
そして、ティラミアは、その主人公。
少なくとも私はそう思っている。
そんな主人公と似た空気感を持つ彼ら。
頭に、1つの単語が浮かぶ。
『主要人物』
確証はない。
確かめようもない。
彼らが、何かをすると決まったわけでもない。
しかし、先の展開が分からない以上、警戒するしかない。
脳内の“関わりたくない者リスト”に、そっと名前を追加する。
そこには、その2人と第3王子、そしてティラミアの、計4人が記されている。
式の終わりと共に思考を切り上げ、席を立つ。
そのまま出入り口に目をやれば、人が詰まっているのが見えた。
少し視線をずらすと、その横で道を譲っている生徒がいる。
しばらくは出られそうにない。
そう悟った私は、再び腰を下ろした。
「行かないの?」
隣のエレナが首を傾げる。
彼女は2年間の教会生活の間に、私付になった神官見習いだ。
下位は上位に道を譲る。
そんな貴族のルールを思い出しながら、うなずきを返す。
ふと、ティラミアの姿を探すと、人に詰め寄られているのが見えた。
彼女のことだ。
話しかけられて普通に対応してしまったのだろう。
聖女との繋がりが欲しい人間なんてごまんといる。
大変そうだ。
私としては、こちらに来る人間が減って大変助かるが。
そうこうしているうちに、出入り口の人並みは消えていた。
立ち上がり、人の減った大講堂を歩く。
視界に映った王と同じ色の金髪には気づかないふりをして、その場を後にした。
***
教室に入ると、私以外は既に揃っていた。
空いていた窓側の最後尾に座り、教師の説明を聞き流す。
配られた資料には、このあとヘルデンス科に向かうようにとの記載があった。
一通りの説明が終わり、席を立ったところで声が掛かる。
「ちょっと、よろしくて?」
顔を向けると、強い金髪が目を刺激した。
オフェリアと名乗った彼女は、侯爵家の令嬢らしい。
数人の令嬢を従え、少し顎を上げてこちらを見据えている。
整った顔立ちをしているが、縦に強く巻いた髪からどうにも漂う悪役感。
そのうち「私がやって差し上げますわ」とか、言い出しそうだ。
「まだわからないことも多いでしょうし、私が教えて差し上げますわ」
あ、言った。
咄嗟に口を引き結ぶ。
出かかった笑いを呑み込み、断りを入れようとして、教室中の視線に気がついた。
コンラートさんに教えられた、貴族の文化が頭に浮かぶ。
挨拶は、上位の者から。
……彼女は、気を遣ってくれたのか。
彼女に目礼してから、全員に向けて口を開く。
「セラ・ヴェイルンです。この学園でしっかり学び、皆さんのお役に立てるよう努めます。どうぞよろしくお願いいたします」
これから用事があるので、明日以降はぜひ声をかけて欲しいと締め括ると、向けられる視線が幾分か和らいだ気がした。
頭を下げてその場を後にする。
言動はアレだが、さすがは高位貴族の娘。
オフェリアへの評価を改めつつ、合流したエレナと共に、ヘルデンス科へと向かった。
広い学園内を歩き、指定された教室へ入る。
そこには既に、ティラミアが座っていた。
ささやかに手を振る彼女に笑顔を返し、隣に1つ空けて腰を下ろす。
しばらくしてやって来た教師からの説明に、耳を傾けた。
午前はアーデルス科で座学。
午後はヘルデンス科で実技。
実技では、魔道塔から専門講師が派遣され、ティラミアと私にそれぞれ付くという。
基礎は教会で学んだ。
次は実戦、ということか。
***
そうして今日やるべきことを終え、寮へと向かった。
寮監から鍵を受け取り、エレナと別れて部屋に入る。
クラシカルな内装が目に心地良い。
窓辺の机に触れると、自然と笑みがこぼれた。
一通り部屋の中を確かめたあと、机の上にアーデルス科で配られたカリキュラムを置く。
そこには、国語、数学、歴史。
魔法学や鉱石学の文字も並ぶ。
見慣れた科目はもちろん、ファンタジーな科目も多い。
胸が躍る感覚を、慌てて引き締めた。
机から離れ、ベッドに腰掛ける。
無意識に、腕に巻いた紐を指でなぞっていた。
周りは貴族だらけ。
気は抜けない。
そして何より、“主要人物”たち。
一番危険なのは王子だ。
王から紹介された以上、何かしらの接触はあるはず。
身体から力が抜ける。
大きく息を吐きながら、ベッドに倒れ込んだ。
面倒が起きなければいい。
そのまま窓の外を見れば、夕暮れの空が映る。
雲の多い空だった。




