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18 【閑話】ティラミア・ノエル:内なる誓い

 朝、目が覚めてから真っ先に向かうのは、礼拝堂。


 

 「おはよう。ティラミア」


 

 いつもの元気な様子とは違い、声を潜めるリオナと挨拶を交わす。

 

 ここでお祈りを終えたあと、ようやく朝食にありつけるのだ。


 

 「あ、エレナ。おはよう!」


 

 礼拝堂から出たところで、リオナが声をかける。

 エレナから返された挨拶に、私も同じ言葉を返した。


 その瞬間。

 鋭く刺さる、周りの視線。


 エレナと話すときは、特に強い。

 

 ……どうしてだろう。


 内心首を傾げながら、食堂への道を歩いた。



 教会で過ごすようになってから、しばらく。

 ようやくこの生活にも慣れてきた。

 

 ヨハンさんたちに助けられてからは、毎日が夢のようで、どこかフワフワとしていた。


 王様に会って、貴族様の学園にも通えることになった。

 イルディアさんも、コンラートさんも優しくて。

 聖女として頑張ろうと思えた。


 コンラートさんの手が空いた時間に差し込まれる、勉強の時間。


 内容は難しいし、力の制御はまだ上手く出来ない。

 でも、コンラートさんに「ティラミアは勤勉ですね」と言われると嬉しくて、投げだそうとは思わなかった。

 

 


 そんな、ある日のこと。


 自室で勉強していた私は、紙で指を切ってしまった。

 小さな傷だった。

 それでも、指先の傷は見た目の何倍も痛く感じて。

 

 癒しの力で、治してしまおうと思った。

 

 訓練でやるように。

 いつものように祈って――何も起きなかった。


 

 「あれ?」


 

 もう一度試してみる。

 やはり何も起きない。


 

 「あ、あれ?」


 

 もう一度。

 何も起きない。


 何度試しても、傷は治らない。

 繰り返すごとに、呼吸が荒くなった。

 

 ガタリと音がしてハッと気がつくと、立ち上がった私に押されて、椅子が床に倒れていた。


 倒れた椅子をそのままに、指先に視線を戻す。

 スッと入った、赤い線が妙に目立つ。

 

 

 ――力が、使えない。


 

 途端に、身体が固まる。


 いつもの癖で首元に手を伸ばして、空気を掴む。

 ペンダントがない。


 12歳の誕生日に、お母さんがくれた筒状のロケットペンダント。

 そのときは、たまたま外していた。

 机の端に置かれたそれを見て、なぜだか「これだ」と思った。


 手に取り、握りしめる。

 手の震えから目をそらして、いつものように力を使う。


 すると、瞬く間に、傷が癒えた。


 背後から冷気が襲うようだった。


 手の中のロケットペンダントを、何かに導かれるように開ける。

 中にあるのは、赤い布。

 かつて村で拾った、それ。

 

 淡く光るそれを見て、気づいてしまった。


 

 ――私は、聖女じゃない。

 

 

 ……隠さないと。

 誰にも、知られちゃいけない。

 


 ***



 それから、半年。

 

 私は何事もなかったかのように、祈りを捧げて、食事をとり、勉強を続けた。

 あの日のことを、誰にも悟られないように。

 

 いつものようにリオナと廊下を歩いて、すれ違ったエレナと挨拶を交わす。

 エレナにこうして挨拶する度、リオナは顔を顰める。

 周りからの視線も変わらない。

 

 理由なんて分からない。

 それを気にする余裕は、私にはなかった。


 いつもなら、それで終わるのに。

 今日は違った。


 

 「わっ!?」

 

 

 突然リオナに腕を引かれ、空き部屋へ連れ込まれる。

 部屋の鍵を掛けたリオナは、鋭い目つきで私を睨んだ。


 

 「ねえ、どうしてセラを無視するの?」


 「え?」


 

 どうして突然、そんなに怒っているのか、理解できなかった。


 

 「今だってそうよ! エレナのそばにはセラもいたわ。挨拶もしてくれた。なのに、ティアが返したのはエレナだけ! ……ティアが悪い子じゃないって、分かってるわ。でも、どうしてセラだけ無視するのよ?」


 

 まくし立てたリオナは、眉を下げて私に問う。


 そんなことを言われても、分からない。

 ……私だって、あの子を無視する度に、みんなが怖い目をするのは気づいていた。

 冷たい目を向けるのは、嫉妬じゃないって、分かっていた。

 

 でも、だって。


 

 「あの子と話すのは、いけないことなんでしょう? あの子と話したら、怒られるんでしょう?」


 

 今までは、そうだった。


 お母さんは私にそう言った。

 お父さんは、何も言わなかったけど。

 でも、村ではみんながあの子を無視して、関わった子は怒られた。


 私は、間違っていない。

 お母さんが、村のみんなが、間違っているはずない。

 

 俯く私の手を、再びリオナが引いた。


 扉を開けて駆け足で廊下を進むリオナに、引きずられるようにしてついて行く。

 声をかけても、リオナは何も言わない。

 ただ静かに、苦く顔を歪めて、前を見据えていた。

 

 しばらくしてリオナが立ち止まったのは、侍神官室と書かれた扉の前だった。

 コンラートさんの部屋だ。


 リオナは、コンラートさんを呼びながら扉を叩く。

 中から声が聞こえたと同時に、部屋へ滑り込んだ。


 

 「どうかしましたか? そんなに慌てて」


 

 コンラートさんはそんな私たちを見ても、いつもの調子を崩さない。

 

 

 「あの、ティラミアの話を、聞いて欲しくて。」


 

 整わない呼吸のままに、リオナはここまでの経緯を話した。

 

 話を聞き終えたコンラートさんは椅子から立ち上がり、机を回り込む。

 私と目線を合わせるようにしゃがみ込み、ゆっくりと話を促した。

 

 穏やかなコンラートさんの空気に、気が緩む。

 気づけばポロポロと言葉がこぼれていた。

 

 

 「村を出てから、誰もあの子を無視しなくて。ちゃんと無視してる私が、怖い目で見られるようになって」


 

 こぼれる涙を拭いながら、言葉を続ける。

 

 もう、限界だった。


 息が跳ねる。

 頭が重い。

 

 顔は熱いのに、手は冷たい。


 ずっと、胸に穴が開いていた。

 足元がフワフワして、現実味がなくて、寂しかった。


 私、頑張ってるよ。

 たくさん、頑張った。

 聖女様にもなったの。


 それなのに。


 

 「どうして、お父さんとお母さんはいないの? 褒めて、くれないの?」


 

 言葉が止まらない。


 

 「どうして、みんな怖い目で見てくるの? ……どうして、お父さんとお母さんじゃなくて、あの子が生きてるの」


 

 こんなこと、言っちゃいけない。

 でも、止められなかった。

 

 リオナは、優しく背中をさすってくれた。

 それにつられるように、溜め込んでいたものが、涙と共に溢れ出る。

 

 それでも。

 赤い布のことだけは、話さなかった。


 鼻をすすって、止まらない涙を袖で拭っていると、コンラートさんの静かな声が聞こえた。


 

 「よく、話してくれました。寂しさを耐えて、よく頑張りましたね。ティラミアの頑張りは、私はもちろん、ファルネス神官長さまも。もちろんリオナも、よく知っていますよ」


 

 そう言って、コンラートさんはゆっくりと頭を撫でてくれた。

 

 少し冷たい、大きな手。

 それが、お父さんと少し似ていて。

 また1つ、涙が零れた。


 

 「……周りの人間がティラミアを“怖い目”で見るのは、きっと、ここのルールが村とは少し違うからです。」


 「ルー、ル?」


 

 かすれた声で繰り返す。


 

 「ここでは、人を無視するのは、あまり好まれないんです。それは、教会だけの話ではありません。ですから、少しずつでも挨拶を返したり、返事をしたりすると、いいかもしれませんね。……大丈夫、セラと話しても、怒られることはありませんよ。」



 ***

 

 

 次の日。


 久しぶりに、すっきりとした気分で朝を迎えた。

 

 部屋の前で鉢合わせたリオナの態度は、いつもと変わらない。

 それに胸をなで下ろして、2人並んで歩き出す。


 そうして、リオナと食堂に向かっていると、エレナとあの子に会った。


 

 「あ、エレナとセラだわ! おはよう!」


 「おはよう、リオナ、ティラミア」


 「おはようございます。2人とも」


 

 リオナの元気な挨拶に、エレナとあの子が返す。

 いつものように、エレナにだけ「おはよう」と言おうとして、昨日のコンラートさんの言葉が頭を過ぎる。


 

 「お、おはよう。エレナ……セラ。」


 

 私がそう挨拶すると、エレナとあの子――セラが驚いた様子で私を見た。

 

 周りのみんなも、ざわざわと空気を揺らしている。

 

 その中で、リオナだけが嬉しそうに私を見ていた。

 その目が、頑張ったねと褒めてくれているようで、これが正しかったんだ、と思えた。

 

 同じ年に生まれて12年。

 その時初めて、私は彼女の名前を呼んだ。


 

 「おはようございます」

 

 

 目元を緩めて、微笑むように彼女は返す。

 

 私は少し目線を逸らして、首元のペンダントをそっと握った。

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