再会
それから三年後。私は中学生になった。帰りのホームルームも終わり、教室を出る。渡り廊下を歩いていると
「柚木~!」
後方から私の名前を呼ぶ声がした。振り返ると日向冴だった。彼女とは小学校のクラス替えで初めて友達になった。現在は別のクラスになってしまったが良き親友である。
「お~。冴じゃん」
「柚木はこれからもう帰る感じ?」
「いや、仮入部のバドミントン部へ行こうと思ってさ」
「私と同じだ! 一緒に行かない?」
「いいよ!」
笑顔で私は答え、共に体育館へ向かった。
体育館に入ると既に先輩方はコートでラリーを行っていた。その空間を観察する中である人に目が留まった。
――あのときの先輩がそこにはいた。
〝あの頃の先輩だ〟そう思うと同時に小学生の頃に抱いた憧憬が蘇った。三年前と変わらない先輩がいた。また会えたことがとても嬉しかった。
「今日は廊下で練習だってさ~」
現実を引き戻すかのように冴が私に言った。
「え? なにが?」
「部活する場所が。先輩がさっき言ってたよ? 柚木、さっきからボーってしてたけど何か考え事?」
「ああ…いや! なんか部員の人数に圧倒されてさ」
私はなぜか冴に嘘をついた。
実際に体育館全体の半分をバドミントン部、もう半分は卓球部が利用していたため面積は狭いというのもあったかもしれない。だがそれでも人数は多かった。
「まぁ、確かにバド部人数多いって言ってからな~。あ! ラケット取りに行かないと!柚木早く! 置いてくよ!」
「ごめん! 今行く!」
駆け足で向かう途中、あの先輩の体育着が目に入りそこで初めて先輩の名前を知った。
「霞野先輩……か……」
私はラケットを先輩から受け取る。そして体育館を後にして渡り廊下でシャトルをラケットで掬う練習を延々と行うのだった。
仮入部を経て、バドミントン部に正式に入部した。理由を挙げるとしたら、先輩を追いかけてというのも少しあった。だが、殆どは自分の中にあるトラウマの克服のためであった。
ピピッ!ピピッ!ピピッ!
部屋に一定のリズムを刻んで鳴り響くアラーム音。私はそれを止めるためにベッドから下りて机まで歩く。目覚まし時計は机の上に置いてある。腕が伸ばせる範囲に置いてしまうと絶対に二度寝をしてしまうからだ。それに仰向けから直立することですぐに脳も覚めやすくなるだろう。現在の時刻は六時。
本日は土曜日。この日は部活の活動日である。
家を出るとふわりとそよ風が吹いた。七月とはいえ、朝方はまだ涼しい方だ。これから徐々に湿度が上がり汗で服が張り付いてくる。歩いて学校の体育館についたのは八時過ぎ。
少し重量感のある扉を開けて「失礼します」と私は一礼をした。
「ああ、おはようございます」顧問の石山先生がコートを作っていた。毎回思うのだが、何時から先生は学校にいるんだろう?いくらなんでも早すぎるよ。
「おはようございます」私は先生に再び一礼。
「支柱、もう一本持ってきて」
「分かりました」
荷物を置いて倉庫に向かって走った。土日の部活では平日と異なり体育館全面でコートを4面とその間にネットをひっかけただけの簡易的なコート二面の計6面を作ることができる。この時間帯ではその半分を私が作っている。コートを作り終えた後、
「ラケット持ってコートに入って」と先生に言われた。
「わかりました」私はラケットを持った後に軽くアップをしてから
「……よろしくお願いします」とコートに入り、基礎打ちを行う。基礎打ちとはクリア、ドロップ、スマッシュ、ヘアピンなど様々な打ち方がバドミントンにはある。それらを五分程度ラリーを行うのだ。基礎打ちが終わってから次に十一点先取の試合。これを部活開始の九時まで続く。私は、誰よりも早く来ることで少しでも強くなりたかった。
8時20分頃から続々と先輩方が現れてコートを作っている。霞野先輩はだいたい四十五分頃に到着していた。
休憩時間に入ると同じクラスの加藤凛が霞野先輩と話していた。霞野先輩が私たちの代と会話することが珍しい。まだこの頃の私は話しかけるということは一切しなかった。姿を見て憧憬して、先輩が話しているのをただ、見ていた。会話の内容こそ詳細には分からなかったが、彼女は霞野先輩のことを〝翔音さん〟と呼んでいた。
「霞野先輩の下の名前は翔音なんだ。」土日部活は早めに来ているのは、自分自身のためでもあったがいつしか、翔音さんを待っているみたいな自分がいて何処か違和感があった。
二学期に入ったある日、私は図書委員の仕事で図書室にいた。そのとき司書の先生と霞野先輩、その先輩と凛が話していた。その光景を何度が目にしていたので、霞野先輩は読書が好きなのだと知ることができた。と同時に不意にあの頃のことを伝えたい。そういう衝動に駆られた。勇気を振り絞って私は声をかけた。
「あ、あの、霞野先輩」
『あ、はい!なんでしょう』先輩は振り返った。少し驚いた表情だった。
「わ、私のこと……覚えていますか?」急にカーっと頬が熱くなる。間違いなく赤面していることが感じられる。私は咄嗟に下を向く。
『覚えてるよ』
先輩はそう言った。顔をあげると小学生の頃と変わらないあの笑顔だった。
「ずっと、言えなかったことがあるのですけど、図工室での先輩、すごかったです! 率先してリーダーシップあって!!」
『あ~! あのときか!』
「私は、そこから先輩に憧れを抱きました。それをずっと伝えたくて……」
『ありがとう。私はついて行っただけだから』
先輩は少し照れくさそうな表情をしていた。見ている此方がなぜか嬉しかった。
そこからずっと帰宅するまで心臓の音がやけにうるさかった。憧れの霞野先輩と話せただけでかなり高揚してしまっていた。
「もっと先輩のこと知りたいな……。連絡先……持ってないんだよあ……」
当時の私は携帯電話を持っていなかったのだ。部活の大会の審判として行かされたとき、周りは待機時間に携帯でゲームをしていたのは癪に障ったという愚痴を一つこぼしておく。結局、携帯を買ってもらったのは中学三年生の夏頃だった。
閑話休題。私は自分の机の上においてある便せんの山を手に取る。小学生の頃、友達だったあの子と文通をしていたものだ。私はそのときの手紙を残していた。
「あのときの発言が誤解だったのをすぐにでも言えば……なんて、今更後悔しても遅いのにね」今更謝るところで、きっと許してくれるはずなんてないのだから。
――怖い。また、傷つけてしまうのではないか。けど、やってみよう。同じ過ちを繰り返さないように。




