白の時代 その2
はい、お話いたします、と答えて、少年は、自分が常山真定の趙家の末子で、名を雲、字は子龍ということ、探しているのは、自分に字をつけてくれた次兄であることなどを語りだした。
次兄の叔斉は、ほんとうは三番目なのだが、二番目の兄が早世したので、次兄とよんでいること、家族のなかでは、いちばん馬が合ったこと、義勇軍に入るといって家を出て行ったので、おそらくどこかの義勇軍に所属しているはずだということ。
趙雲はその数少ない情報を頼りに、次兄を探しているという。
「趙子龍。へぇ、おまえさんの兄さん、なかなかいい字を選んだものだな。わしも、自分の字は気に入っているけれど、おまえさんの字には負ける気がするよ。うちには親父が早くからいなかったので、叔父貴がつけてくれたのだ。心配性で口うるさい叔父貴だったけれど、優しいひとでな、わしの母親代わりでもあった」
「叔父君が、母上代わりだったのですか」
叔父君に母上か。
こいつ、肌が野良仕事で痛めつけられてない様子だから、育ちがいいだろうなとは思っていたが、本当に育ちがよさそうだな、と思いつつ、劉備は頷いた。
「うちは、おっかさんが、男みたいだったからな。逞しくって、気が強くて、どんな男にも負けなかった。だから、代わりに叔父貴が母親代わりだ。まめにわしたち母子のことをいろいろ気づいて世話してくれるのは叔父貴のほうだった。だいたいおっかさんは、とりあえず毎日をすこやかで過ごせればそれでよし、というふうでな。あんまり細かいことを気にしないひとだったよ」
「お二人は、ご健在なのですか」
「おかげさまで、村のほうでぴんぴんしているよ。わしらが活躍してくれているので、董卓の残党やら山賊やらも、あんまり暴れなくなったと、喜んでくれているようだ。そういってもらえると、名誉からも勲からも縁遠い義勇軍の身だけれど、うれしくなるものさ」
劉備が得意になって笑うと、少年もつられて、わずかに口端を動かして、笑ったようだった。
無理に上位者にへつらって笑っている、というふうではなく、笑うこと自体に慣れていないようだった。
内気な性質らしいな、と劉備は思いつつ、それでもなぜか、こいつは人から話を引き出すのがうまいのだな、と思った。
劉備はもともと人懐っこいが、それでも初対面の人間に、ここまでぺらぺらとしゃべったことはない。
込み入った話をしてしまっても、この少年ならば、下手な噂にはしないだろうという安心感があるからか。
きっとこの少年は、口も堅いにちがいない。
「趙子龍、うん、子龍と呼ぼう。さて、おまえさんの兄さんの話に戻るが、あいにくとわしはその名を知らぬ。だが、もしかしたら、ほかの連中が、兄さんのことを知っているかもしれない。わしがみなに声をかけておくから、またあらためてこっちに来てくれ。次に来る時までに、調べておいてやるから」
そう答えると、趙子龍は、ありがとうございます、といって、丁寧に礼を取った。
うれしいだろうに、無表情で、仮面のようによくできた面貌のしたで、どんな感情が起こっているのかが、読み取れない。
常山真定とやらの家では、よほど雛のように大切に傅かれて育てられたのかな、まわりに合わせることをしなくてよい環境にいたから、表情が固いのかもしれないな、などと想像しつつ、劉備は、去っていく少年の、白い後ろ姿を見送った。
つづく




