白の時代 その1
「しゃれこうべの辻」の続編で、劉備と趙雲の出会いの話です。
本編とはちがった部分もありますが、これもひとつの可能性の話として、気軽に読んでいただければ幸いです。
天下は乱れに乱れ、いまだに収まる気配も見せない。
初平2年(191年)。
のちに三国の一角を担うことになる劉備は、まだ一握の領土も持たぬ傭兵隊の長の身である。
おなじ師に仕えた公孫瓚のもとで食客として過ごしているが、その志を果たせる日も見えず、ただ状況に流されるように、戦いに明け暮れる毎日であった。
※
雑多な色彩のなかに、ぽつりと白い点がある。
劉備が最初に気を引かれたのは、その真白い姿が、頼りなげにあちらこちらをうろうろしていたからであった。
白というのは、喪服の色であるから、ふつうでは嫌われて、あまり纏うことのない色である。
それを敢えて、全身に纏っている。
劉備は見当をつけた。
これは、兄弟子……公孫瓚の白馬義従のひとりにちがいない。
白馬義従とは、公孫瓚が、みどころのある若者と、異民族の精鋭のなかから、とくに出来るやつをあつめて、選りすぐりの白馬をあたえ、最前線にあたらせている部隊のことである。
この全身真っ白の騎馬隊は、ことのほか敵対する異民族の宗教観に訴えるものがあるらしい。
戦場では、その姿が見えただけで、敵が逃げていくほどだとか。
そればかりではなく、見た目の煌びやかさに加えて、実力もあるから、いまや公孫瓚の軍のなかでも、自慢の部隊なのであった。
白馬義従のひとりなのだから、若いだろうなと思いつつ近づいてみれば、案にたがわず十六くらいの少年であった。
がやがやと賑わいの収まることのない劉備の陣のなかにあり、ひとり、きょろきょろとあたりを見回しているため、目立つこと、このうえない。
白い衣に白く塗装した鎧に白い毛皮の靴。
本人も色白で、おどろくほど顔立ちが整った少年である。
公孫瓚自身も、かつては当代一の美少年なんぞと呼ばれて、ちやほやされたものでああったことを劉備は思い出した。
当時の公孫瓚は、ともかくすべてが派手だった。
こちらは、あの破天荒な雰囲気や、華やかさはないものの、代わりに重々しい品格があった。
良家のお坊ちゃんが、白い姿でうろうろしている。
「おい、そこの。辛気臭い顔をしているな。そんな顔をしていると、運が逃げてしまうぞ。笑え、笑え。こうだ」
劉備は少年の前にたつと、口端をにっ、と動かして、満面の笑みを作って見せた。
少年はとまどって、首をかしげ、笑おうとはしなかった。
失敗。
「わしらに、なにか用かい?」
気まずさを誤魔化すために、咳払いをひとつして、尋ねる。
すると少年は、劉備を怖じる気配もなく、すこしばかり劉備より低い目線から、まっすぐ眼差しを上げた。
度胸が良さそうだな、というのが、その、おのれを真っ直ぐ見返す瞳を見て、劉備が最初に思ったことであった。
顔立ちのよさが、かえって仇となって、周囲に軽んじられる者もいるなかで、この少年には、表面に出ている以上のなにかが、胸の底にありそうな気配を感じさせる。
そこいらの、名を轟かせようと躍起になっている若いのとは、どうも様子がちがうような。
そう、かれらが持つ、ぎらぎらとした雰囲気がないのだ。
「こちらの陣に勝手に入り込んではいけなかったでしょうか」
「いけないってことはないな。だいたい、ここにいる連中は、なんとなーく、集ってきた連中ばっかりだからな」
かかか、と笑いながら劉備が答えると、少年は、半歩、前に出て、尋ねてきた。
「あなたは、この陣のことについて詳しいのですか?」
「ああ、まあな。詳しいっちゃあ、詳しいな」
なにせ、主催者だ。
少年は、生真面目そうな表情で、重ねて尋ねてくる。
「それでは、俺の兄をご存知ではないでしょうか。趙叔斉と申しますが、年のころは三十くらいで、俺によく似ているはずです」
「おまえさんの兄さん? さて、おまえさんみたいに目立つ顔がもう一人いれば、すぐにそれと気づくと思うが」
「いないのですか」
少年は、がっかりして、顔を伏せた。
そのしおしおとした様子が気の毒だったので、劉備は思わず言った。
「なんだか事情がありそうだな。気休めにしかならないかも知れないが、ちょっと話してみないか。だいたい、そんな重苦しい顔をされたまま、兄者のところに戻られたら、わしがおまえさんをいじめたと誤解されてしまうからなぁ」
劉備が言うと、少年は顔を上げ、目線をふたたび劉備に戻して、不思議そうにまじまじと見つめてきた。
「あなたの兄者とは、わが主公のことでしょうか。失礼ですが、貴方様は、わが主公の同窓であられた、劉玄徳さまでは?」
「そうだよ」
答えると、少年は、あわてて威儀を正し、ご無礼を、と言いながら礼を取ろうとする。
劉備はあわててそれを止めさせた。
「堅苦しいのは無しだ。ここには、やかましく礼儀をたしなめてくるような、舅みたいなのはいないからな。で、おまえさんは、兄さんとやらをなぜ探しているのだ」
つづく




