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奇想三国志 英華伝 短編集  作者: 牧 知花
しゃれこうべの辻
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27/30

しゃれこうべの辻 その11

※


梅がほころぶ美しい道を、しずしずと、雲を乗せた車は移動する。

やわらかい風に、芽吹いたばかりの木々が揺れている。

耕されたばかりの畑からは、土の香りが立ちのぼっていた。

あらたな道へ入っていくというのに、心はすこしもときめかず、未来への夢も希望も、なにも思い浮かぶことはなかった。

行く手に待ち受けるものの、だいたいの予想がついているからであろう。


車が進み、袁家がそろそろ見えてくるというとき、遠くから、おおい、おおいと、声をかけてくるものがある。

車から身を乗り出して見ると、奇妙にちぐはぐな武具を身にまとった、幼馴染たちだった。

先頭には、一番の仲良しである夏侯蘭(かこうらん)がいる。

彼らは駆けてくると、ゆっくりと進む車に近づいて、乗り込んでいる雲に顔を見せた。

「よかった、追いついた。おまえに」

夏侯蘭が言うと、別の車に乗っていた長兄が、すかさず、ぎろりと睨んだので、夏侯蘭は恐縮して、言い直した。

「若旦那にはいろいろお世話になったので、最後にちゃんとお別れをせねばと、みなで相談してやってきたのだ。俺たちは、義勇軍に参加する」


雲はおどろいた。

かれらこそ、自分以上に、この土地に縛られている人間だろうと思っていたのである。

ところが、かれらは顔をきらきらと輝かせ、言うのだ。

「義勇軍で武功をたてれば、報酬は思いのままという。せっかく男子に生まれてきたのだ。この腕ひとつで、天下に名乗りを上げてみたい。若旦那に稽古をつけてもらったおかげで、十分に自信がある。常山真定(じょうざんしんてい)に帰ってくるときは、将軍様にだってなっているかもしれぬ、なあ、そうだろう、みんな」

そういって、幼馴染みたちは顔をあわせて笑った。

「いま、役所で義勇兵の受付をしているのだ。俺たちはこれから受付に行ってくる。道はちがってしまうが、達者でな、若旦那。たまに俺たちのことを思い出したら、無事を祈ってくれよ」


じゃあな、といって明るく手を振るかれらのひとりに、雲は目を奪われた。

その腰に、粗末な身なりに似合わぬ帯飾りがついている。

波飛沫(なみしぶき)に跳ねる、向き合う二対の魚の意匠の帯飾りだ。

雲はおもわず呼び止めて、その帯飾りはどうしたのかと問うた。

「ああ、これか? うちの親父が、このあいだ辻に埋めたやつの持っていたものをひろったのさ。死人の持ち物だが、戦場で困ったときに、役立つかもしれぬと、親父がくれたのだ」

そう言って、「いいだろう、でもやらぬぞ」などと言って、仲間は歯を見せて、無邪気に笑う。


お前がどちらかを選べば、選ばれなかったほうとは、訣別(けつべつ)することになるだろう。

長兄のこと、母のこと、これから妻になるはずだった袁家の娘のこと。

それぞれが、めまぐるしい速さで頭をよぎった。

だが、それも一瞬。


訣別することになってしまっても、かまわぬ。

泣き言は言わぬ。


雲は車から飛び降りると、村の役所へ目指して駆け出した。

長兄の、

「待てっ、どこへ行くつもりだ!」

という声が聞こえたが、もう振り返るつもりはなかった。

高価な重ね着を途中の地べたに投げ捨てて、雲はひたすら役所を目指した。


村の役所につくと、大勢の男たちがあつまっていた。

それをかき分けるようにして、息を切らせてやってきた少年に、役人だけではなく、その場に集まった村の男たちも、目を白黒させている。


視線を一身にあつめながらも、気にする素振りも見せず、雲は役人に、義勇軍に参加したいと告げた。

その迫力に気圧されたのか、世慣れたふうの、あごひげの立派な役人は言った。

「よい心がけだが、しかし、たしか、おまえさんは趙家の末子だろう。袁家の婿になる身じゃなかったかね?」

その話は蹴る、と答える代わりに、雲は首を振った。

あの道は選ばない。


役人は、おのれの黒いあごひげを撫(な)ぜつつ、もう片方の手で、器用に筆をうごかしながら、雲にたずねた。

「なにもここに名を載せたところで、かならず参加せねばならぬ、というものでもなし。おまえさん、たしかこんど、袁家の旦那からあざなをもらうはずだと聞いていたが、もう貰ったか?」

それは、正式に婚姻する直前に、その場でもらうはずのあざなであった。

しかし婚姻を蹴って役所に来てしまったので、当然、あざなはない。

だが。

「子龍だ。俺の名は趙雲。あざなを子龍」

「趙雲、子龍か。ほう、字面もいいし、響きもわるくない。よいあざなをもらったな」

「兄にもらったのだ」

役人は、関心なさそうに、そうか、とだけ言った。



※


そののち、趙雲は戦場へおもむき、先に義勇軍に参加したはずの次兄の姿を捜しつづけた。

だが、見つけることはおろか、噂を聞くこともできなかった。

あのしゃれこうべの主が次兄だったのか、それとも、しゃれこうべの主が、たまたま次兄とおなじ帯飾りを持っていたのか、もはや確かめようがない。


わかっていることは、趙敬という人物が存在したということ。

その人物にあざなをもらったこと。

そして未来に、希望を与えてもらったことだけである。


もし次兄がどこかで生きているならば、自分があざなを授けた末弟の活躍を聞いて、きっと満足しているにちがいない。

次兄の言った、まばゆい光をめざし、趙雲は歩きつづける。


完


あとがき

このお話は、個人サイトを運営時に、リクエストとしてお題をいただいた「趙雲の少年時代」のお話です。

趙雲は没年はわかっても生年がわからない人物なのですが、柴錬三国志での美少年ぶりがとても気に入っているので、年齢をあわせてみました。

ただし、あちらがさわやかな美少年だったのに対し、こちらはしゃれこうべが友だちという不思議少年。

闇の中から明かりのついた屋内を俯瞰する、というシーンを最初に思いついたのですが、お兄さんの正体にナゾをつけるつもりはありませんでした。

趙雲が、ラストにならないと喋らないのも、物語全体に静かな印象を与えたかったからです。うまく表現できたかは……どうでしょうね。

趙雲はわりと書きやすいので、とても楽しめて書くことができました。当時リクエストしてくださった方、どうもありがとうございました!

そして長いお話を読んでくださったみなさま、どうもありがとうございました(*^▽^*)

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