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奇想三国志 英華伝 短編集  作者: 牧 知花
しゃれこうべの辻
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20/29

しゃれこうべの辻 その4

※


長く常山真定(じょうざんしんてい)の趙家から離れていた、次兄の敬(けい)が戻ってきたという知らせは、趙家をひさびさにひとつにまとめた。

いさかいばかりが目立っていた趙家が、めずらしくみな和(なご)やかになって、ともに宴の支度をはじめたほどだ。

長兄は、同腹の弟の帰還を何より喜んで、めずらしく笑ってばかりだ。

敬もまんざらではないようで、ほかの兄弟たちから洛陽(らくよう)の様子を聞かれれば、気安く応じている。

正妻も息子が戻って来たとはしゃいでいて、雲の母もいっしょになって喜んでいる。

まるで魔法だなと、雲は思った。

たったひとりの出現で、変わるものである。


敬が帰って来た日は、もう日が落ちかけていたので、宴は次の日の夜に行われることとなった。

締(し)まり屋の長兄は、めずらしく大盤振る舞いで、家の豚を二頭、屠(ほふ)ることにしたという。

そんな中でも、趙雲はせっせと槍の修行に励んでいた。

村の仲間たちも集まって、一緒に修行をしていたが、しかし、幼馴染のひとりの夏侯蘭(かこうらん)が手を止めたことから、だんだんほかの者も手を止めてしまう。

そして結局、おしゃべりの時間になってしまった。

「なあ、阿雲(あうん)、今夜は宴だそうじゃないか。親父から聞いたよ。上等の豚を屠るんだろう?」

上等の豚、という言葉が出たとたん、ほかの幼馴染みたちも、いいなあ、と口々に言った。

熱いまなざしを向けてくるかれらに、雲が、そうらしい、と答えると、少年たちはみな、羨望(せんぼう)のため息をついた。

「阿雲の家は立派だものな。おれたちの家で宴をしたとしても、せいぜい出るのは痩せっぽちの鶏の肉くらいなものさ」

夏侯蘭はそう言って、趙家の大きいが古ぼけた家の軒(のき)を見上げた。

「金持ちがうらやましいよ」

うちに金はないぞといいかけて、雲は口を閉ざした。

それなりにやりくりに四苦八苦しているとはいえ、重税に苦しむ幼馴染たちの家より、ずっとましなのである。

むかしは、雲も幼馴染みたちとの差を考えることなく、身分や家柄の隔てもなく仲良くしていた。

だが、最近は、世の中というものが徐々にわかってきている。

そのために、否(いや)が応(おう)でも、たがいの環境を意識するようになってきていた。

無邪気に肩を並べられた時代は去ってしまったようだ。

それは寂しいことだなと、雲は素直に思った。


「豚のほかにも、ごちそうが出るんだろうな、いいなあ」

夏侯蘭は唄うようにいって、よだれを拭くしぐさをした。

雲としては、敬の帰還を祝う宴に出るのは、あまりうれしいと思えない。

敬のことがいやなのではない。

ほかの兄たちが問題であった。

顔を合わせれば争うことしかしない腹違いの兄たち。

かれらと贅沢な食卓を共にするよりは、村の幼なじみたちと一緒に、普段通りの食事を食べるほうが、よほど楽しい。

「なんだか腹が減って来たよ」

食欲に負けたのか、ひとりがそう言うと、ほかの幼馴染みも、そうだなあ、家に帰るか、と言い出して、槍代わりの棒を打ち捨てて、ひとり、またひとり、と帰ってしまった。

夏侯蘭も、自分が修行をやめておしゃべりを始めたのに、呑気(のんき)なもので、

「みんな帰っちまったから、おれも帰ろう」

と家に戻っていった。


ひとり残された雲は、文句を言うでもなく、ひとりもくもくと少年たちの片づけをした。

だんだん、みなとの差が開いてきているような気がしてならない。

そのうち、幼馴染たちからも若旦那なんて呼ばれるようになって、一緒にいる時間が徐々に減っていき、やがて、すっかり疎遠になってしまうのだろうか。

家路へ急いだかれらの後を追って、むかしのように、どこまでも駆けていこうよと誘うことができたら、どれだけよいだろう、と夢想する。


空を見上げると、厚い曇り空。

降りそうで降らない雪に焦れながら、雲は思った。

未来の見えない故郷から、出て行きたい。

厚い雲を突き破って、光のあるところへ行ってみたい。

どこか遠くへ。

誰も知らないところへ行ってみたい。


無理だろう、とは思ったが。


つづく

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