しゃれこうべの辻 その4
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長く常山真定の趙家から離れていた、次兄の敬が戻ってきたという知らせは、趙家をひさびさにひとつにまとめた。
いさかいばかりが目立っていた趙家が、めずらしくみな和やかになって、ともに宴の支度をはじめたほどだ。
長兄は、同腹の弟の帰還を何より喜んで、めずらしく笑ってばかりだ。
敬もまんざらではないようで、ほかの兄弟たちから洛陽の様子を聞かれれば、気安く応じている。
正妻も息子が戻って来たとはしゃいでいて、雲の母もいっしょになって喜んでいる。
まるで魔法だなと、雲は思った。
たったひとりの出現で、変わるものである。
敬が帰って来た日は、もう日が落ちかけていたので、宴は次の日の夜に行われることとなった。
締まり屋の長兄は、めずらしく大盤振る舞いで、家の豚を二頭、屠ることにしたという。
そんな中でも、趙雲はせっせと槍の修行に励んでいた。
村の仲間たちも集まって、一緒に修行をしていたが、しかし、幼馴染のひとりの夏侯蘭が手を止めたことから、だんだんほかの者も手を止めてしまう。
そして結局、おしゃべりの時間になってしまった。
「なあ、阿雲、今夜は宴だそうじゃないか。親父から聞いたよ。上等の豚を屠るんだろう?」
上等の豚、という言葉が出たとたん、ほかの幼馴染みたちも、いいなあ、と口々に言った。
熱いまなざしを向けてくるかれらに、雲が、そうらしい、と答えると、少年たちはみな、羨望のため息をついた。
「阿雲の家は立派だものな。おれたちの家で宴をしたとしても、せいぜい出るのは痩せっぽちの鶏の肉くらいなものさ」
夏侯蘭はそう言って、趙家の大きいが古ぼけた家の軒を見上げた。
「金持ちがうらやましいよ」
うちに金はないぞといいかけて、雲は口を閉ざした。
それなりにやりくりに四苦八苦しているとはいえ、重税に苦しむ幼馴染たちの家より、ずっとましなのである。
むかしは、雲も幼馴染みたちとの差を考えることなく、身分や家柄の隔てもなく仲良くしていた。
だが、最近は、世の中というものが徐々にわかってきている。
そのために、否が応でも、たがいの環境を意識するようになってきていた。
無邪気に肩を並べられた時代は去ってしまったようだ。
それは寂しいことだなと、雲は素直に思った。
「豚のほかにも、ごちそうが出るんだろうな、いいなあ」
夏侯蘭は唄うようにいって、よだれを拭くしぐさをした。
雲としては、敬の帰還を祝う宴に出るのは、あまりうれしいと思えない。
敬のことがいやなのではない。
ほかの兄たちが問題であった。
顔を合わせれば争うことしかしない腹違いの兄たち。
かれらと贅沢な食卓を共にするよりは、村の幼なじみたちと一緒に、普段通りの食事を食べるほうが、よほど楽しい。
「なんだか腹が減って来たよ」
食欲に負けたのか、ひとりがそう言うと、ほかの幼馴染みも、そうだなあ、家に帰るか、と言い出して、槍代わりの棒を打ち捨てて、ひとり、またひとり、と帰ってしまった。
夏侯蘭も、自分が修行をやめておしゃべりを始めたのに、呑気なもので、
「みんな帰っちまったから、おれも帰ろう」
と家に戻っていった。
ひとり残された雲は、文句を言うでもなく、ひとりもくもくと少年たちの片づけをした。
だんだん、みなとの差が開いてきているような気がしてならない。
そのうち、幼馴染たちからも若旦那なんて呼ばれるようになって、一緒にいる時間が徐々に減っていき、やがて、すっかり疎遠になってしまうのだろうか。
家路へ急いだかれらの後を追って、むかしのように、どこまでも駆けていこうよと誘うことができたら、どれだけよいだろう、と夢想する。
空を見上げると、厚い曇り空。
降りそうで降らない雪に焦れながら、雲は思った。
未来の見えない故郷から、出て行きたい。
厚い雲を突き破って、光のあるところへ行ってみたい。
どこか遠くへ。
誰も知らないところへ行ってみたい。
無理だろう、とは思ったが。
つづく




