失われた時の相模原(4)
車で駅まで送るという塔子の父親の申し出を断り、彼女の実家を後にした。
住宅街の路地を歩き、マンションや団地が建ちならぶ地区まで戻った。塔子の家が見えなくなると、彼女の両親の前で張り詰めていた緊張が途切れた。
足元がふらついた。二人の前で必死に感情のたかぶりを抑えようとしていた反動なのか、身体の奥が激しくうずきはじめた。
めまいがした。近くの団地の小さな公園に入り、ベンチに腰をおろした。下を向いて目を閉じた。
塔子の母親のように、そのまま思いきり泣くことができればよかった。身体の中で生々しく渦巻いている悲しみを、一気に吐き出したかった。
しかし本当に悲しいのは、塔子の両親と、アメリカの彼だった。
こちらは、父親が語っていた親戚でも関係者でもなく、その死を二ヶ月間も知ることができなかった部外者だった。彼女に選ばれず、受け入れられなかった男だった。
同時多発テロの発生から二ヶ月、塔子の身を案じるこの心の中に、彼女は生きていたが、もうその頃には、彼女はこの世から跡形もなく姿を消していた。
そして彼女の存在しない世界も、身近な場所で、確実に時を刻んでいた。
塔子と過ごした短い時間の記憶が、何度か奇跡的に触れた彼女の冷たい指先の感触が、深まっていく秋の風にさらされ、同化して、急速に現実感を希薄にしながら、手元から失われていく。
そこには死の実感もなく、生の手触りもなかった。
生きること、死ぬこと、そのすべてが分からなくなっていた。
▽
身体が変調をきたしていた。
視界はぼやけ、時折目の中で細かい光が点滅するようになった。
耳に水が入ったままのような状態になり、どんな音も聴きとりづらい。音楽を聴く気にはなれず、ギターを手にすることもなくなっていた。
夕暮れ時の部屋で、五星塔子が最後にくれた手紙を手にしていた。
それは、ともに過ごした短い時間や、他愛のない話し声、そんな見えない記憶ばかりを置いて消えていった塔子が残した、数少ない形あるものだった。
塔子の父親はその時間を、迂回路と言った。
彼が言うように、浪人生としての一年が迂回路なら、その手紙は、本当はあの冬に終わっていたはずの迂回路の時間に季節はずれの光を当てつづけ、長く伸びた影のようなものだった。
(すべてをしまわなければならない。終わらせなければならない。)
迂回路の影をしまい込むのに、ふさわしい場所はひとつしか思い浮かばなかった。手紙を封筒の中に戻して封をした。それをもって家の物置に入った。
壁のスイッチを押したが電灯が点かなかった。電球が切れているようだった。
部屋から懐中電灯をもってきて、その明かりだけで目的のものを探した。二重三重に積み上げられた荷物をいくつか床に下ろし、予備校の勉強道具を収めたダンボール箱を見つけた。
口をふさいでいたガムテープを剥がし、懐中電灯の明かりを照らしながら中を見た。テキストやノート、単語集、辞書、文例集、国語や日本史の資料集などが、受験を終えた頃のまま収められていた。
傍らにしゃがんで、それらを順番に取り出し、床に置いていく。
探していたものを見つけた。国語の現代文のノートだった。表紙を開いた。
『ノートありがとう。目標を達成して、本当の居場所に近づくためには、我慢しなければならないことも多いかもしれないけど、一緒にがんばる仲間だと言ってもらえて嬉しかったです。また時間を見つけて話したいですね。』
『私のメルアドです。ヤマトくんと同じ大学で、一緒に勉強するのが、私の新しい目標です。』
浪人の一年間に塔子がくれたポストイットのメモが、いくつかそこにまとめて貼られていた。それらも、塔子が手元に残していった、数少ない形あるものだった。
そのページに、長く伸びた迂回路の影である最後の封書を挟んで、静かに表紙を閉じた。
ノートをダンボール箱の中に戻した。床に取り出したテキストや参考書を順番に手にとり、その上に重ねるようにして箱に戻していく。
薄暗い物置の中で、迂回路の記憶に土を被せていくように、丁寧に一冊ずつ重ねていった。
そのとき、手元から何かがこぼれて、物置の床の暗がりの中に落ちた。
点けたまま傍らに置いていた懐中電灯を手にもち、足元を二度三度と照らした。
床に下ろした荷物や、ダンボール箱の隙間に転がり込んでしまったようだった。それらを順番によけながら、懐中電灯の明かりを照らしていった。
床の一部を照らした光の中に、小さな緑色の物体が見えた。
それは、菊原美月からもらった大山阿夫利神社のお守りだった。拾い上げ、軽く埃を払った。表には「合格御守」、裏には「大山阿夫利神社」の文字が入っていた。小さな緑色のお守りだった。
試験会場にもって行き、そのままテキストと一緒に、この箱の中にしまってあったようだ。
上野駅のホームで故郷の草津へ帰る美月を見送った夜、テレビで同時多発テロの映像を見た瞬間から、塔子の安否のことで頭は埋めつくされ、美月のことを思い出す余裕はなくなっていた。
美月も、始めたばかりの音楽療法士のアシスタントの仕事に邁進しているのか、あれから一度もメールを送ってくることはなかった。
美月とのことも、また、遠い迂回路の時間の記憶のように感じられた。静かに心のどこかにしまい込み、やがて忘れてしまうべき迂回路の影のように思えた。
お守りを挟もうと、手近なテキストを一冊手にとって開いた。日本史のテキストだった。ふと、いつか美月が話していた言葉が思い出された。
(『お守りは、願いがかなったら、お礼参りをして返すのがいいんだって』)
第一志望の大学に合格するという願いは、確かにかなっていた。
二月の受験から、もう九ヶ月の時間が過ぎてしまっていたが、もし美月が語っていたことが本当なら、このお守りを戻すべき場所は、このダンボール箱の中ではないような気がした。
お守りだけをズボンのポケットに入れた。残りのテキストやノート、参考書などを重ね入れ、ダンボール箱の口を新しいガムテープでふさいだ。
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〈著者・秋沢ヒトシのプロフィール〉
秋沢一氏 /コピーライター、作家。小説『見えない光の夏』で第3回立川文学賞・佳作。ラジオCMコンテストでの受賞歴少々。お問い合わせは、「作家 秋沢」で検索するか、以下のアドレスでアクセスできる、ウェブサイトのフォームから。https://akisawa14.jimdo.com/




