失われた時の相模原(2)
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十月の半ば過ぎだった。
御茶ノ水キャンパスの大教室で3限の民法総則の講義を受けていた。
講義が終わり、一階ロビーから校舎を出たところで、ポケットの携帯が鳴った。知らない番号が表示されていた。
講義の合間の休み時間に入り、キャンパス内の各教室から、学生たちが一斉に外に出てきていた。
周りの話し声が騒がしく、彼らから少し離れて電話に出た。
「は、はい」
目の前の通りで、ちょうど信号が変わって走り出した車のエンジン音も重なり、相手の声が聴きとりづらかった。
「もしもし」
女性の声だった。それは、アメリカにいる五星塔子の声のようにも感じられた。
「ヤマトさんの携帯電話ですか?」
他人行儀な呼び方に、塔子の声ではないと気づく。
「あ、はい。そうですが」
「私、立智大のシマですけど、憶えてる?」
五月頃、立智大学のキャンパスで会ったシマだった。
リッチモンドという放送研究会のシマには、当時連絡の取れなくなっていた塔子の行方を尋ね、「何か分かったら連絡する」と言うシマにこちらの携帯の番号を伝えてあった。
あれから、沼津のベイサイドFMに出演していた塔子をGOマーケティングの録音テープで見つけ、既に彼女との再会は果たしていた。
受験の後、塔子がこちらを避けようとした理由も、アメリカへの留学を決めた経緯も既に知っていた。改めてシマから教えてもらうことは、何もないように思えた。
(シマはおそらく古い情報を伝えてくる。)
そんな予想から、気を緩めながら返事をした。
「リッチモンドのシマさんですね。どうしました?」
「五星塔子さんのことなんだけど……」
(やはり……。)
「はい」
「ヤマトさん、落ちついて聞いてくれる?」
「……はい」
語感が少し変だった。シマは一呼吸おいて、話しはじめた。
「学内で、こないだのアメリカの同時多発テロに、うちの学生が巻き込まれて亡くなったっていう噂があって。いろいろ訊いてまわってみたら、それが……、どうやら五星塔子さんのことらしいの」
シマが話した内容を理解するまで、しばらく時間がかかった。
頭の混乱が収まり、その意味を理解すると、今度は胸が締めつけられるように痛みはじめた。
気持ちを落ちつかせながらシマに言った。
「まさか……、何かの間違いじゃないですか?」
「ごめん。今の段階では、はっきりしたことは分からないんだけど……」
テロ発生の翌日から、意識して注意深く新聞に目を通し、死者や行方不明者に関する記事を確認するようにしていた。にわかには信じられなかった。
「僕、テロの後、新聞をわりと細かく見てたんです。でも日本人の犠牲者の中に五星さんの名前なんてなかったし、立智大生が巻き込まれたっていう話もなかったんですけど……」
「五星さんって、留学するんで、前期でうちの大学を辞めてたみたい。九月の時点で、もう既に学籍がなかったから、大学側も発表を見送ったみたいで……」
シマが答えた内容には、妙な具体性があり、嫌な胸騒ぎがした。その感触に戸惑いながらも、情報を伝えてくれたシマに礼を言って、電話を切った。
その足で大学の図書館に行き、レファレンスカウンターで、新聞のバックナンバーを請求した。家でとっている新聞と、他の新聞社の新聞も複数出してもらった。
紐で結ばれた新聞の束を閲覧室の机に置いて、同時多発テロに関する情報が伝えられはじめた九月十二日の朝刊から、丹念に読み返していった。
各紙を横断的に詳しく読み込んでいっても、やはり報じられている犠牲者や行方不明者の中に五星塔子の名前は見つからなかった。
ただ、ひとつだけ気になる記事を見つけていた。家でとっているのとは違う新聞の、社会面の片隅にそれはあった。事件発生の数日後に載った小さな見出しの記事だった。
『【墜落機に2邦人搭乗か】 官房長官はペンシルベニア州ピッツバーグ近郊に墜落したユナイテッド航空93便ボーイング757の搭乗名簿に日本人と見られる2人の名前があることを明らかにした。』
その日以降、各紙の記事で、ユナイテッド航空93便に搭乗していて亡くなった日本人男性については、詳しく報じられていた。
ただ、その最初の小さな記事の中で触れられているもう一人の日本人に関しては、翌日以降も追いかける記事がなく、当初政府から発表された情報が間違いだったのか、未確認の情報だったのかさえも、よく分からなかった。
図書館を出ると、外はもう日が落ちていた。急いで相模原の家に戻り、机の奥にしまい込んであった塔子の封書を取り出した。
(未練がましいと思われようと、かまわない……。)
塔子の無事が確かめられ、立智大学のキャンパス内に広がっているのが、根拠のないただの噂話だと確認できれば、それでよかった。
封を開き、中から手紙を取り出した。
手紙には塔子の文字で、八月のアカアオボシのライブに招待したことに対する短い感謝の言葉が綴られ、末尾に相模大野で彼女が話していたメールアドレスと、新百合ヶ丘の彼女の実家の住所が記されていた。
そのアドレスは、フリーメールのアドレスのようだった。メールソフトを立ち上げ、アドレスを打ち込み、短い言葉を打った。
『ヤマトです。アメリカで、大規模なテロ事件が起きたので、心配しています。無事に過ごしていると信じていますが、一言でいいので返事をください。』
アメリカにいる塔子に宛てて、そのメールを送った。
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〈著者・秋沢ヒトシのプロフィール〉
秋沢一氏 /コピーライター、作家。小説『見えない光の夏』で第3回立川文学賞・佳作。ラジオCMコンテストでの受賞歴少々。お問い合わせは、「作家 秋沢」で検索するか、以下のアドレスでアクセスできる、ウェブサイトのフォームから。https://akisawa14.jimdo.com/




