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ユレルサンカク  作者: 秋沢一文
七章
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夏のなごりの東京(1)

【二〇〇一年 九月 夏のなごりの東京】


 暦が九月に変わっても、路面に夏の匂いは残されたままだった。


 まだ夏休みの期間中だったため、大学の仲間たちと顔を合わせる機会もなく、五星ごせい塔子が日本から去っていった哀しみと、容易にぬぐい去ることのできない彼女の影を心の中に引きずりながら、家とアルバイト先を往復するだけの日々が続いていた。


 GOマーケティングのある橋本に向かう時、いつもJR横浜線の北側の窓から相模総合補給廠さがみそうごうほきゅうしょうの様子が目に留まる。


 整然と並べられた大量のコンテナ。英字の巨大なプレート看板。側面に引き込み線ホームが付けられた横長の倉庫。


 それらを見るたび、塔子が旅立っていったアメリカという国を思った。


 相模大野で塔子から受け取った手紙は、封を開けぬまま机の奥にしまい込んであった。左手の薬指に銀の指輪をして、その封書をこちらの手の中にねじ込んでいった塔子に、迷いは感じられなかった。


(今となって、塔子の連絡先を知ったところでどうなるのか……。)


 アメリカで「一緒に暮らす」という彼を追って、塔子は旅立っていった。その意志に揺るぎはなく、受験の後、静かに連絡を絶とうとした時から、きっと何も変わっていないはずだった。


 そんな彼女に、こちらから、ただ身勝手で一方的な想いを抱きつづけていただけだった。


 立智大学のキャンパスに赴き、沼津のベイサイドFMを訪ね、ようやく彼女の所在を見つけても、結果は何ひとつ変わらなかった。塔子を引きとめ、日本に留まらせることはできなかった。むなしさを感じていた。


 GOマーケティングの社屋に入り、全国各地のラジオ局の録音テープが収められた棚を眺めた。


 ここにあるテープをくまなく聴いてみたところで、ベイサイドFMの時のように、五星塔子の声を見つけることはできない。


 日本全国のラジオ局のテープが集まるこの棚にも、アメリカの放送局の録音テープはない。アメリカは遠すぎた。


 未着手のテープを手にとって、作業机に着いた。ヘッドホンをして、パソコンの画面を見つめる。デッキでテープを再生させ、ボタンを操作した。


 流れてくるDJのトークを、まるで無駄なもののように飛ばしていく。内容に余計な興味をもたず、冷徹になればなるほど、オンエア・リストの作成は進んだ。


 休憩時間になり、社屋の外に出た。車線の多い国道16号を車が行き交っている。


 デスクのカイが自販機の横のベンチに座り、缶コーヒーを飲んでいた。


「カイさん、珍しいですね」


「ああ。あまりオフィスの中にこもってばかりでは、身体に悪いからね。ちゃんと休憩もとらないと。いま、ちょっと仕事に余裕ができてるんだ」


「そうですか」


 自販機で飲み物を買い、カイの隣に座った。デスクとして、いつも社内で忙しそうにしているカイとは、これまで仕事上の用件以外で話す機会がなかった。


 カイは元々、プロのスタジオ・ミュージシャンをやっていたという。ふと、洋楽の楽曲にも詳しい彼に、アメリカという国のことを尋ねてみたくなった。


「カイさん。ちょっと訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」


「なに急に? まあ、オレに答えられることだったら」


 どういう訊き方がいいのか考えてみたが、結局シンプルにこう尋ねた。


「アメリカって、どんな国ですか?」


「へえ、漠然とした質問だなあ。でも、そういうの嫌いじゃないけど……」


 カイはニヤリと笑い、缶コーヒーを一口飲んでから話しはじめた。


「そうだな。比較的歴史の浅い国だけど、そのぶん、新しい気概にあふれた国という印象があったかな」


「行ったことあるんですか?」


「若い頃。この仕事を始める、だいぶ前にね」


 残りの缶コーヒーをあおるように飲み、カイは続けた。


「ただ、どうなんだろう? このところその気概が、『気負い』みたいになっちゃって、理想が空まわりしているという感じもあるのかな」


「空まわり……、ですか?」


 遠い目をするようにしてカイは答えた。


「うん。何がきっかけでこうなったのか? 湾岸戦争か、冷戦の終焉しゅうえんか。ベトナム戦争か、朝鮮戦争か。それとも太平洋戦争か? オレにはよく分からないけど。とにかく迷走を始めてしまっているという印象はあるよね」


 アメリカという国に対して漠然と抱いていたイメージは変わらなかったが、カイと話せたことで、硬直していた心が少し楽になったような気がした。


 オンエア・リストの作成作業を終え、夕方に家に戻った。


 西日が隠れて涼しくなった外階段に、野良のら猫のタマが寝そべっていた。タマの頭を撫でて身体をさすった。毛むくじゃらの身体に昼間の気温を保っているのか、タマの身体はホカホカと温かかった。


 今日は特にお腹は減っていなかったのか、甘えてきてエサ代わりのニボシをせがむことはなかった。

「評価」「ブックマーク」「感想」などいただけますと、とても励みになります。よろしくお願いします。(秋沢)


〈著者・秋沢ヒトシのプロフィール〉

秋沢一氏あきさわ・ひとし /コピーライター、作家。小説『見えない光の夏』で第3回立川文学賞・佳作。ラジオCMコンテストでの受賞歴少々。お問い合わせは、「作家 秋沢」で検索するか、以下のアドレスでアクセスできる、ウェブサイトのフォームから。https://akisawa14.jimdo.com/

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