新しい季節の東京(5)
休憩時間、社屋の外に出て自販機の前を探すと、テレビCM部門のイナバがいつものように缶コーヒーを飲んでいた。急いで走り寄って声をかけた。
「イナバさん。イナバさんって、前にラジオマニアだって言ってましたよね」
「まあ、マニアっていうか。一応、好きで聴いてるって感じだけどね」
「あの、ベイサイドFMってどこの放送局ですか?」
「ベイサイドFM? えーとベイサイドFMは、たしか静岡県の沼津とか清水とか、あっちのほうじゃないか。ああ、そうだ。ベイサイドのベイは駿河湾のことじゃなかったかな、たぶん」
(沼津……。静岡……。)
「あの、イナバさん。今日の仕事終わり空いてますか? ちょっと相談したいことがあるんですけど」
GOマーケティングでの仕事を終えた後、イナバと橋本駅前のカフェに入った。
イナバに五星塔子のことをかいつまんで話し、ベイサイドFMのキャンパス・ラインという番組の録音テープを過去にさかのぼって聴く方法はないか尋ねた。
「ふーむ。なるほど。オレは元々ラジオ部門志望だったから、GOマーケティングのラジオ部門の仕組みについては詳しいよ。
オレも同じように、このあたりじゃ電波の入らない地方のマニアックな放送局の番組を聴いてみたくて、ラジオ部門の社員からいろいろ情報を集めたことがあるから。
ただ部門の壁は厚くて、なかなか実行には移せなかったけどね。で、そのキャンパス・ラインっていう番組は、何曜日にやってるって?」
「日曜日に、週一回のペースで放送してるみたいです」
「なるほど、週一か……。あの棚の、地方のコミュニティFM局の番組の録音テープは、放送日の一週間後にならないとストックされないんだ。
だから、今日の時点で今週の日曜日の放送を聴くことはできないわけ。つまりヤマトくんがさっき聴いたのは、一週前の日曜日に放送された番組だということになるね」
「最新の放送は聴けない。聴けるのは、常に一週間遅れになっちゃうってことですか?」
イナバは深くうなずき、さらに言った。
「二ヶ月分のテープは棚に保管されるから、『先月からアシスタントを始めた』と言っていたなら、その子が初登場した回の放送は聴けるはずだよ。
でもオンエア・リストの作成は、もうとっくに他のバイトの人が手をつけているだろうから、仕事の時間中には聴けないだろうけど。
オレみたいなラジオマニアのふりして、デスクのカイさんにそれとなくお願いしてみたら?」
イナバのアドバイスを受けて、次のアルバイトの日、仕事終わりにデスクのカイに訊いてみた。
「仕事中、たまたま聴いた番組が面白かったので、過去の回の放送を聴いてみたいんですけど。少し残って聴いていってもいいですか?」
「へえ。ヤマトくんも、けっこうマニアックなんだね。いいよ。どうせ一時間くらいなもんでしょ。もちろん時給は発生しないけどね」
カイの許可をもらい、いつもの席のデッキとヘッドホンで、ベイサイドFMキャンパス・ラインの五月最初の日曜日の放送を再生した。
DJペンタゴンの自己紹介シーンだった。
「DJペンタゴンです。未熟者ですが、よろしくお願いします」
「ペンタゴンさんは、あの聖学館女子高校のご出身で、なんと立智大学の一年生ということで、カッコいいなあ」
「いえいえ、高校まで沼津に住んでましたから。静岡っ子ですよ」
「でも。聖学館女子といったら。ねえ。県内の女子みんなが憧れる、お嬢様系ミッション・スクールじゃないですか?」
「お嬢様なんかじゃないですって」
「ふーむ。で、このペンタゴンっていう名前は?」
「私、本名が五星っていうんです。五つの星と書いて。なので、五角形の星にひっかけてペンタゴンをDJネームにしたんです」
「あ、そうなんだ。僕なんか、ペンタゴンって聞くと漫画の『キン肉マン』を連想しちゃうんだけどさ……。男子リスナーにはみんな共感してもらえると思うんだけど」
「ペンタゴンって怪獣の名前みたいで可愛くないですか?」
「そう言われればそうだね。ヒバゴン、カネゴンみたいな感じもするね」
はっきりと「五星」という本名を言っていたことで、DJペンタゴンは確実に五星塔子だということが分かった。
さらに、ベイサイドFMのウェブサイトを見て、DJペンタゴンの出演番組を確認してみると、月曜から金曜までの昼の帯番組の現地レポーターを五月からやっていることも分かった。
それは生放送の番組だったので、少なくとも五月から、塔子はベイサイドFMのある沼津で生活しているのだろうと推測できた。
(塔子は沼津にいる……。)
塔子が沼津で住んでいるのは、両親が新百合ヶ丘に引っ越してから高校を卒業するまでの間、そこから学校に通わせてもらっていたと前に彼女が話していた、親戚の家かもしれなかった。
それから毎週、GOマーケティングの社内で、一週間遅れのベイサイドFMを聴いた。そして、キャンパス・ラインの番組宛にネタの投稿やリクエストのメールを送った。
軽快なコーナー・ジングルとともに、DJヒゴが話しはじめる。
「はい。次は学食ネタのコーナーです。ここでは食べものに関する笑えるネタをリスナーの皆さんから送ってもらっています。じゃあ、DJペンちゃんよろしく」
「はい。まずは、ラジオネーム『ニッポンの大学生』さんからのメールです。
私が通っている大学の近くにある天丼屋さんは、客が店に入ってくるのを見るなり、『天丼でいいですか?』と向こうから訊いてきます。
いきなり尋ねられて状況が飲み込めず、入口近くでアワアワしている人を見かけると、自分が初めてその店に入った時、同じように焦ってアワアワしてしまったことを思い出して苦笑いしてしまいます。
というメールですが……」
「なるほどね。たまにあるよね、そういう店。だいたいこういう店っていうのは、味にものすごくこだわりがあるか、安い・早いを売りにしてるかのどっちかだと思うんだよね。
僕が前に住んでた街も学生街だったから、安い定食屋さんとかが多かったんだけどさ……」
地方のコミュニティFM局は、リスナーが少なく競争率が低いのか、ネタやリクエストのメールは出すたびに番組内で紹介された。
そして毎週、沼津のベイサイドFMから相模原の自宅に、何枚もプレゼントの番組ステッカーが送られてくるようになった。
アルバイトの休憩時間、いつもの自販機の前でイナバが訊いてきた。
「ベイサイドFMの件。その後、どうなってる?」
「DJペンタゴンは、もう完全に本人で間違いないです。コーナーにネタ書いてメールで送ったら、読まれて。家に番組ステッカーが届きましたよ」
「へえ。じゃあ、本名も書いて投稿してるんだ。向こうは、ヤマトくんだってこと気づいてるのかな?」
「分からないです」
「居場所が分かったんだから、ネタ投稿のラジオネームじゃなくて、ちゃんとメールなり、手紙なりを局内の彼女宛に送ってみたら?」
「うーん。でも、追いかけたら、また逃げられちゃいそうな気がして」
「なんか複雑そうだなあ」
イナバがため息をつくような口調で言った。
目の前の国道16号を、長い車の列が、橋本五差路をまたぐ高架のバイパス道路の方へ向かって、塊になって走りすぎていった。
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〈著者・秋沢ヒトシのプロフィール〉
秋沢一氏 /コピーライター、作家。小説『見えない光の夏』で第3回立川文学賞・佳作。ラジオCMコンテストでの受賞歴少々。お問い合わせは、「作家 秋沢」で検索するか、以下のアドレスでアクセスできる、ウェブサイトのフォームから。https://akisawa14.jimdo.com/




