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ユレルサンカク  作者: 秋沢一文
五章
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新しい季節の東京(3)

 立智りっち大学のキャンパス内を歩きながら、他に何か方法はないかと考えをめぐらせた。


 湘北予備校のれっきとした卒業生だから、予備校に問い合わせれば、塔子の連絡先を知ることができるかもしれなかった。しかし、仲のいい丹波チューターは横浜校に転勤してしまっていた。


 丹波のいない町田校に行って訊いてみても、いまの立智大学と同じような対応をされるだけかもしれない。聖学館女子高校は女子校だけに一層難しいだろう。


 いい方法が思い浮かばないまま、キャンパス内の掲示板を眺めていた。立智大学の校内で行われるらしい講演会の告知ポスターが貼ってあった。


 そのポスターには、作家の和泉順三郎の写真が載っていた。


『和泉順三郎 文学部定期講演会 【米国式ライフスタイルを語る!】 本校講師で作家・翻訳家の和泉順三郎先生による定期講演会が開催されます。』


 去年、まだ浪人生だった頃に図書館で借りて読んだ、和泉順三郎の翻訳作品、ドナルド・ウォーカー・スミスの『New York Suburbia ―ニューヨーク郊外―』を思い出した。

 あの本の中にも、確かにアメリカの生活様式に関する記述が多くあった。


 掲示板には、その講演会のポスターの他にも、サークルの勧誘ビラが少しの隙間すきまもなく貼られていた。破れていたり、がれかかっていたりするものもあった。そのうちの一枚に目が留まった。


「放送研究会・リッチモンド 新入生募集」


 携帯を開き、土佐ミチスエが前にくれたメールの内容を確認した。リッチモンドは、五星ごせい塔子が入るつもりだとミチスエに話していたサークルだった。

 勧誘ビラの下の方を見ると、サークル棟の二階に部室があると書いてあった。


 サークル棟の場所を探してキャンパス内を歩きまわった。そして学生食堂の裏手に、小中学校の校舎のような形をしたサークル棟の建物を見つけた。


 建物の中に入り、階段を二階に上った。廊下を歩いて、「放送研究会・リッチモンド」と書かれたドアの前に立った。ドアをノックしても反応がなく、中に人がいそうな気配もない。


 どうすることもできず、ドアの前で立ち尽くしていた。その時、後ろから声をかけられた。


 振り返ると、ベリーショートな髪型の女性が立っていた。


「誰? 入部希望の一年生? やや時期はずれだけど」


「このサークルの方ですか? あ、あの……」


「分かった。いろんなサークルを転々とするサークル・ジプシーね。多いんだよね、ゴールデンウィーク過ぎのこの時期。


 よし入った入った。うちでしばらく面倒みてあげるから。あ、言い忘れたけど、私は副会長のシマ。経営学部の三年。よろしくね」


 シマは勘違いをしていた。


「あの、僕、立智りっち大生じゃなくて、英治えいじ大学のヤマトと言います。英大生です」


 慌ててそう説明すると、ようやくシマの誤解が解けた。


 シマに五星塔子を探しにきた経緯を話した。聞き終えるとシマは言った。


「事務室は、まあ教えてくれないだろうね。で、その女の子の名前、なんて言ったっけ?」


五星ごせい塔子です。ゴセイトウコ。このサークルの会員じゃないですか?」


 口では伝わりにくいその名前の漢字表記を、分解してシマに説明した。


「漢数字の『五』にスターの『星』、タワーの『塔』に子どもの『子』で、五星塔子です」


「うーん。正式に入会した一年生の中にはいない名前だね。でも、その珍しい名前、どっかで聴いた覚えがあるような……」


 シマが棚に入っていたファイルを取り出した。「二〇〇一年度・新入生歓迎コンパ関係」というラベルが貼ってあった。


 シマはその中から、コピーの裏紙を使ったハガキ大のカードの束を取り出し、机の上に置いてめくりはじめた。上から覗き込もうとすると、シマに怒られた。


「あの、これ一応、立大生の個人情報満載だからさ、英大生の部外者さんは、しばらくあっち向いててくれる?」


「あ、すいません」


 シマがカードをめくっている机に背中を向けて、気をつけの姿勢をとった。


 部屋を囲むように置かれた棚には、現役で使われているものなのか、壊れて処分を待っているものなのか、ミキサーやマイクなどの音響機器が、ほこりをかぶった状態で乱雑に放り込まれていた。


「あ、あった。あった。五星ごせいさんって子、新歓コンパには参加してたんだね」


 シマの声で振り返り、カードを覗き込んだ。


「おっと」と言いながら、シマは手元の用紙の下半分を、他のカードの束で隠した。


 その用紙の上半分に目をやると、氏名の欄に「五星塔子」、所属学部学科名の欄に「文学部英文学科」、出身高校の欄に「聖学館女子」という見慣れた手書きの文字が書かれていた。


「さーてと、ここから先は完全に個人情報の漏洩ろうえい。サークルの副会長として、どうしたもんかな?」


「あ、あの、そこに連絡先とか書いてあるんですか? で、電話番号は? メルアドは? 住所は?」


 シマがじらすので、焦って早口になって懇願こんがんした。


「お願いします。何でもいいので教えてください」


「分かった、分かった。もう必死になっちゃって……。しょうがないから、見せてあげるわ」


 シマが用紙の下半分を隠していたカードの束を外した。


 電話番号の欄に「090」からはじまる携帯の番号と、メールアドレスの欄に携帯のアドレスが記入されていた。住所は書かれていなかった。


「キャンパスの露店で勧誘したときの用紙だから、住所までは書かせなかったみたいね」


「ちょっと、いいですか」携帯を取り出して、登録されている塔子のメールアドレスと見比べる。全く同じアドレスだった。


 昨日、宛て先不明を知らせる英文字だらけのメールが戻ってきてしまったアドレスだった。


 画面を切り替え、用紙に書かれた塔子の携帯の番号を入力した。発信ボタンを押し、その場で塔子に電話をかけた。電話は、それから二度三度と繰り返しかけてもつながらなかった。


 一気に力が抜ける。肩を落とした。見かねたようにシマが言った。


「あ、ちょっと。君の連絡先を教えときなよ。正式に入会した一年生の中にも、彼女のこと知ってるのが、もしかしたらいるかもしれないから。

 何か分かったら、連絡してあげるからさ」


 手近にあった紙切れを一枚もらい、名前と携帯の番号とメールアドレスを書いてシマに渡した。


「評価」「ブックマーク」「感想」などいただけますと、とても励みになります。よろしくお願いします。(秋沢)


〈著者・秋沢ヒトシのプロフィール〉

秋沢一氏あきさわ・ひとし /コピーライター、作家。小説『見えない光の夏』で第3回立川文学賞・佳作。ラジオCMコンテストでの受賞歴少々。お問い合わせは、「作家 秋沢」で検索するか、以下のアドレスでアクセスできる、ウェブサイトのフォームから。https://akisawa14.jimdo.com/

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