新しい季節の東京(3)
立智大学のキャンパス内を歩きながら、他に何か方法はないかと考えをめぐらせた。
湘北予備校のれっきとした卒業生だから、予備校に問い合わせれば、塔子の連絡先を知ることができるかもしれなかった。しかし、仲のいい丹波チューターは横浜校に転勤してしまっていた。
丹波のいない町田校に行って訊いてみても、いまの立智大学と同じような対応をされるだけかもしれない。聖学館女子高校は女子校だけに一層難しいだろう。
いい方法が思い浮かばないまま、キャンパス内の掲示板を眺めていた。立智大学の校内で行われるらしい講演会の告知ポスターが貼ってあった。
そのポスターには、作家の和泉順三郎の写真が載っていた。
『和泉順三郎 文学部定期講演会 【米国式ライフスタイルを語る!】 本校講師で作家・翻訳家の和泉順三郎先生による定期講演会が開催されます。』
去年、まだ浪人生だった頃に図書館で借りて読んだ、和泉順三郎の翻訳作品、ドナルド・ウォーカー・スミスの『New York Suburbia ―ニューヨーク郊外―』を思い出した。
あの本の中にも、確かにアメリカの生活様式に関する記述が多くあった。
掲示板には、その講演会のポスターの他にも、サークルの勧誘ビラが少しの隙間もなく貼られていた。破れていたり、剥がれかかっていたりするものもあった。そのうちの一枚に目が留まった。
「放送研究会・リッチモンド 新入生募集」
携帯を開き、土佐ミチスエが前にくれたメールの内容を確認した。リッチモンドは、五星塔子が入るつもりだとミチスエに話していたサークルだった。
勧誘ビラの下の方を見ると、サークル棟の二階に部室があると書いてあった。
サークル棟の場所を探してキャンパス内を歩きまわった。そして学生食堂の裏手に、小中学校の校舎のような形をしたサークル棟の建物を見つけた。
建物の中に入り、階段を二階に上った。廊下を歩いて、「放送研究会・リッチモンド」と書かれたドアの前に立った。ドアをノックしても反応がなく、中に人がいそうな気配もない。
どうすることもできず、ドアの前で立ち尽くしていた。その時、後ろから声をかけられた。
振り返ると、ベリーショートな髪型の女性が立っていた。
「誰? 入部希望の一年生? やや時期はずれだけど」
「このサークルの方ですか? あ、あの……」
「分かった。いろんなサークルを転々とするサークル・ジプシーね。多いんだよね、ゴールデンウィーク過ぎのこの時期。
よし入った入った。うちでしばらく面倒みてあげるから。あ、言い忘れたけど、私は副会長のシマ。経営学部の三年。よろしくね」
シマは勘違いをしていた。
「あの、僕、立智大生じゃなくて、英治大学のヤマトと言います。英大生です」
慌ててそう説明すると、ようやくシマの誤解が解けた。
シマに五星塔子を探しにきた経緯を話した。聞き終えるとシマは言った。
「事務室は、まあ教えてくれないだろうね。で、その女の子の名前、なんて言ったっけ?」
「五星塔子です。ゴセイトウコ。このサークルの会員じゃないですか?」
口では伝わりにくいその名前の漢字表記を、分解してシマに説明した。
「漢数字の『五』にスターの『星』、タワーの『塔』に子どもの『子』で、五星塔子です」
「うーん。正式に入会した一年生の中にはいない名前だね。でも、その珍しい名前、どっかで聴いた覚えがあるような……」
シマが棚に入っていたファイルを取り出した。「二〇〇一年度・新入生歓迎コンパ関係」というラベルが貼ってあった。
シマはその中から、コピーの裏紙を使ったハガキ大のカードの束を取り出し、机の上に置いてめくりはじめた。上から覗き込もうとすると、シマに怒られた。
「あの、これ一応、立大生の個人情報満載だからさ、英大生の部外者さんは、しばらくあっち向いててくれる?」
「あ、すいません」
シマがカードをめくっている机に背中を向けて、気をつけの姿勢をとった。
部屋を囲むように置かれた棚には、現役で使われているものなのか、壊れて処分を待っているものなのか、ミキサーやマイクなどの音響機器が、埃をかぶった状態で乱雑に放り込まれていた。
「あ、あった。あった。五星さんって子、新歓コンパには参加してたんだね」
シマの声で振り返り、カードを覗き込んだ。
「おっと」と言いながら、シマは手元の用紙の下半分を、他のカードの束で隠した。
その用紙の上半分に目をやると、氏名の欄に「五星塔子」、所属学部学科名の欄に「文学部英文学科」、出身高校の欄に「聖学館女子」という見慣れた手書きの文字が書かれていた。
「さーてと、ここから先は完全に個人情報の漏洩。サークルの副会長として、どうしたもんかな?」
「あ、あの、そこに連絡先とか書いてあるんですか? で、電話番号は? メルアドは? 住所は?」
シマがじらすので、焦って早口になって懇願した。
「お願いします。何でもいいので教えてください」
「分かった、分かった。もう必死になっちゃって……。しょうがないから、見せてあげるわ」
シマが用紙の下半分を隠していたカードの束を外した。
電話番号の欄に「090」からはじまる携帯の番号と、メールアドレスの欄に携帯のアドレスが記入されていた。住所は書かれていなかった。
「キャンパスの露店で勧誘したときの用紙だから、住所までは書かせなかったみたいね」
「ちょっと、いいですか」携帯を取り出して、登録されている塔子のメールアドレスと見比べる。全く同じアドレスだった。
昨日、宛て先不明を知らせる英文字だらけのメールが戻ってきてしまったアドレスだった。
画面を切り替え、用紙に書かれた塔子の携帯の番号を入力した。発信ボタンを押し、その場で塔子に電話をかけた。電話は、それから二度三度と繰り返しかけてもつながらなかった。
一気に力が抜ける。肩を落とした。見かねたようにシマが言った。
「あ、ちょっと。君の連絡先を教えときなよ。正式に入会した一年生の中にも、彼女のこと知ってるのが、もしかしたらいるかもしれないから。
何か分かったら、連絡してあげるからさ」
手近にあった紙切れを一枚もらい、名前と携帯の番号とメールアドレスを書いてシマに渡した。
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〈著者・秋沢ヒトシのプロフィール〉
秋沢一氏 /コピーライター、作家。小説『見えない光の夏』で第3回立川文学賞・佳作。ラジオCMコンテストでの受賞歴少々。お問い合わせは、「作家 秋沢」で検索するか、以下のアドレスでアクセスできる、ウェブサイトのフォームから。https://akisawa14.jimdo.com/




