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ユレルサンカク  作者: 秋沢一文
五章
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21/39

新しい季節の東京(2)

   ▽


 2限の語学の講義の後、同じクラスの男子学生数人で昼食をとることになった。


 英治えいじ大学のタワー型の校舎の十七階にあるカフェテラス方式の学生食堂は、スイーツ類も充実したメニューが、女子学生にはとても評判がよかった。


 男子学生にとってもカフェ代わりに使うのには丁度いい感じだったのだが、男子学生同士で腹にたまるものをしっかり食べたい場合には、やや物足りないものがあった。


 御茶ノ水キャンパスの近辺は古くからの学生街で、安くて量の多い飲食店が周辺に点在していた。


 一人の学生が「美味い天丼の店がある」と言うので行ってみることになり、「いもてんや」という店の暖簾のれんをくぐった。


 店に足を踏み入れた瞬間に、店員から声がかかった。


「天丼でいいっすか?」


 いきなり店員の方からメニューを提示されたので、戸惑いながら「は、はい」と答えるしかなかった。


 椅子に座り、落ちついてから壁のメニューを改めて見てみたが、結局メニューは「天丼」「大盛り」「上天丼」の三種類しかなかった。


 できたての天丼を効率よく食べさせるためのシンプルなメニュー構成であるらしく、ご飯の上にのった天ぷらはいずれも揚げたてだった。


 昼休みの終わり頃、立智りっち大学の経済学部に入学した土佐ミチスエからメールが届いた。


 三月の合格祝賀会の翌日、最後に送ったメール以降、五星ごせい塔子にはたった一本のメールさえ送れずにいた。彼女に再びメールアドレスを変えられてしまうことを恐れるあまりだった。


 それを見かねて、塔子と同じ立智大学に進んだミチスエがスパイ役を買って出てくれていたのだ。ミチスエからたまに届けられる情報だけが、塔子の今現在を知る唯一の手段になっていた。


『こないだキャンパスでバッタリ会ったら元気そうにしてたよ。サークル決めたのか訊いたら、リッチモンドっていう名前の放送研究会に入るつもりだって言ってた。以上。』


 塔子が元気でいることを知って安心した反面、それがなんだか悔しい気もした。


   ▽


 五月の連休が過ぎると、御茶ノ水キャンパスから露骨ろこつに人が少なくなった。


 軽音楽サークルの先輩に尋ねたところ、ゴールデンウィークを過ぎると、五月病になったり、新生活に慣れてアルバイトに精を出しはじめる学生が増えてくるため、毎年キャンパスから人が減るという。


「大丈夫。心配しなくても。七月末の試験の前には元に戻るから」と先輩は笑って言った。


 ウェブサイトで、八月の下旬にグリーンホール相模大野で開催されるギターデュオ・アカアオボシのライブのチケットが売り出されていたので、二枚購入した。


 このライブのチケットを口実にして、連絡を取りたい人がいた。五星塔子だった。


 三月の新横浜での別れ以来、中途半端な内容のメールを一通ずつ送りあっただけで、連絡が途絶えてしまっていた。意を決してメールを打った。


『八月のアカアオボシのライブのチケットが取れました。いつかの約束を憶えていますか? 受験の前に話した、一緒に遊びにいこうという約束です。

 三月の新横浜では何だかギクシャクしてしまいましたが、五星さんと一緒に遊びに行きたいという気持ちは今も変わっていません。よかったら返事ください。』


 丁寧に書いたメールだった。しかし、送信した直後、嫌な予感のする着信があった。開くと、それは宛て先不明を知らせる英文字だらけのメールだった。


(また、知らない間にメルアドを変えられてしまったのだろうか?)


 慌てて、土佐ミチスエに電話をかけた。


「それが……。前に会った四月のはじめから、オレもキャンパスで一度も五星ごせいさんの姿を見てなくて。


 オレと同じサークルで英文科の一年生の女の子にも訊いてみたんだけど、『そんな子いたっけ?』っていうくらいの反応なんだよ」


「全然、学校に来てないってこと?」


「そうなんだよ」


(どうしてしまったのだろうか?)


 メールが届かなくなるのは二度目だったが、今度こそ本当に五星塔子と連絡が取れなくなってしまいそうな気がした。居たたまれないような気分になった。


 塔子に訊かなければならないこと、話さなければならないことは、まだたくさん残っていた。




 翌日、御茶ノ水キャンパスで講義を受けた後、地下鉄丸ノ内線に乗り、池袋の立智りっち大学に向かった。


 地下通路の案内板を頼りに、立智大学のキャンパスに最も近い出口から地上に出てしばらく歩いた。やがて、立智大学のシンボルでもあるつたの生えた赤レンガの校舎が見えた。


 キャンパス内には、ミッション系の大学らしく西洋風の建物が多かった。このキャンパスに足を踏み入れるのは二月に文学部の試験を受けにきて以来だった。


 文学部の事務室を探してカウンターの前に立った。すぐに女性の職員が近づいてきた。


「あの、僕、英治えいじ大学のヤマトという者なんですが……」


「え? 他大学の方?」


「はい。英治大の学生です。僕は、文学部英文科一年の五星ごせい塔子さんの予備校時代の友人なんですが、急に彼女と連絡が取れなくなってしまって。


 ちょっと心配になって来たんですけど……。それで、連絡先とか分かったら、教えてもらいたいんです……」


「予備校の時のお友達……ですか? ちょっとお待ちください」


 女性職員は奥の席に座っている上役らしい黒縁メガネの年配の男となにやら話している。黒縁メガネの男が遠目にこちらを見た。


 そして女性職員がカウンターに戻ってきて言った。


「あの大変申し訳ないんですが、お友達ということなんですけれども、そういった情報は個人情報になってしまいますので、基本的には、ご家族などの方にしかお教えできないんですが……」


 ストーカーか何かと疑われているようだった。


「あの、ですから。知っていた連絡先に、連絡が取れなくなったから訊いてるんです」


「ええ。でも、それなりのお知り合いなら、住所や電話番号くらいご存じなんじゃないかと思うんですが」


 最初は丁寧な口調だった女性職員が、今度は挑戦的な表情と口調でそう言った。


「だから、その連絡先が分からなくなっちゃったから来てるんですって」


「なら、彼女に関してご存じなことを言ってみてください」


「だから、静岡の聖学館女子高校の出身で、去年は町田の湘北予備校で勉強していて、二月の試験を受けて、この大学の文学部英文科に入ったんですよ」


「住所や電話番号は?」


「住所は……、そうだ新百合ヶ丘だから、川崎市の麻生あさお区ですよ」


「川崎市麻生区のどちらですか?」


(川崎市、麻生区の……。)


 女性職員に詰問きつもんされて、塔子について何も知らないということを改めて思い知らされた。


「あの、もういいです」


 完全に怪しまれてしまっていた。らちが明かないので、事務室を出た。


「評価」「ブックマーク」「感想」などいただけますと、とても励みになります。よろしくお願いします。(秋沢)


〈著者・秋沢ヒトシのプロフィール〉

秋沢一氏あきさわ・ひとし /コピーライター、作家。小説『見えない光の夏』で第3回立川文学賞・佳作。ラジオCMコンテストでの受賞歴少々。お問い合わせは、「作家 秋沢」で検索するか、以下のアドレスでアクセスできる、ウェブサイトのフォームから。https://akisawa14.jimdo.com/

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