冬枯れの景色の町田(3)
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二月に入り、本格的な試験期間に突入した。
下位ランクの大学から順番に受けていくスケジュールを組んでいたので、後半の難易度の高い大学の試験を前に、何校か順当に合格が出はじめていた。
水道橋のキャンパスで受験した中政大学法学部の試験では、英語の試験の中盤に出てきた英作文の問題でつまづき、解答を後まわしにして悩んだ結果、ふとビートルズの歌詞に出てくる構文を使って強引に書いてみることを思いついた。
試験後すぐに辞書で調べてみたところ、正しい文法だったことが分かり、合格につながる手ごたえを感じた。
初めて訪れた池袋のキャンパスで受験した立智大学文学部の試験は、やはり立智大学のイメージ通り英語が難しかった。長文の量が多く、読解に時間がかかってしまい、かなり苦戦した印象だった。
得意の国語と日本史でどれだけ点数を伸ばせたかで合否が決まりそうな気がした。
最後は、御茶ノ水のキャンパスで受験した英治大学法学部の試験だった。
英語と国語にも十分な手ごたえを感じながら、最終の日本史の試験に臨んでいた。最後にひとつ残った設問は、文章の空欄に当てはまる単語を記述式で埋めていく問題だった。
『一八五三年(嘉永六年)、アメリカ東インド艦隊司令長官【 A 】は、【 B 】号を旗艦とする軍艦4隻を率いて浦賀にあらわれ、フィルモア大統領の国書を提出して日本の開国を求めた。【 A 】は、翌一八五四年(安政元年)にも軍艦7隻を率いて再び来航し、条約の締結を強硬に迫った。
幕府はその圧力に屈し、【 C 】を結び、下田・箱館の二港を開港することのほか、日本が他国と結んだ条約においてアメリカに与えたよりも有利な条件を相手国に認めた場合にはアメリカにも自動的にその条件が認められる【 D 】をアメリカに対して与えることなどが取り決められた。』
一年の浪人生活がこの問題に解答すれば終わりを告げようとしていた。試験時間には、まだ十分な余裕があった。【B】が難問だったが、かみしめるような気持ちで解答を書き込んでいった。
【A】ペリー 【B】サスケハナ
【C】日米和親条約 【D】最恵国待遇
全ての試験を終え、あとは結果を待つだけになった。
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二月の下旬に試験の結果が出そろい、さっそく電話で丹波チューターに報告をした。
英治大学法学部、中政大学法学部には合格し、五星塔子に誘われ一緒に通うことをめざしていた立智大学文学部は不合格という結果に終わった。
英語の長文読解での大苦戦を考えれば、納得せざるをえない結果だった。立智大学の試験に落ちてしまったことで、塔子と同じ大学に進むことはかなわなくなってしまった。
結局、第一志望でもあった英治大学法学部に入学することを決めた。
塔子もこちらの合否結果を気にしているだろうと、彼女に結果報告のメールを送ることにした。
送信した直後に着信があり、不審に思って携帯を開くと、宛て先不明を知らせる英文字だらけのメールが戻ってきていた。
もう一度同じメールを送ってみたが、また英文字だらけのメールが戻ってくる。
(おかしいな……。サーバーのトラブルでもあったのだろうか……。)
試験前に塔子が体調を崩していたことも思い出し、心配は尽きなかったが、この携帯のメールアドレス以外、彼女の連絡先を知らなかった。
塔子の方から連絡してくるのを待ちつつ、予備校に合格の挨拶に行った時に、丹波チューターに探りを入れてみることにした。
翌日、町田の湘北予備校に合格の挨拶に行くと、丹波チューターがいきなり握手を求めてきた。
「よっしゃ。やったね。がんばった。よくがんばったよ」
「丹波チューターのアドバイスのおかげです。オレ、現役の時から、本番に弱いタイプなので……」
教務室の奥では、合格を決めた学生たちの名前を貼り出すための白い紙の準備が進められていた。
「あの。ところで、丹波チューター。五星さんの結果って、何か聞いてますか?」
「おっ、さすが、模試ランキングのライバル同士。お互いの受験結果が気になるんだね。五星さんの方も、昨日電話でヤマトくんの結果を熱心に訊いてきてたよ」
(予備校の方にはちゃんと結果報告してたのか……。それならどうして、塔子は直接メールを送ってこなかったのだろうか? 携帯をなくしてしまったのだろうか?)
丹波は一度教務室に戻り、デスクから青いファイルをとってきた。
「五星さんの方は、ええとね……」
丹波がファイルの書類をめくりながらカウンター越しに言った。
「えーと、まず第一志望の立智大が合格でしょ。えーと、それから残りも全部合格じゃなかったかな……。あ、違った。英治大だけ不合格か……」
「え? 英治大?」
丹波チューターはうなずいている。意外な事実に驚き、青いファイルに目を落としたままの丹波に、もう一度確かめた。
「あの、五星さんって、英治大の英文科も受けてたんですか?」
「いやいや、文学部の英文科じゃないよ。法学部の国際法律学科」
「ほ、法学部? はあ?」
思わず言葉を失った。丹波がファイルから顔を上げて言った。
「だから、君たちはお互いに、相手の第一志望の大学だけは合格できなかったってことになるよね。これは永遠のライバル同士にふさわしく、『引き分け』ってところじゃないか」
野球の試合の結果でも話すかのように、丹波は楽しげに言った。
状況がのみ込めず、丹波の声は、もうほとんど耳に届いていなかった。
(塔子が英治大の法学部を受けていた? でもそれを秘密にしていたのは、なぜだ? こっちが英治大を第一志望にしていることを知っていたのに、なぜ?)
丹波が合格祝賀会の案内状を手渡しながら言った。
「五星さんも、新横浜の合格祝賀会には来るだろうから。その時にでも、ゆっくり話してみたら? よきライバル同士、一年間に渡るお互いの健闘をたたえあってさ」
「は、はあ……。ありがとうございます」
作り笑いを浮かべながらそう答え、湘北予備校の本校舎を後にした。
電車を待つ駅のホームで、また塔子にメールを送ってみたが、再び、宛て先不明を知らせる英文字だらけのメールが返ってきてしまった。
夜、つけっぱなしにしたテレビのバラエティ番組を観るでもなく茫然と眺め、すっかり連絡の取れなくなってしまった五星塔子のことをずっと頭の中でめぐらせていた。
菊原美月から、控えめに受験結果の探りを入れるようなメールが届いた。
事務的に結果だけを報告すると、「お店に、ギターを見にこない?」と返事がきたので、「入学の手続きや準備でバタバタしている」と嘘の返信をした。
突然連絡が取れなくなってしまった塔子のことで頭がいっぱいになり、美月のメールにもそっけない態度で応対してしまった。
三章「冬枯れの景色の町田」篇は、ここまで。受験本番を終えて、ヤマト、塔子、美月の関係は、どうなるのか・・・。「評価」「ブックマーク」「感想」などいただけますと、とても励みになります。よろしくお願いします。(秋沢)
【参考文献】
石井進・笠原一男・児玉幸多・笹山晴生(ほか11名)(1994) 『詳説日本史』 山川出版社
〈著者・秋沢ヒトシのプロフィール〉
秋沢一氏 /コピーライター、作家。小説『見えない光の夏』で第3回立川文学賞・佳作。ラジオCMコンテストでの受賞歴少々。お問い合わせは、「作家 秋沢」で検索するか、以下のアドレスでアクセスできる、ウェブサイトのフォームから。https://akisawa14.jimdo.com/




