出立
王国の使いが去ったあと、流火兵団の拠点は慌ただしさを増していた。
戦場から回収した武具が広場の一角に積み上げられ、荷車の周囲では団員達がせわしなく動き回っている。血の付いた鎧を洗う者、矢の残数を数える者、干し肉を袋へ詰める者。戦が終わったからといって休みになるわけではない。傭兵にとって戦の後始末も仕事のうちだった。
「おい!それはこっちだ!」
「こっちってどっちだよ!」
「指差してんだろ!置く前に聞け!」
小柄で豊かな髭を持つバロック・デインの怒鳴り声が広場に響く。新兵達が慌てて荷物を抱えて走り回る中、本人は片手で樽を持ち上げながら別の団員へ指示を飛ばしていた。
「整備班じゃなかったのかよあいつ」
くたびれた様子のマリク・フォルドが呆れたように呟く。
「整備もやるし運搬もやるし前線にも出る」
近くで馬具を点検していたラースが答えた。
「便利なおっさんだな」
「本人に言うなよ。俺達の仕事が増えるだけだぞ」
その横をティオが荷物を抱えて駆け抜ける。入団してまだ日が浅い彼にとって、この騒がしさすら新鮮だった。流火兵団はもっと殺伐とした集団だと思っていた。だが実際には、戦場以外では妙に賑やかだ。
次に行く先は王都らしい。アストレア王国の中心。田舎育ちのティオには縁遠い場所だった。その時、横を風のような影が駆け抜ける。
「邪魔」
反射的に飛び退く。見ればこの傭兵団で唯一の女性であるセラが、大量の干し肉を抱えていた。
「それ備蓄じゃないですか!?」
「うん」
「うんじゃないですよ!」
「欲しいの?じゃあ半分あげる」
ティオの担ぐ資材の上に載せる。ティオがどう反応していいか困っていると、彼女を追いかけて来たであろう、ヴァルグが後ろから現れる。
「おい、セラ!」
「なに?ヴァルも欲しいの?」
「戻せ」
「仕方ないなあ、半分こね」
「そっちのも全部だ」
「……」
俯いたかと思うと、残った干し肉を口に詰め込み、そのまま走り出す。
「あ、コラ!待て!」
干し肉でパンパンになった頬を膨らませながら逃走するセラをヴァルグが追う。
「自由だな……」
ティオは苦笑いをしながら呟き、資材の運搬に戻った。
広場のあちこちでは出発準備が進んでいる。馬の蹄鉄の音。荷車へ縄を掛ける音。砥石で刃を整える音。勝利の宴を開くような空気ではない。皆が早々に、次の仕事へ向かう準備をしている。
やがて広場の奥から思わず背筋が伸びる足音が聞こえてくる。自然と団員達の視線が集まった。ゲルドは紙を片手に持ったまま周囲を見回す。
「デイン、準備はどうだ」
「七割ってところだな」
デインが答える。
「聞け」
ゲルドが手を打ち、騒がしかった広場が静かになる。
「次の行き先が決まった。王都だ」
一瞬だけ沈黙。その後、歓声が上がった。
「おお!」
「王都か!」
「久しぶりだな!」
「飯の美味い店まだ残ってるか?」
「仕事しに行くんだぞ馬鹿」
笑い声が広場に広がる。落胆している者はいない。王都から直接呼び出される仕事だ。報酬も期待できる。何より、自分達が呼ばれるだけの価値を認められている証でもあった。ゲルドは騒ぎ始めた団員達を見ながら続ける。
「早急に来い、との事だ。準備が終わり次第出発するぞ。後どれくらいかかる?」
「なんだ、飯も無しか?」
ゲルドの質問に、バロックは元々ある眉間の皺を更に深くして、返答する。
「いや、全て含めてで良い」
「まあ、明朝くらいじゃないか?もう日も暮れる」
「分かった、では明朝出発する。各自、準備は怠るなよ。では作業に戻れ」
再び慌ただしさが戻る。荷車が動き始め、人が走り、馬が嘶く。翌日には、また行軍が始まる。




